郷土料理の魅力を残したい。料理家・写真家minokamoさんが伝える食文化の奥深さ
●サステナブルバトン4-3
美濃加茂に伝わる朴葉寿司
――まずは、minokamoの由来である、岐阜県美濃加茂の郷土料理について教えていただけますか。
minokamoさん: 私が生まれ育った美濃加茂をはじめ、岐阜県で親しまれている代表的な料理の1つに、「朴葉(ほおば)寿し」があります。地域やご家庭によって具材は異なりますが、酢飯に鮭やミョウガ、紅ショウガ、きゃらぶきなどを乗せ、それを朴葉で包んだ寿しです。
元々は田植えなどの農繁期や、山仕事での携帯食として重宝されていたもので、葉で包まれているので、作業の途中でも手の汚れを気にせずいただけます。食べ終えた葉は土に還るので、後片付けも簡単ですし、何より葉で包まれたご飯は美味しそうですよね! 昔の人の知恵から学ぶことは多いです。岐阜では庭に朴の木を植えてる家もあるほど身近なお寿しで、私も幼いころからよく食べていました。東京でも朴葉寿しを作ろうと、数年前からベランダで朴の木を育てているんですよ。
郷土料理は、その土地の旬の食材を用いているのがほとんどです。旬のものは栄養豊富ですし、地域で採れたものを使うことで地産地消につながり、フードマイレージ(食料の輸送量と距離をかけ合わせた数値)も小さくできます。たくさん採れた食材は、漬けたり干したりして冬場の保存食に活用するなど、無駄なく使いきるところもすばらしいですよね。
――郷土料理の取材では、思いがけない出会いもあるでしょうね。
minokamo: 島根県松江市へ旅したとき、朝市に出店されていた農家のお母さまが「あなたが着ている服、会津木綿ね!」と、とても嬉しそうに話しかけられました。結婚を機に会津から松江に移り住まわれたそうで、とても懐かしんでいらっしゃいました。そのときに着ていたのが、こちらの連載「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださった山崎ナナさんが手がけるYAMMAの服なんです。今日、私が身につけているのもYAMMAの服で、快適かつ受注生産で無駄を出さないなど、エネルギー量が低い服作りがサステナブル。動きやすく着ていても気持ちがいいんです。
つい先日、この木綿の産地、会津を訪ねました。その地域には「にしんの山椒漬け」という郷土食があり、春から夏に庭先で芽吹く山椒の葉と、身欠きにしん(にしんの干物)を酢、醤油、酒、みりんなどで漬け込むんです。かつては山深い会津で冬場に不足しがちなタンパク質を、干物にして保存性を高めたにしんで摂っていたそうで、「にしん鉢」というにしんを漬ける専用の鉢があるほど親しまれています。とてもおいしいので、私も思わずにしん鉢を買って帰って作っています。
――そもそも、なぜ郷土料理に興味を持たれたのですか。
minokamo: 絵を学ぼうと上京し、地元に居たときは何気なく食べていた朴葉ずしや赤かぶ漬けが、東京を探してもないことに驚いて、「あれは岐阜の郷土料理だったんだ」と気づかされたんです。
故郷の郷土料理をいただいたときの記憶って、「幅広い世代の親族で集い、色々話をしたな」とか、「祖母からいろんなことを教えてもらったな」とか、いつも楽しい輪の中に料理がありました。片付けの時もおばさんたちとわいわい話しながらして。いつも楽しい輪の中に料理がありました。今思うと楽しみながらも、学びもたくさんあったなと。大好きだった祖母はいなくなり、もっと昔の話を聞いておけばよかったなと思い、各地の郷土料理を取材する活動にも繋がりました。
上京してから、出会いに恵まれたことも大きいですね。いろんな地方出身の友人達から、「広島の実家から牡蠣が大量に届いたよ」とか、「北海道の親せきから骨付きの鹿肉が送られてきたけどどうしよう」とか、少しずつ声がかかるようになりました。それがきっかけで各土地の魅力を感じるようになり、その輪からminokamoとしての仕事にも繋がりました。
器で広がる食の空間
――民藝やヴィンテージ食器を使った食空間の提案もしていますね。
minokamo: 器は、同じ卓上でも使い方次第で色々な雰囲気を楽しめるのも魅力的ですね。自宅の食事でも「今日はレストランみたいにしよう」と思ったら、器と盛り付けもかしこまった感じにしたり、小料理屋気分な時は、豆皿におつまみを盛り付けて日本酒を味わったり。出張ではいつも、旅のお供に木製の器を持参して、出会ったお菓子やお惣菜を盛り付け、その土地の食材を楽しんでいます。ちょっとした工夫で、器が食事時間をより楽しくしてくれます。
子供の頃から祖母の家の蔵に眠っている器を“発掘”したり、高校が美濃焼の産地、多治見だったので、日常的に焼き物に触れる機会も多かったりしたので、恵まれた環境でした。故郷の駅前にある陶器屋さんをのぞいては、デットストックみたいな掘り出し物を見つけるのも楽しみでした。
1人暮らしのアパートにいた頃は、友人が多い時は10人くらい「何か作ってほしいな!」と押しかけてくることがしばしばありました(笑)。どうしたら小さな部屋で楽しく食事ができるかを考え、カラーボックスを横にしてテーブル代わりにしたことも。そうやって、食を楽しめる空間づくりを体感しながら身につけていったのかもしれません。今でも自宅での撮影後、自然とお客様と宴になることがあり、当時と同じです(笑)。
――器を選ぶ際の“マイルール”はありますか。
minokamo: 食器棚には民藝や作家の器をはじめ、旅先で出会った器もあります。イタリアのプーリア地方の骨とう品屋で入手した器は、手にするたび「あのお店のお父さん、お元気かな」とか、一面に広がっていたオリーブ畑の景色や、美味しかった料理も思い出します。器を通して、旅先の楽しかったことを思い出すんですよね。
そうそう。フキや朴の葉なども、器になりますよ。葉をお皿とザルの上に敷いて料理を盛ると、素敵な一皿に。食材の上に葉をかぶせれば乾燥からも防げるし、大活躍します。岐阜で郷土料理を教えていただいた時「秋の秋刀魚は脂がのっているからね、葉っぱを敷いて……」と何気なくおっしゃったんです。葉を敷けば、器に魚の脂が直接つくのを防ぎ、洗うときの手間が減ることを自然とされているんですよね。そうした、先人たちの何げない暮らしの知恵を、この先も受け継ぎ伝えていきたいと思っています。
――今後、取り組んでいきたいことを教えてください。
minokamo: 岐阜の引き継いだ祖母の家で、食を軸にしてたくさんの方が楽しく集まれる場所を作りたいですね。コロナ禍では人との距離感も慎重になりましたよね。そんなときだからこそ、気兼ねなく笑顔で食事を楽しむ時間を持ってもらいたいと思い、地元の仲間と「笑顔写真館」と称して朴葉寿しをお出しし、みなさんの笑顔を撮影し写真に残す企画を行いました。朴葉寿しは自由に持ち運べますし、田舎の広い家なので好きな場所で田園景色を望みながら密を避けられました。どんな時でも美味しく楽しむ方法を見つけたいですし、郷土の文化のありがたみをしみじみ感じましたね。
そうした地域に根付く食に関するお話を、全国に出向いてさらに伺う機会も増やしたいです。1つの料理について教えていただくことは、それが生まれた背景やその土地の歴史や文化を知ることにもなります。かつては冠婚葬祭に、親戚が集まっておしゃべりしながら料理を作り、昔から伝わる知恵や知識を分け合えていたと思うんです。今はそうした機会は少なくなりましたが、地域の伝統食や郷土料理をはじめ、ちょっと昔の人たちの生活は、サステナブルな暮らしに繋がることも多いです。循環する食のありかたを知っておくことは重要かなと思いますね。
――では最後に、minokamoさんにとってサステナブルとは?
minokamo: サステナブルは、「まずは自分できることから、毎日の生活から」と思っています。世界の環境を良くするという意味では、手が届かないかもしれないような、1つひとつは小さなことかもしれません。ですが、少しずつでも手が届くよう、楽しく、心地よく暮らしながら使用するエネルギー量を節約できることはたくさんあります。
例えば、私が台所で日常的にしてることは、「料理の際に余熱を上手く使うこと」。野菜をゆでたり、ゆで卵を作ったりする際、数分前に加熱を止めて仕上げます。炒め物も火を止めてひと呼吸おくとくったりするんですよ。余熱を上手く使うだけで、CO2排出量も減らせるし光熱費も少し浮きます(笑)。あと、梅雨時期など雨が続く日は、厚手のタオルが乾きにくいこともあるので、薄手で乾きやすいタオルや手ぬぐいをよく活用します。自分のほうからちょっと環境に合わせると、イライラせずに快適に過ごせることもあるなって思います。
こうした発見をすると、今日も見つけた!と嬉しくて。自分が出来ることを実践しながら、楽しく過ごしたいですし、そうした気付きを皆さんとシェアし合えたらいいですよね。
●minokamo(みのかも)さんのプロフィール
郷土料理家、写真家。本名は長尾明子(ながお・あきこ)さん。全国各地で地元の食材を活かした料理を提案しながら、撮影スタジオで写真の技術を身につけ、料理と写真の道へ。写真の技術も生かしながら日本の地域食の調査・ 提案をフィールドワークにしており、自治体などと協力して特産品を生かした料理を数多く考案。日常の器使いも提案する。岐阜県にある築100年以上になる祖母の家と、東京・世田谷区を拠点にする。著書に「粉100水50でつくる、すいとん」(技術評論社)「料理旅から、ただいま」 (風土社)など。
- ■サステナブルバトン4
#01 毎日のごはんから感じるしあわせ 菅野のなさんが伝える素朴だからこそ奥深い料理
#02 長く愛せて顔が見える服づくり 会津木綿で受注生産を続ける山崎ナナさん
#03 郷土料理の魅力を残したい。料理家・写真家minokamoさんが伝える食文化の奥深さ
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
#03「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
#04 「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「Enter the E」植月友美さん
#05ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さないために
#06 350年続く老舗酒蔵に生まれ、酒の飲めない寺田聡美さん 酒粕で発酵食品作り
#07 てぬぐいカフェから盆踊りまで 瀬能笛里子さんが鎌倉で実践する”和の豊かな暮らし”
#08古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木早織さん
#09ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん
#10光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力
#11子ども向けバイリンガル劇団を主宰する草野七瀬さん。国籍も言語も越え自由で平和な表現空間を
#12柔軟な働き方を選べる社会を目指すPolaris市川望美さん。「シゴト軸のコミュニティ」も構築
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
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第76回長く愛せて顔が見える服づくり 会津木綿で受注生産を続ける山崎ナナさん
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第77回サトウキビや貝殻を素材に環境配慮も 「ダイアナ」の靴がますます進化中
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第78回郷土料理の魅力を残したい。料理家・写真家minokamoさんが伝える食文
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第79回ジェンダーギャップに多様性。いつの時代も最先端を行く、バービードールの世
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第80回一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える