一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える豊かなくらし
●サステナブルバトン4-4
荒川祐美さんは、寝具メーカーである広島県の実家で、小さいころから糸(YARN)やものづくりを身近に感じてきました。アパレル業界を経て、イギリスへの留学をきっかけに何気ない日々の暮らしの中にあるリネン類の大切さに気付いたといいます。シンプルで機能的なデザインと、素材や使い心地のよさから、YARN HOMEのアイテムは「こどもビームス」や歴史的建物をリノベーションした宿泊施設「NIPPONIA 鞆 港町」など、他ブランドとのコラボレーションも盛んです。
洗うほど肌になじむ定番の魅力
――「YARN HOME」が提案する商品の特徴から教えていただけますか。
荒川祐美さん(以下、荒川): ピローケースやベッドシーツ、カバー、バスタオルやフェイスタオル、ふきんやエプロンなど、日々の暮らしに欠かせない品々を扱っています。全ての製品が、綿や麻などの天然素材を用いています。地元の広島県をはじめ、京都や福岡、東京、愛媛など、すべて日本国内の工場で生産したものです。ざぶざぶ繰り返し洗っていただくほどに、肌に馴染んで心地よくなるのも特徴ですね。
2016年に起業し、はじめて販売したのは、福岡県うきは市の龍宮さんが作られているpasima®︎という生地を使用したふきんでした。こちらの工場では、もともと医療用のガーゼや脱脂綿を扱っていて、そこから着想して、例えばアレルギー症状のある方でも気持ちよく眠れる寝具を長年作っているんです。とても肌触りがよく吸水性にも優れた生地で、ミニマムなデザインを取り入れてふきんとして販売したところ、定番の人気製品になりました。細かな改良は重ねていますが、基本的に定番を提供し続けることがYARN HOMEのこだわりです。
――毎シーズン、新作を発表するよりも、定番にこだわるわけは?
荒川: 一般的にファッションアイテムは、性別や年代によってデザインが変わることもありますが、ベッドリネンやタオルは、それほど年齢や性別を問わずに使うものですよね。だからこそ、自分が納得できる素材を選び、自信をもって「これはいい」と言えるものを製作しています。私自身、子どものころにアトピー性皮膚炎に悩んだ時期もあったので、小さなお子さんや肌の敏感な方にも安心して長く使っていただける製品を心がけています。
自分が使ってみて納得できるものを製品化していくので、サイクルはおのずとゆっくりになりますね。以前、私はアパレルの会社に勤務していたのですが、販売サイクルが早いとせっかく作られた洋服も短い販売期間のあと、シーズン後にはセールをしてというのを繰り返すので、いつしか疲弊していました。いまはお願いしているどの工場の製品も、非常に高い技術や独自の製法で丹念に作られているので、少しでも無駄にしたくないという気持ちが強くなりました。なので、目先を変えるためだけに毎シーズン違うデザインを作ろうとは思わないんです。
――アパレル関係の会社で働いていた荒川さんが、リネンのブランドを立ち上げようと思ったのはなぜでしょう?
荒川: アパレルブランドに勤務していた20代は、春夏秋冬の年4回のコレクションに合わせた販売スケジュールで忙しい毎日の繰り返しでした。他社では何を作っているのかとか、今の流行はなんだろうと流行を追いかけるものづくりや販売スタイルが、自分には合っていないと感じるようになりました。
30歳を目前に、「これではいけない。30代は毎年違った景色を見たい」と強く思うようになり、かねてから気になっていた海外生活に飛び込むことにしました。伝統があり日本と同じ島国であるイギリスに、ワーキングホリデーの制度を利用して滞在したのです。最初に住んだロンドンは都会で、刺激的だけど東京の暮らしとあまり違いが感じられませんでした。そこで、以前に旅をして好印象だったカンタベリーに転居することにしました。語学学校の紹介で、当時70代の老夫婦のお宅にホームステイさせていただいたのですが、そこでの暮らしが素晴らしい体験で、それがその後YARN HOMEを立ち上げるきっかけになりました。
英国で気付いた丁寧な暮らし
――カンタベリーでのホームステイは、どんな日々だったのですか?
荒川: 大聖堂で知られるカンタベリーは、のんびりとした田舎町で、時間がゆったりと流れていると感じました。ご夫婦の娘さんがかつて使っていた部屋で暮らしたのですが、お二人はまるで自分の娘のように私に接してくださいました。毎朝7時半が朝食で、いつも使い込まれた器に何種類もジャムを取り分けて出してくれました。それまでジャムを何種類もわざわざ小皿に取り分けて食べたことがなかったので、すごく新鮮で素敵だなと感じました。
夕食には、その日あったことを話しながらゆったりと食事をし、デザートタイムにはホストファーザーが必ず紅茶を入れてくださいました。そうした“暮らしをしつらえる”ことがとても美しいと思ったし、毎日一定のリズムで暮らすことがとても心地いいと感じました。ホストマザーは寝室も毎日ベッドメイクしてくださり、週に1回はリネンを交換してくれました。おそらく娘さんが使っていたものだと思うのですが、子どものころを思い起こさせる懐かしい匂いがしましたね。ベッドリネンにこだわると寝る時間や空間、心までも豊かになるんだなと気づかされましたし、私自身の父の仕事、寝具の製造販売を見直すきっかけにもなりました。
――シンプルで丁寧な暮らしが、心身を再生させてくれたのですね。
荒川: そうだと思います。イギリスでは、「結婚したときに買った食器をずっと使っているのよ」とか、「この家は300年前のものなの」と、古いものを誇らしく感じる文化があるんです。そうした考え方が素敵で、かっこいいなと思いました。
今思うと恵まれていたなと思うのですが、父の仕事を通じて、綿花を育てる人や、綿花から糸を紡ぐ人、その糸から生地に仕立てるといった、昔からのものづくりを続ける人たちが、身近にいます。そうした長い時間をかけて先人たちが培った技術や精神を、微力ながらYARN HOMEを通じて引き継ぎたいと思ったのです。
ブランドを立ち上げるとき、各地の工場へお話を伺いに行き、その想いがさらに強くなりました。最高齢95歳の職人さんが現役で働いていたという工場では、社長さんが「良いものを作ってもらうには、職人さんには良い環境を整えて長く働いていただきたい」とおっしゃいました。また、別の工場では、排水にとても気を配っていて、「いつもお世話になっている川だから、きれいにして戻すのは当たり前です」と教えてくださいました。
言葉にすると労働環境とか、公害問題みたいに堅苦しくなりますが、ものづくりをする方々は地域の人や環境を大切に思い、昔からずっとそうした取り組みを続けているんですよね。SDGsが取り上げられるよりもずっと前から、日本のものづくりが育んできた心意気のような部分も大事にしたいことなんです。
――ベッドリネンやタオルを専門的に扱うブランドは珍しいのでは?
荒川: ベッドリネンなど寝具を主軸にするブランドは国内にそう多くはなく、起業した当初はモデルケースがなかったため、手探りで進めるほかありませんでした。コロナ禍などもありインテリアに気を配る方は増えましたが、寝室は人目につかないからと後回しにされることも少なくなくて。ベッドリネンの大切さを認識し、興味をもってもらうのが難しいと感じましたね。
確かに寝室は誰かに見られるわけではありませんが、1日の疲れを癒す空間。人の一生のうちの3分の1は寝ている時間とも言われています。寝具はまっさらな素肌に長時間触れるので、肌触りが良いものを選ぶと、それだけで生活の質が上がると感じます。私自身、ベッドルームを整えることで明日への元気につながることをイギリス留学時に実感したので、心地よくてデザインも素敵なベッドリネンのブランドを立ち上げ、日常を大切にする人に届けたいと思いました。
ただ、会社運営はまったくの素人で、製品のデザインはもちろん事務的手続き、営業や販促など、すべてを一人でこなさねばならず、最初の1年は記憶がないくらいがむしゃらでした。いま振り返っても、あのときを超える大変な時期はありません(笑)。
――ウェブでの販売のほか、様々な企業とのコラボレーションも盛んのようですね。
荒川: 地域を大切にするNIPPONIAさんや、瀬戸内海をイメージした客室を持つKIRO THE SHARE HOTELSさんから、お声をかけていただいたこともあります。ホテルなどで使っていただくと、「気持ちよかった」といったお客様の声をフィードバックしていただけるのもありがたいですね。
コロナ禍では思うようにものごとが進まず、はらはらすることもありました。ただ、多くの方は家にいる時間が増えたことで、身近なことやモノを見直すきっかけにもなったようです。暮らしにまつわる他業種とのコラボをきっかけにYARN HOMEを知ってくださった方もいらっしゃると感じます。
新しい動きとしては、東京・中目黒にある工芸の器と道具を扱うお店SMLさんとコラボして、裁断する際に生じる端切れ(ハギレ)を活用して「ズタブクロ」と「オシボリ」を作りました。こうしたコラボレーションは、YARN HOMEの可能性を広げてもらえるので、今後もどんどん手掛けていきたいですね。このお店は、今回この「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださったminokamoさんともコラボしていて、お店のオーナーを介してご縁が生まれました。minokamoさんとは、たまたまお互いの家も近所なので、道を歩いていてばったりお会いすることもしばしばです。
良質なものを長く身近に
――今後はどのような目標をお持ちですか。
荒川: ズタブクロやオシボリのように、製作過程でどうしても出てしまう端切れをもっと有効活用したいですね。職人さんたちが手間ひまかけて作っているものなので、少しでも無駄にしたくないんです。それをメインに扱う「Another YARN HOME」というラインも少しずつ動き出していて、まずはキルトの布を使ったミニクロスを作りました。おしぼりや口を拭うナプキンなどとして、ティッシュの代わりに使っていただけたら、紙のごみも減らせるんじゃないかなと思います。
もう1つは、私の原点である実家の寝具工場で、なにか一緒に作れたらなと思っています。いまは、父に加えて弟も工場を手伝っていて、家族だからこそ叶う密なコミュニケーションを活かしながら、長く愛していただけるものを作れたらいいですね。
――では、最後に荒川さんにとってのサステナブルとは?
荒川: 日本語に訳すと持続可能ということだと思いますが、続けるためには無理をしないことが大事だなと思います。
たとえば、ダイエットのために週5回、ハードなジム通いをしなきゃいけないと思ったら続きませんよね(笑)。でも、習慣にできる程度の軽いアクションなら続けられると思うんです。細かなごみの分別だって、最初は少し面倒に感じても、それが習慣になればなんてことはないのと同じだと思います。私はカンタベリーで感動した習慣をまねて、調理器具や食器類も長く使えるものを揃え、いまも決まった時間に朝食をとるようにしています。帰国してから10年近く経ちますが、それが生活の一部になりました。
それに、厳選した品は大事に使うため長持ちするので、結果的にごみが減りますよね。安いからとりあえず買おうではなく、じっくり選んだお気に入りのものだけに囲まれていると、暮らしの充実感も増すと思うんです。寝室は自分を癒やし再生させる大事な場所なので、そこで使うものを見直すことで暮らしの見直しにもつながるのかなと。とはいえ、ベッドリネンを一度に全部を替えるのは大変ですから、まずピローケースを自分で触って心地よいものに替えてみてほしいです。それだけで、寝る環境がぐっと良くなると思いますよ。
私は30歳を前に暮らしを見直したことで、その時に描いたような「毎年異なる景色」を見られるようになりました。起業当初こそ大変でしたが、自分で1から考えて組み立て、創造していく過程は学びにもなり、何よりずっと自分が楽しめているんです。自分自身もYARN HOMEというブランドも、これから先も無理せず、信念をもって長く続けていけたらいいなと思っています。
●荒川祐美(あらかわ・ゆみ)さんのプロフィール:
1983年生まれ、広島県廿日市出身。寝具メーカーを営む家で、ものづくりを間近に見て育つ。高校を卒業後、ファッションデザインを学ぶために上京。卒業後は、アパレル会社に勤務。30歳を機に、渡英。イギリスのカンタベリーでホームステイした家庭で、ベッドリネンの大切さを実感し、2016年にリネンなどを主力としたブランド「YARN HOME」を立ち上げる。現在は広島と東京の二拠点で、“日本ルーツ”にこだわった、高品質で長く使い続けられる製品を提供している。
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#04 一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える豊かなくらし
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