環境にも体にも優しく美しく。YOKO KOIKEさんの手掛けるヴィーガン料理
●サステナブルバトン4-5
――「SUNPEDAL」はどのような料理を提供しているのですか?
YOKO KOIKEさん(以下、KOIKE): 完全菜食主義と訳されるヴィーガンは、素朴でナチュラルなイメージを思い浮かべる人も多いかもしれませんね。「SUNPEDAL」では、食べていただくときに驚きや喜びを感じていただきたいという気持ちが強く、美味しさはもちろんのこと、ワクワクするような見た目の華やかさも大切にしています。ケータリングに決まったメニューはなく、お客様のご要望などを伺い、それに寄り添うメニューをその都度考案しています。
旅がテーマの一つなので、ご縁があった土地に私が出向き、その地域ならではの食材などを活かした料理を考案して販売するポップアップ(臨時の簡易店舗)も大切にしています。2019年からはECにも力を入れ、オーガニックのハーブやスパイスをブレンドしたオリジナル調味料「さんぺだる塩」などを販売しています。旅ができなかったコロナ禍にとても助けられました。
2022年には、伊勢丹新宿店のお声がけで「さんぺだる旅まるしぇ」と題し、旅で出会った食や手作りのものを集めて紹介するキュレーションも手がけています。この連載「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださった荒川祐美さんのブランド「YARN HORM」の製品も、2023年2月に開催した2回目に出店していただきました。
英国暮らしで知った食の輪
――そもそも、なぜ小池さんはヴィーガンの料理に興味を持ったのですか?
KOIKE: 2012年、大学卒業後に渡英したことがきっかけです。私が滞在したロンドンでは当時から、食材や化粧品などいろんな物にヴィーガンを記すラベルが貼られていました。私自身も、オーガニックの食材やマクロビオティックを実践する母の影響で幼いころから、 商品のラベルをチェックするくせがあり、ロンドンではその種類の豊富さに驚かされましたね。
もともと食に関心があったので、現地のチーズ屋さんで働き始めました。そのお店では、毎週末のように各地で開かれるマルシェ(市場)にポップアップを出していました。マルシェまでチーズを自転車で運ぶのも楽しく、地域の人たちとの飾らない交流や、食を通じた輪に魅力を感じるようになりました。そうした原体験が、自転車でお客様へ届ける「SUNPEDAL」のエコなケータリングスタイルにも生かされています。
屋号の「SUNPEDAL」という名前は、この頃の日々が元になっています。私の名前の陽子にちなんで「太陽=SUN」、そしてロンドンで親しんだ自転車の前進するイメージの「ペダル」をかけ合わせた造語なんです。
実は、そのころ暮らしていたロンドンのフラット(アパート)の私の部屋に、後になって入居したのが先ほどの荒川祐美さんでした! 共通のフラットメイトからその事実を知らされたときは本当にびっくりして、不思議なご縁を感じましたね。
――帰国後、起業までの道のりは?
KOIKE: 帰国後は、ロンドンでの経験を活かしてチーズ専門の商社で働き、2015年には東京・青山にあったヴィーガンのカフェへ転職しました。おしゃれで開放感があり、誰でも立ち寄れるような雰囲気で、当時はまだ日本ではヴィーガンの認知度が低かったことを考えると先駆的なお店でした。
健康への意識や、環境への思いを持つ各国の人が集うヴィーガンのお店には、独特の空気感があってゆるやかなコミュニティでつながっていく感覚があるんです。お客様同士の距離も近く、個人的に親しくさせていただくこともしばしばでした。そうして知り合った方の母国まで遊びに行き、ご自宅などに泊めていただきながら、その土地の暮らしぶりや食生活を体感できたことは財産です。各地の文化やいろんな思考に触れたことで、多様な考え方に寄り添うという「SUNPEDAL」の指針ができたのだと思います。
――どういった方が「SUNPEDAL」の料理を求めているのでしょう。
KOIKE: 「SUNPEDAL」を始めたばかりのころは、ヴィーガンを宗教的な食事だと勘違いされることもよくありました。また、食に関わる仕事に就いていたものの、料理人として働いたことはなかったので、自分の料理がビジネスになるのか未知数。ですから、手探りで1歩ずつ進んでいった感じです。
最初は、ケータリングではなく小さなスペースを借りて少人数にフムスなどの作り方をお伝えする料理教室からスタートしたんです。ご参加くださるのは、妊婦さんやアレルギーのある方、お子様をお持ちのママさんなど、健康に気を配る方が多かったですね。その繋がりから健康意識が高い仲間が集い、ヨガとランチを楽しむ会を催す際などに「お弁当を作ってほしい」といったご要望をいただくようになりました。
そうした小さな活動が、徐々に口コミやSNSを介して広まり、少しずつ法人様などのケータリングにも発展していった感じです。当初は副業だったこともあり、休日を使ってたった1人で料理を作り、自転車を漕いで配達もこなしていました。体力的にとても大変でしたが、好きなことなので不思議と苦になりませんでした。
旅がレシピのヒントに
――そうした間に、一般にも少しずつヴィーガンの認知が広まって来たのですね。
KOIKE: はい、いくつか転機となる出来事がありました。ポップアップを始めたころ、、匿名でご予約くださったお客様がいたのですが、当日、姿を現したのはプロフィギュアスケーターの浅田舞さん、真央さん姉妹でした。真央さんは同い年ということもあり、通じ合うものを感じています。そのご縁から、真央さんの撮影現場へ50名分のケータリングのご注文をいただきました。創業当時からずっと自転車で配達していましたが、そこから車での配達に踏み切りました。以後、お仕事の幅が広がり、大きな転機になりました。
少し前、メンズのセレクトショップとコラボしてポップアップを開催しました。そこに参加してくれた高校生の男の子は、ヴィーガンのブリトーを食べて感激してくれ、一度、帰宅したもののまた戻って来てくれて、「すごくおいしかったから、今日の母の日に、お母さんにも食べさせてあげたい」と言ってくれました。とても嬉しかったです。
昨年は、エコフレンドリーな 素材を用いるなど、サステナブルな取り組みで知られるファッションブランド「STELLA McCARTNEY」のサマーコレクションの一環として、キノコレシピの動画コンテンツ制作に携わらせていただきました。学びが多く、「SUNPEDAL」を知ってくださる方も増えました。「SUNPEDAL」を、豊かな食の選択肢の1つとして選んでいただけているのかなと感じます。
――この先は、どのように活動していきたいですか?
KOIKE: お客様の声から多くの気付きをいただいています。ある方から、「砂糖だけでなくアガペやメープルシロップも使わないスイーツは作れますか」というご要望をいただき、試行錯誤しながら生み出したのが「エナジーボール」です。デーツなどのドライフルーツの甘みを活かし、ナッツなどを使った栄養たっぷりのスイーツで、オンラインで販売するとすぐに完売する人気商品です。ケータリングやポップアップに加えて、新たに経営の柱になるものができました。
イベント「TABI PEDAL」のように、旅をしながら真摯にものづくりをする方々と協働し、その土地の食材を使った料理を届ける活動も、さらに広げていきたいと思っています。先日、ベトナムの友人宅を訪ね、ベトナム料理は食材を余すことなく使うことを知りました。調理の際に出た、皮やへたを出汁に使い、米のとぎ汁をレストランで飲み物として提供していたのには驚きました。帰国後、その知識を活かした出汁で料理を作ったところ、友達にとても好評でした。
また、少し前に沖縄の知人を訪ねたときは、地元の方が釣り上げた魚を振る舞ってくださいました。その時、私をもてなすための料理を、「ヴィーガンだから食べられない」とむげに断るのは違うなと感じました。実際、いただいてみると、身体に染み入るようなおいしさとありがたさがありました。
魚を6年ぶりにいただいたことで、今の私自身はフレキシタリアン(柔軟な菜食主義者)ということになります。かつてはかなりストイックなヴィーガンを実践していましたが、周囲の方や出会いに感化されて、考え方も柔軟になってきているなと感じます。自分の信念を大切にしながらも、その時の自分の気持ちに正直に、活動をアップデートしていけたらいいなと思っています。
――最後に、KOIKEさんにとってサステナブルとは?
KOIKE: サステナブルなアクションをするには、まず自分を知ることが第一歩なのかなと思います。自分が実際に経験することで、「これは自分にも地球にもサステナブルだな」と分かれば、多少高価でもサステナブルな方を自然と選べるようになると思うんです。
私はいろいろな場所に行き、多くの方と出会い、たくさんの刺激をいただきながら、そこで知ったことを料理に落とし込んで作ってきました。10年近くヴィーガンを作り続けていますが、やっぱり今も楽しいんですよね。味の好みや健康状態、環境への配慮など、さまざまなことを総合的にとらえたとき、気持ちよく、そして美味しく食べていただけるのがヴィーガンなのかなと。「SUNPEDAL」は、そうした誰かへの思いやりを常に持ちながら、美味しくてワクワクできる食を通して、皆様が新しい何かを知るきっかけになれたらうれしいですね。
●SUNPEDAL/YOKO KOIKE(こいけ・ようこ)さんのプロフィール:
1990年生まれ、宮城県石巻市出身。漁業関係の会社を経営し海外出張の多い父と、マクロビオティックを実践する母の間で、異国文化と食への関心を育む。高校卒業後は神奈川県の大学へ進学。2012年、イギリスへ留学。14年、チーズの専門商社に就職、15年、東京・表参道のヴィーガンカフェに転職し、ヴィーガンの魅力に開眼。16年、東京都渋谷区で「SUNPEDAL」をスタート。
Instagramアカウント:https://www.instagram.com/sunpedal/
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#05 環境にも体にも優しく美しく。YOKO KOIKEさんの手掛けるヴィーガン料理。
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#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
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#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
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#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
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#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
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#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
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第79回ジェンダーギャップに多様性。いつの時代も最先端を行く、バービードールの世
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第80回一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える
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第81回環境にも体にも優しく美しく。YOKO KOIKEさんの手掛けるヴィーガン
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第83回美しさとサステナブルが両立する空間デザインに挑戦 アートディレクター稲数