Presented by ルミネ
サステナブルバトン4

美しさとサステナブルが両立する空間デザインに挑戦 アートディレクター稲数麻子さん

店舗やイベントブースの設営・装飾などをトータルで手がける空間デザインチーム「KOTO」を主宰する稲数麻子さん。「美しさの意味」にこだわったデザインを追求する一方、なるべく廃棄物をうまないサステナブルな空間演出を心がけ、SDGs(持続可能な開発目標)を意識する大手百貨店など企業からの依頼も増えています。稲数さんが工夫と挑戦を続けるわけをうかがいました。
環境にも体にも優しく美しく。YOKO KOIKEさんの手掛けるヴィーガン料理 一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える豊かなくらし

●サステナブルバトン4-6

作品を生み出すプロセスも美しく優しく

――空間デザインや設営の際にうまれる廃棄物や持続可能な作り方を意識したきっかけはどんなことからですか。

稲数麻子さん(以下、稲数): 10年近く空間づくりの仕事に関わってきて、多くの人の力を借りて一生懸命に作り上げたものが、わずか数日、場合によっては数時間後に大量のごみとして廃棄されるのを何度も目の当たりにしてきました。そのたびに、作り手の想いや環境への負荷など、様々なことが頭をよぎり、胸が締め付けられるような気持ちになりました。出来る限り工夫をして、もっと地球や人を傷つけずに作り続けることは出来ないものかと葛藤しながら空間づくりを続けています。

――これまでの展示や演出で印象的だったものは?

稲数: 近年はSDGsを念頭に入れる企業も増えており、達成すべき目標を設定している会社もあり、サステナブルやエコを意識した空間デザインをご依頼いただくことが増えてきたなと感じます。

例えば、昨年冬に福岡・天神の岩田屋三越さんで実施した「MERRY TROPICAL CHRISTMAS 」があります。できるだけ廃棄量を減らしてほしいというご依頼でしたので、岩田屋さんの協力をもとに近隣の会社で制作物を再利用していただいたり、大きな廃棄物となる造作物を可能な限り減らすためにゴミとならないリースの植物を使ったりなど、廃棄を減らす工夫をしました。そうした制作施工は手間やお金、時間がかかることが多く、クライアント側の協力がないと実現が難しいのです。また、施工してくださる会社も、そうした問題への認識がないと対応を嫌がられることもあります。近年では、サステナブルな選択が企業のイメージアップにつながるという認知が広がってきたこともあり、少しずつやりやすさを感じられるようになりました。

昨年、岩田屋三越で実施した「MERRY TROPICAL CHRISTMAS 」=本人提供

2018年、東京・虎ノ門で開催された「東京ハーヴェスト」というイベントも思い出深いです。食の作り手への感謝と尊敬の気持ちを伝え、「おいしい日本」を東京から発信するもので、私は野菜の皮やくずを使って染めた布で会場を飾るインスタレーションを展示しました。見てくださる方からは、「食品ロスを活かせるのがいいですね」「とてもサステナブルですね」とおほめいただくことも多く、お客様がイベントの趣旨そのものとは異なる視点からも展示をご覧いただいていることにハッとしました。草木染などはサステナブルな考えを持つ方と親和性が高いと聞いていましたが、実際にそれを感じるイベントでしたね。

「東京ハーヴェスト」で使用した野菜の皮などで染色した布=村上岳さん撮影

――作品を通じて、日々サステナブルの認識や理解を深めていらっしゃるのですね。

稲数: 廃棄物を資源に新しいモノづくりをしているリファインバースさんとご一緒したときは、海を汚染する海洋ごみのひとつ、漁網をアップサイクルした素材を使った展示を作りました。その事前のお打ち合わせで、海洋ごみの中にすごくたくさんの漁網が含まれているというお話を熱心にしていただき、とても心に響きました。

2021年には、東京ビッグサイトで行われた「サステナブルファッションEXPO 」で、長野県の根羽村を拠点に活動する木の糸コンソーシアムさんのブースデザインと施工を担当させていただきました。恥ずかしいことに、適切に森から木を伐ることが森林保護につながることをその時初めて知りました。そうした間伐材などを使ってサステナブルな地域づくりに取り組んでいる木の糸コンソーシアムの皆さんとのお仕事は、とても勉強になりました。

通常のイベントでは安価な海外の木材を使い捨てることも多いのですが、このときは根羽村から切り出したスギ材の板を使ったり、ヒノキでできた単管パイプ「モクタンカン」でブースを組み立てたりしました。また、紙の展示は終わると普通はその場でゴミになることも多いのですが、「布ポスターならかさばらずに畳んで収納できるし、再利用もできますよ」とご提案したところ、それを採用していただけたことも嬉しかったです。ブースはスギやヒノキの香りが漂い、とても贅沢な空間になりました。

2021年に東京ビッグサイトで開催された「サステナブルファッションEXPO 」の「木の糸コンソーシアム」ブース=本人提供

――こうした活動には、様々な難しさもあるのではないでしょうか。

稲数: 「サステナブルな空間づくり」を一番のコンセプトに出来る時ばかりではないのも現状です。実際、壁はとてつもなく高く、制作方法から素材の調達、納期、文化的側面などなど、非常に広く深い様々な問題があります。大好きなものづくりが地球や人を傷つけることがあるなんて悲しくて、いっそ何も作らないことが最も地球に良いのではと考えてしまう時すらあるほど。

それでも可能な範囲で、少しでも工夫をしてみることを意識しながら、クライアントさんから要望や協力があれば少しでもサステナブルな取り組みを取り入れたいと思っています。100%どころか30%、いえたった5%の取り組みでも無意味とは思わず、最終の出来上がりだけではなく、生み出すプロセスの部分も含めて、美しいものづくりに少しずつでも近づいていきたい気持ちです。

想像力と柔らかい価値観を持ち続けたい

――そもそも、なぜ空間デザインに興味を持ったのですか。

稲数: 小学校から大学まで普通科で学び、美術を専門的に学んだことはないのですが、小さいころからとにかく何かを作ることが大好きで、学校の成績も美術だけはいつも優秀だったんです(笑)。いざ就活となり、もの作りできるところに就職したくても美術系の大学を出ていないと受けることすらできないことが分かって……。そんななか、ベンチャー系のオーダーメイドウェディングを手がける会社が受け入れてくれ、インターンとして飛び込んだんです。

そこで一緒に働いていた友人から「池袋で学生向けのイベントを企画しているから、会場装飾をやってみない?」と声をかけてもらいました。予算はたった3万円で、100均で造花を買い集めたりして、今思えば無謀でしたが、こうやって何かを作れる仕事はやっぱり楽しいなと思いました。そちらに就職してからは、がむしゃらに空間デザインの仕事に没頭する日々でしたが、次第に大小の空間を様々に作れるこの仕事の面白さに目覚めていきました。空間デザインは、日常の全ての事柄が対象になりうるので、目に映るものすべてに興味が沸くし、一歩外に出たらすべてが学びの場です。日々、新しい何かを発見していくような面白さがあるなと感じます。

――そんな中で、次第にサステナブルへの関心が高まっていったのですね。

稲数: この連載「サステナブルバトン」にも以前、登場されていた鎌田亜里紗さんとご縁ができたことは1つの契機でした。彼女が主宰するイベントで、バングラデシュのファストファッション縫製工場の事故で多くの犠牲者を出した「ラナ・プラザ崩落事故」を扱ったドキュメンタリー映画が上演されました。それを見て、ものすごく衝撃を受けました。仕事柄、予算との兼ね合いで安価な素材を選ばなければならないこともあったため、自分が選んだ先に、あんな悲劇があるのかと絶望的な気持ちになりました。映画のように、私もこれまで様々なものをなぎ倒しながら空間デザインを作っていたのではないかと打ちのめされ、映画の後、涙が止まらなくなるという、生まれて初めての体験をしました。

そのイベントに一緒に行ってくれた友人の影響も大きいです。サステナブルな暮らしを実践していて、外食で飲み物を頼むときには必ずストローは断るような人でした。いつも焼き芋を食べているので、「どうしてそんなに焼き芋が好きなの?」と尋ねたら、「おいしいし、小さな紙のゴミしか出ないから」と。そうした疑問や想いを実際に行動にうつす人たちとの出会いに感化されながら、それまで作品を作るときに意識しなかったことをすごく考えるようになり、私生活でも選ぶものや行動が大きく変わりました。

――今後は、どのようなことに取り組みたいとお考えですか。

稲数: 予算や納期など状況が許す場面では、できるだけ廃棄の出ない空間づくりにも挑戦していきたいです。ただ、サステナブルでありたいと思いながらも、在庫を抱える場所がなかなかないという状況の方がほとんどなので、難しい要求が増えています。リースやサステナブルな新しい素材を生み出す企業さんなどと上手くつながりながら、環境に配慮したものづくりを目指していけたらと思っています。

また、最近少しずつ個人店舗の内装からロゴのデザインまでをトータルで依頼していただくことが増えてきました。長期的なものづくりに取り組めるため、これまでとは違ったやりがいを感じており、長く愛されていくものづくりをもっと増やしたいなと思うようになりました。いずれは、100年経って古道具屋さんやアンティークショップで売られるようなプロダクトを創り出すのも目標のひとつです。

昨年9月には、“美しいを哲学する”をテーマとしたインディペンデントマガジン「ELEPHAS」を仲間と創刊しました。ものづくりをはじめてから、見た目の良さだけではない、美しさという言葉の持つ広さや深さについて考える機会が多く、美しさを生み出す人、関心がある人たちとこの考え事を共有しあい、深めてみるとどうなるのか興味があります。「表層だけではない美しさの本質を探り、その抽象的な概念を様々な形で表現したい」と思うからです。

この本で取材させていただいた皆さんや、ポップアップイベントなどで関わる方々とは価値観も近く、そうした出会いが広がっていくことが嬉しいです。今回、この連載をつないでくれた「SUNPEDAL」のYOKO KOIKEさんとは、昨年、この本を販売するポップアップイベントでもご一緒しました。YOKOさんはタコスを作って提供してくださいました。もともとは、その1年ほど前に化粧品会社のイベントでたまたま一緒になったのですが、すごく波長が合うので密度の濃いお付き合いをさせていただいています。YOKOさんが昨年、新宿の伊勢丹で実施したイベント「さんぺだる旅まるしぇ」では空間装飾を担当させていただき、出来るだけ廃棄物を減らしたいというYOKOさんの強い想いと大きな協力のもと、自然にかえる生の植物を会場装飾のメイン素材に使うなど、ほとんど廃棄物の出ない空間づくりが実現しました。

昨年、新宿・伊勢丹で開催されたイベント「旅まるしぇ」=本人提供

――最後に、稲数さんが思うサステナブルとは?

稲数: 想像力と、柔らかい価値観なのかなと。固定概念にとらわれると、大事なものを見失ってしまうんじゃないかなと思います。空間デザインでも、今まで通りのやり方でなく、新しいサステナブルな素材や方法を選んでいくともっと良いものになれるはず。そのためにも、柔らかい視点で世界を捉えていく。そうすることで、サステナブルに持続できるような世界になってくんじゃないかなと思ったりしますね。

ただ、ストイックにやりすぎても続かないので、柔らかい気持ちも持ちたいですね。「完璧じゃないけど、これはできてるから大丈夫」と許すことも大切かなって。私自身も日々、葛藤の連続です。それでも、少しでもよい方を選んでいきたいし、負の連鎖に加担したくないと強く思っています。

たとえば、デザイン費は決まった金額があるわけではなく、極端に安く引き受ける人もいます。でも、それは長期的に見ると結局は一人ひとりに負担がかえってきてしまいますし、業界全体が持続可能ではなくなってしまいます。ですから、自分ができる範囲でこういった思いもクライアントさんに伝えるようにしています。そうした見えない部分も含めて、あえて“きれいごと”を信じながらやってみる。それがもしうまくいけば、希望の光にもなれるような気がします。諦めない気持ちを持ちながら試行錯誤を続けているところです。

●稲数麻子(いなかず・あさこ)さんのプロフィール
1991年、東京都生まれ。料理や手芸が好きな母と、陶器の絵付けや日本画を描く祖母の影響から、幼い頃より様々な創作に親しむ。大学卒業後の2014年に、株式会社CRAZY入社。 オーダーメイドウェディングのアートディレクターとして約200組の空間装飾を担当 。2018年に独立し、KOTO art&creative worksを創設。アートディレクター/デザイナーとして、イベントの空間デザインや店舗のディスプレイ、インスタレーションアート制作 など幅広く活動する。活動グループ「PHILOSOPHIA」を主宰し、昨年創刊したインディペ ンデントマガジン「ELEPHAS」は、蔦谷銀座書店をはじめ全国30カ所で販売されている。

環境にも体にも優しく美しく。YOKO KOIKEさんの手掛けるヴィーガン料理 一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える豊かなくらし
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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