〈フェムテック考〉女性の課題は技術で解決? 不調を“経済的損失”で語られるモヤモヤ
フェムテック市場の現在地
フェムテックとは、「Female(女性)」と「Technology(テクノロジー)」を掛け合わせた造語で、2016年に月経周期管理アプリを開発したドイツの実業家アイダ・ティン氏が提唱したのが始まりといわれる。一般的な定義では、“女性の身体に関わる技術” を指すが、日本では、これまで言語化・可視化されづらかった女性の心身の不調やつらさを解決し、QOLを向上させるためのサービスやプロダクト全般を指す。
ここ数年、さまざまなフェムテック製品が登場しているが、渡部麻衣子さんによると、2016年以前から日本には“フェムテック”が存在していたという。それが、よく知られる女性の健康情報サービス「ルナルナ」だ。
「『ルナルナ』は、まさに日本の元祖フェムテック。2000年にガラケー用女性の健康情報サイトとして誕生し、2010年にスマートフォンアプリの提供を開始しました。ただ、当時は、生理や性のことに対して世の中のタブー感が強く、軌道に乗せるまでにはとても苦労したそうです」
「その後、変化のきっかけとなったのが、2019年に経済産業省が発表した『月経随伴症状による労働損失』の報告書でした。これによって生理に伴う症状やそれによる損失は、個人の問題ではなく、社会全体の課題だという認識が広がりはじめたのです」
この2019年は、日本では「フェムテック元年」「生理元年」とも言われ、以降は吸水ショーツをはじめフェムテック・フェムケアにまつわるサービスやプロダクトが大幅に増加するとともに、生理や性に関して話題にすることの障壁も下がっていった。さらに2021年、内閣府のいわゆる「骨太の方針」の中で初めて「フェムテックの推進」という文言が盛り込まれ、「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」も立ち上がった。これきっかけに、これまでスタートアップ企業が中心であった日本のフェムテックが政策課題のひとつとなり、最近では大手企業の参入も目立ち、フェムテックにまつわるイベントや展示会も頻繁に開催されるようになった。
日本独特?政府によるフェムテック支援の背景
そうしたイベント会場で、最近、“スーツ姿のおじさん”が、ぞろぞろとブースを回っているのを見かけるようになった。もちろん男性がフェムテックに興味を持ってくれるのは本来喜ばしいことなのだが、一女性としては、その裏に「ビジネスになりそう」という思惑が働いているのではないかという、何となくモヤモヤした気持ちを感じることも……。
渡部さんはいう。「モヤモヤする気持ちもわからなくもありません。でも、政府の後押しがフェムテックに対して女性だけではない層の関心を集めることになったこと、また玉石混交ではあるものの、さまざまな製品を生み出しやすくしているという面で、価値あることでもあるとも考えています」
女性の社会進出や社会参加を国が後押しし、推進すべき事業領域になっているのは世界でも非常に珍しいことだという。その背景にはどんなことがあるのだろうか。そこには少子高齢化が進む日本社会において、女性は貴重な市場での労働力となりうることに注目した政策があった。
「政府が女性の活躍推進を積極的にうたい始めたのは2013年ぐらいのことです。当時、少子高齢化が急速に進むなか、労働力不足の問題が政策課題として打ち出されるようになっていました。そこにフェムテックという言葉が輸入され、月経随伴症状による労働損失にも注目がいくようになった。そうした流れの中で、女性の身体的問題と労働力不足問題が組み合わさり、結果として官民挙げてフェムテックの推進がうたわれるようになっていったのです」
技術革新の前に必要なこととは?
とはいえ、労働という観点からいえば、政府からフェムテックの活用を勧められたところで、女性は働きやすくなるのだろうか? 女性がなかなか働きづらい状況は、身体の問題だけではない気がするが……。
「そこがまさにフェムテック市場の盛り上がりで感じる女性側のモヤモヤの原因だと思います。女性活躍、働け、と言われても、社会全体にそれを阻むさまざまな事情がありますよね。なのに、その原因をあたかも女性の身体の問題だけに帰結させてしまうことに違和感を覚えてしまうのは当然です。いざ一生懸命働こうと思っても、男女の格差、育児との両立など、女性の身体面だけではない様々な問題があるのに、労働市場への参画をフェムテックで“どうにかしたい”というのは、はっきり言ってズレているんです」
渡部さんはさらにこんな懸念も付け加える。「労働のためのフェムテックという勧め方をするなかで、『一人前の社会人なら、体の不調も管理をして当然』というような考えを持つ人が増えてしまう可能性もあると思っています。確かに、フェムテックによって体の不調が改善される面もあるかもしれないけれど、それだけでは全然解決できない状況があって、それは女性のせいじゃないというところを、政府には合わせて伝えてほしいんですよね」
2013年に『骨太の方針』の中で「女性の活躍推進」という政府の強い目標が立てられた後、実際に保育園の数を増やしたり、男性も育児休業を取れるようになったりと、政府による働く環境を “どうにかしよう”という努力が一定程度は見られたという。しかし、それだけではなかなか女性活躍にはほど遠く、次に何ができるのかと考えた末のフェムテックだったというわけだ。
「女性が働けない理由の大きな一つとして、ワンオペ育児にならざるを得ない状況があるということ。この問題に関してはどうしても女性に注目がいきがちですが、男性だって家庭と労働のバランスを非常にとりにくい環境に置かれているのだという現状があります。いまだに“身を粉にして働く”ことが美徳とされている部分も見受けられますよね。『人は労働だけでなく、人生や家庭生活をおくる権利を持っているのだ』という共通認識が社会に浸透して行けば、“女性は子どもを育てるもの”“男性は外で働くもの”という世の中の根深い風潮が変わってくると思うのですが」と渡部さん。
広がる格差、抱えるジレンマ
このように女性活躍の“後押し役”が期待されるフェムテック市場だが、いざそうした商品を購入したいと考えたとき、「安くない」と感じる人は多いのではないだろうか。まだスタートアップ事業が多く、少数生産であり、素材や品質、機能性などにこだわると、高価格になるという事情があることはわかるが、現状では、誰にとっても気軽に取り入れられるものとは言えない。フェムテックを活用できる人とできない人という経済格差の問題も、見え始めている。
「フェムテックが市場で高い価値を産んでいる今、どんな人がそれを手にできるかというと、すでに労働市場に参加している人ですよね。しかし本来、一番背中を押して投資しないといけない対象は、いまだ労働に参加できていない女性たちのはず。これこそが、フェムテックのジレンマだと感じます」
そもそもなぜ労働市場に参加出来ていない女性が多いのだろうか。年齢層別に女性の労働力率を見たとき、結婚や出産を機に労働から離脱する人が多いことが以前から日本では問題となっており、30代ごろに年齢別労働人口グラフが落ち込むことから、これをM字カーブ問題という。渡部さんによると、最近では結婚による離脱は減ったものの、妊娠出産で離脱する率は諸外国に比べてまだ高い状況にあるという。
「なぜ妊娠出産で労働を離脱する女性が多いのか。その原因としてはワンオペ育児があると話しましたが、保育園が足りないということだけでなく、“子どもは母親が大事に育てるべきだ”という「神話」が、未だ女性を縛っているのも事実。「子どもを大事に育てたい」という気持ちの表し方はさまざまで、たとえば信頼がおけて、預けやすい場所や人に頼ることもその一つなんだ、という考えがより当たり前のものとなって、頼りやすい仕組みがもっと増えていくことが大事だと感じます」
特に日本は、「誰にも頼れないと感じやすい社会」だと渡部さんは話す。
「育児に限らず、人はさまざまな理由で労働から離脱する可能性があります。しかし、日本ではそうした際、社会福祉のサポートを受けることを恥や人生の危機だと感じるような風潮が見受けられます。労働離脱者が、的確なサポートによって労働者・納税者として社会に戻ってくることができれば、それは国にとっても有益なはず。こうしたスティグマのようなものが解消され、社会の考え方が変わっていくことで、女性も男性も働き続けやすい状況が作られ、結果として男女の格差解消にもつながるのではないかと考えています」
か弱いから、助けが必要なわけじゃない
フェムテックを女性の社会進出や労働の面から考えてみると、今後、女性が働き続けられる社会を実現するために、改めてどんな議論が必要だろうか。
「まず、フェムテックの良い面として、製品があることで、それが対象としている問題について、見えやすく、語りやすくなるということがあると思います。例えば、最近教えてもらったものに、これまで日本ではあまり注目されることのなかった、出産後や更年期に起こりがちな尿もれに対応するアイテムがあります。こうした製品があることで、女性の抱えている悩みやつらさが広く知られると同時に、じゃあそれを社会でどうやって支援していくべきか、という考えも生まれやすくなると感じます」
なかなか変わらない社会構造が根本的な問題としてあることも忘れてはならない。一人ひとりができることとして、渡部さんは女性の身体に対する意識についても変革が必要だと話す。
「日本では、生理の痛みは仕方ないもの、我慢するしかないものといった考え方がずっと共有され、肯定され続けてきました。そのために、『痛いなら痛くないようにすればいい』とか、『困っているなら、それを解決すればいい』という考えになかなか至ってこなかった。そしてその背景には、“か弱い女性が美しい”というような身体規範もあったのではないかと思います。まず、これが解消されなくてはいけないと思うんです。
それをしないままフェムテックを薦めるのは、“か弱い体”を前提としてそれが必要とするものを売りつける、言い方は悪くなりますが、悪徳商法のようなものになってしまう。そうならないためには、そもそも、自分の体を知り、自分自身にとって心地よい身体のあり方を肯定できる力を身につけるという、ごく当たり前のアプローチが、子どものころの教育段階から必要なのではと感じます。そのうえでのフェムテックであれば、利用価値があるようなものになっていくだろうというふうに思います」
渡部さんの言葉に深く頷くと共に、「フェムテック」とは何のためにあるのかを、推進する側、利用する側ともに改めて考えてみる必要性を感じた。女性たちは、労働の担い手になるために生理を管理しなきゃいけないわけじゃない。子どもを産むために健康を守らなきゃいけないわけでもない。まずは、女性が自分らしく快適に生きるために技術や道具を利用するものなのだ、という当たり前のことを忘れないようにしたい。フェムテックが、諸課題の改革と相まって、真に女性一人ひとりの選択肢を広げ、生きやすさにつながるものとして広まっていくことを願う。
●渡部 麻衣子(わたなべ・まいこ)さんのプロフィール
自治医科大客員研究員、東京大客員研究員、UPPLASA(ウプサラ)学客員研究員。
2002年3月国際基督教大教養学部社会科学科を卒業後、2005年にウォーウィック大学大学院社会学部の博士課程修了。女性と技術に関する研究を続けている。共著に『人と「機械」をつなぐデザイン』(東京大学出版会)『ポストヒューマン・スタディーズへの招待』(堀之内出版)など。現在、スウェーデンに研究留学中。
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