生理の悩みを手放した女たち。子宮内リング装着で気づいたこれまでの重荷
生理があった頃の生活が思い出せない
産婦人科は「何か大きな問題があった時に行くもの」だと思っていた。
総合商社に勤める社会人1年目のFさん(23)。昔から病院に行くのは、体調に異変があった時だけだった。その印象から産婦人科も、妊娠した時など「何かあったとき」に行くものだと思っており、「生理の悩みなど」で行く場所とは全く考えていなかった。
Fさんは、大学に入った頃までは、肌が敏感で生理中にむれるということが悩みだったものの、仕方のないものだと考えていた。しかし大学生の時、様々な女性問題について発信している女性のSNSに行き着いた。この中には生理の悩みを解決するような商品の紹介もあり、Fさんはここで初めて生理の悩みに向き合い始めたのだった。
その頃、Fさんはマレーシアへ旅行をする機会があった。その際プールに入りたかったが、生理がきてしまった。しかし、例の女性のSNSの後押しもあり、あきらめずタンポンに挑戦してみた結果、快適にプールに入ることができた。これをきっかけにいろいろな生理関連の商品を調べるようになり、通称・避妊リングとか子宮内リング〈黄体ホルモンを子宮の中に持続的に放出する子宮内システム(IUS)、商品名:ミレーナ〉とか呼ばれる方法を知った。そしてFさんは意を決して産婦人科クリニックに行き、ミレーナの装着を体験することとなった。
不安がなかった訳ではない。ミレーナは、絶対ではないが経産婦の方が望ましいという情報を読んだことがあり、妊娠したことのないFさんは装着の痛みが不安だった。また、ミレーナがピルのように見た目が想像しやすいものでない、未知のものというのも怖かった。しかし、動画サイトなどでは、ミレーナの模型を使ってミレーナの形状や子宮に入った時どんな動きをするのかまで説明する動画もあり、医師からの説明にも納得がいったため、次第に装着への不安は和らいでいったという。
ミレーナを装着して2年ほど経過した。以前、生理の悩みがあった時の生活を思い出せないほど、自分の生活にミレーナは馴染んできたという。たまに生理の周期の時期になると出血が起きるときもあるが、出血量は激減した。また、最初に装着したころは腹痛が若干するという副作用があったものの、現在ではほぼ気にならないレベルだ。水泳や温泉など、日常生活上の不都合はほぼなくなった。
金銭的負担減も決め手に
Fさんがミレーナを装着した際の費用は1万2千円、これで5年間は効果が続くという。産婦人科での1回2~3千円ほどの検診を、最初は1か月に1度だが、そのうち3か月、6か月そして最後は1年に1度の間隔で受け続けることになる。それでも長期的にみると低用量ピル、ひいてはナプキンや鎮痛剤を使用して過ごすよりもトータルでの金銭的メリットは大きい。また、ピルのように毎日薬剤を決まった時間に飲む必要がなく、検診の時期はミレーナを装着した産婦人科から通知が来る。こういった面がズボラな自覚のあるじぶんに合っている、とFさんは言う。
Iさんは24歳。メディア関連の仕事をしている。Iさんは以前からPMSや月経困難症が強く出る体質だった。生理前からお腹が緩くなり、生理中は痛みで学校を休む時もあり、生理に対する不満は周囲の友人たちに比べて強いほうだったかもしれない。
大学生になった時、Iさんにも生理との向き合い方が変わるような機会が訪れる。大学生で1年間アメリカに留学をした際、生理が2か月ほど来ないという初めての経験をした。当時パートナーがいたということもあり、妊娠の可能性も疑った。コンドームだけでは自分の身は守れないし、もっと意識を高く持たなければいけないと思ったこの時の経験が、自ら避妊できるミレーナに興味を持つきっかけとなった。
さらにそれを後押したのが、留学をする際に全員が入る保険制度だ。この保険は使っても使わなくても月保険料金を支払わなければいけない。そのため、今ミレーナに使わなければ”損”だという意識になり、装着に踏み切った。やはり金銭的な負担減はIさんも感じていたのだ。
生理がなくなって気づいたこれまでの重荷
Iさんも装着して2年ほど経つが、現在ではたまに少し出血があるのみで、生活は激変したという。生理のない生活は「なにかを諦めないで済む生活」だと思う。生理があったころは諦めていた温泉やプールなどの機会。今ではバイオリズムを気にせず、こうしたことができている。そしてやはり、「生理の悩みがどれだけ重荷だったかに気付いた」。Iさんはこれまで、月の3、4割の生活をPMSなどで潰されていたことに自身で衝撃を受けた。
一方で、Iさんはこれまで、月に1回来る生理で自分の体調の変化を見ていた。間遠になるとストレスかなと思ったり、経血の状況から食生活の乱れを疑ったりして、自身の生活を省みていたという。これが分からなくなるのはミレーナ装着後のデメリットかもしれないと感じている。もっとも、逆に何か体調不良があったときに生理ではない「何か」だと気づくことができるとも言えるのだが。
Iさんの周りには、低用量ピル使用者が比較的多くいた。その知人らが、ピル服用当初、吐き気やメンタルへの影響が副作用として起こっているのをみて、ピルへの不安感があった。一方でミレーナ使用者は周りにあまりいなかったが、逆にサンプルがいないならばまずは自分が挑戦してみようという気になったと言う。また、自分が選んで避妊できている状況を作りたいという思いが恐怖心よりも強かった。さらに、婦人科で自分の思いや、ミレーナについての質問を医師に話し、相談に乗ってもらったことでかなり不安感はなくなった。
Iさんはミレーナ装着後、積極的に友人らにもミレーナの経験を語り、自分の周囲で少なくとも5人はミレーナの装着を実行したという。生理から派生しジェンダー意識に関わる活動をしていると話をすると、興味を示してくれる男性もいて、中には避妊を彼女にまかせっぱなしだったと反省する男性もいたそうだ。
なかなか男女間で性関連の話をするのはハードルが高く感じる人も多いかもしれない。しかし、お互い身体上異なる性質を持っており、互いの悩みに気付きづらいからこそ、性別の垣根を越えて話す場を増やすことが大事なのだろう。
かくいう筆者自身もピルを始めた経験がある。元々PMSで悩んでいたものの、婦人科に行くのにはなんとなくハードルを感じていた。しかし、友人が低用量ピルを使用していて、生理がほとんどこなくなったことで温泉やプールなども楽しめてとても良いという話を聞いた時、ハッとさせられた。「こんなに身近な人が試してるなら、実はそこまでハードル高くないのでは?」そう思い、生理の悩みに改めて向き合い、婦人科に行く一歩を踏み出せた。
今回の体験談から、身近な人が情報を提供してくれるのはとても心強いものなのだと改めて感じ、経験を発信していく必要性を痛感している。
博報堂キャリジョ研が2022年3月に20-50代女性たち545人に対して「女性の健康に関する調査」(※1)を実施したところ、度合いは分かれるが57.1%が生理による悩みがあることが分かった。
また今年3月に博報堂キャリジョ研が20-40代女性たち112人を対象に実施した「生理悩みの解消方法に関する意識調査」(※2)をみると、鎮痛剤は興味を持っている人が42.9%に対して、実際に生活に取り入れている人は38.4%と大半の人が実行に移していた。一方、低用量ピルや漢方薬は興味を持った人の割合と実行した人の割合の差分はそれぞれ17.9pt、23.2ptであった。ミレーナに至っては興味を持ってから実行した人は0%だった。興味をもっているものの、生活に取り入れない理由としては、「副作用が気になる」「金銭的な問題」「実際のところの効果や副作用がわからないので不安」「よいクリニックが分からない」などが挙げられた。
調査からは、生理の悩みを持つ人が多いものの、ミレーナに関しては知っていて興味はあるが実際に使用するには至らなかった人が半数もいることが分かった。副作用や金銭的な面も理由の一つではあるが、今回インタビューした2名の話にあがっていた「生理の悩みがない状況を経験していない場合、それがどれだけ負担になっているのか気づけない」ことも大きな理由の一つだと考えられる。
ひとつの解決策として、等身大の女性たちの実体験でどれだけ生理の悩みのある生活とない生活が違うのかを知る機会があれば、事情は変わる。自分たちの体に向き合い、悩みを解決するための選択をした女性たちの体験が、いまも不安や悩みを抱えている女性たちの背中をそっと押す力になるだろう。
(写真はGetty Images)
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