急増中の「梅毒」 背景に出会いの多様化? 感染したらどうすれば? 女性内科医が解説します

性感染症である梅毒の感染者が急増しています。東京都は、2022年の都内の梅毒患者が3677人に上り、調査を開始した1999年以降で最多だったと発表。日本国内の報告数も過去最多です。梅毒に限らず、性感染症は症状を自覚しにくく、無治療のまま放置されているケースが少なくないそうです。なぜ今、感染者が急増しているのか。もし自分が性感染症かもしれないと疑ったら、どうすれば? 産婦人科の経験もあり、現在は内科を専門とする医師の山本佳奈さんに聞きました。

感染しても、気づかない場合も?

――感染者が急増している梅毒とは、どんな病気なのでしょうか。

山本佳奈さん(以下山本): 「梅毒トレポネーマ」という細菌が、性器や口などの皮膚や粘膜の、目に見えない小さな傷から侵入する感染症です。主に性行為によって感染が広がります。感染してから2~3週間で性器などにしこりができて、治療せずに数ケ月経つと全身に発疹が出ることがある。ただし、痛みやかゆみがないことがほとんどで、治療をしなくても発疹が消えることがあるため、早期発見できないこともあるようです。

治療せずに放置していると、長期間経過することで脳や目、心臓、神経などに重大な合併症を引き起こし命を落とすこともあります。治療薬が普及していない時代は、「鼻が落ちる」といったこともあったようですが、現代の日本ではその段階まで進むことはほとんどありません。適切な薬を服用すれば、治る病気です。

検査数が増えれば、感染者数は増加する

――急増の理由について、どのようなことが考えられますか。

山本: 出会い方や性行動の変化が挙げられると考えています。米スタンフォード大学の研究者らがまとめたデータによると、アメリカの成人を対象とした2017年の調査では、カップルが出会う方法として「オンラインでの出会い」が1位に。研究チームは、13年頃にはすでに「オンラインでの出会い」が、それまで1位だった「友人の紹介」を上回っていたのではないかとみています。周りを見ていても、マッチングアプリを通じて相手を探したり、結婚したりするケースはもう珍しくないですよね。

マッチングアプリやSNSでの出会いが普及したことで、友人の延長線上では繋がれなかったコミュニティに属する人とも、気軽に交われるようになりました。不特定多数の人との性交渉が行いやすくなった、また性的ネットワークが広がった可能性も考えられます。性風俗店の場合は定期的な検査を実施している店もあるようですが、マッチングアプリやSNS上で出会った個人間ではそうした対策もできていないと考えられます。感染したと気づいても、過去に性交渉した相手になかなか連絡しようとは思えない人も多いでしょう。気づかないうちに感染が拡大していく恐れがあります。

一方で、本当に急拡大しているかについては疑問もあります。新型コロナウイルスでも明らかになったのは、検査数が増えれば、感染者数が増加するということ。コロナでPCR検査や抗原検査などが行われるようになったことで検査を受けることへの抵抗感が減ったり、性感染症についての認知度が高まったり、検査キットが普及したりなどで、検査数自体が増えたことで梅毒の報告数も増えている可能性もあります。感染がどの程度広まっているかを正確に把握するためには検査の総数に対する陽性者数の割合=陽性率が必要だと考えますが、東京都のサイトでも陽性率は一覧にはありません。

妊娠中に梅毒に感染すると…

――梅毒に感染した場合、妊娠や出産にも影響はあるのでしょうか。

山本: 妊娠中に梅毒に感染すると、流産や死産のリスクが高まります。また母子感染が起こり、赤ちゃんが梅毒に感染した状態で生まれると、さまざまな先天異常が出ることがあります。

ただし、梅毒だけが問題ではありません。日本で感染者数が多い性感染症である、クラミジア感染症や淋菌感染症に感染し、感染したことに気づかず放置されてしまうと、男女ともに不妊の原因になることが知られています。

以前、産婦人科を研修していたころ、長く不妊に悩んでいた重い子宮筋腫のある患者さんの子宮を摘出する手術に立ち会いました。開腹してみたところクラミジアの感染があったことがわかりました。不妊にはクラミジアの影響があったのではと疑われましたが、詳細は不明です。もし早いうちに検査をして治療をしていれば、不妊で悩まなかったかもしれません。

クラミジアも、淋菌も、女性が感染した場合無症状であることが多い。また一度は疑って受診して感染が判明しても、症状がおさまると、完治していないのに病院に行かなくなる人もいます。気づかないうちに性感染症が不妊の原因になっているケースは、かなり多いかもしれません。

「性感染症は基本的に自然に治ることはない」

――梅毒やその他の性感染症は、コンドームを使用することで予防できるのでしょうか。

山本: コンドームをつけることは、梅毒をはじめ多くの性感染症に対して予防効果があります。女性が低用量ピルを使用している場合、「避妊できているから大丈夫」とコンドームをつけないことにつながりがちですが、ピルでは性感染症の予防はできません。まずはコンドームを正しく使用すること。コンドームの使用は、感染の可能性を低くするためにとても重要だと思います。

ただ、どちらも100%とは言えません。口腔内に傷などがあれば、キスやオーラルセックスによる感染の可能性もあります。特定のパートナーとだけ性交渉をしているから大丈夫、と思っていても、相手がどういう行動をしているかは残念ながらわからないので、リスクをゼロにすることはできないですよね。自分で自分の体を守るには、定期的に性感染症の検査をするのが一番。不特定多数の人との性交渉をもつ場合は、定期的な検査が特に重要になると思います。早期発見、早期治療をすることがとても大切です。

コロナ禍では感染症のニュースが多数報道されましたが、コロナはウイルス感染症なので多くの人は自然に治癒します。こうした報道に接して「感染症とは、症状が酷くなければ自然治癒するものだ」と考えた人もいるかもしれません。

しかし、性感染症の多くはウイルス感染症ではなく、病原となる細菌などが原因で起きるものです。たとえ目に見える症状がおさまったとしても、細菌を死滅させる治療をしなければ、病原体は体の中に残ったまま。性感染症は基本的に自然に治ることはないと知っておいてほしいです。

必要なのは定期的な検査

――性感染症を疑っても、恥ずかしくてなかなか検査に行けないという女性の声もあります。

山本: 性感染症の検査は、病院に行かなくても自宅で検査をすることができます。ネットを通じて検査キットを購入し、自分で検査をすれば、最短で1~4日程度で検査結果をスマホやパソコン等から確認できるといった仕組み。精度も高くなっているようです。基本的に説明書通りに行えば、容易に検査を実施することが可能です。どの項目を選んでいいか分からない、検査をしたことがないという方は、1度の検査で梅毒やクラミジア、淋菌をはじめ複数の性感染症の検査ができる検査キットを選ぶといいでしょう。匿名で行える検査もあるので、病院に行くのが恥ずかしい、忙しくてなかなか病院に行けない人にもおすすめです。

性感染症は、放置すると重大な疾患や不妊につながってしまうことがあります。早く発見し、パートナーと一緒に治療を開始するのがなにより大事。パートナーが変わったタイミングや、「もしかしたら」と思ったタイミングでの検査はもちろん、定期的な検査の必要性を私は強調したいです。

●山本佳奈(やまもと・かな)さんのプロフィール

1989年生まれ、滋賀県出身。医師。医学博士。2015年、滋賀医科大学医学部医学科卒業。2022年東京大学大学院医学系研究科修了。福島県立医科大学博士研究員、医療ガバナンス研究所研究員、よしのぶクリニック医療コンサルタント、AERA dot.コラムニストを務める。女性の健康問題に関わりたいと考え、現在は内科、女性内科を担当。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。

ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。