高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#1】「出産か、仕事か。私はどちらを選ぶべき?」

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラムが始まります。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。

初回のテーマは「出産か仕事か──」。妊娠には生物学的に「適齢期」があり、妊娠可能な時期にはタイムリミットもあります。一方で現代では、ちょうどその時期は就職から間もなかったり、仕事が上り調子だったりで、「今はキャリアを築きたい」という女性も多くいます。簡単には天秤にかけられないからこその悩みを、どのように捉えて人生設計をすればいいのでしょうか? 

かねてこうした女性たちの声を発信してきたtelling,の柏木友紀編集長が聞きました。

「今でなければダメなこと」を見極める

柏木編集長(以下、柏木): 若い女性たちから、いずれ子どもを持ちたいという気持ちはあるけれど、いまは仕事も大切な時期で……という声をよく聞きます。高尾先生、コラム初回の本日は、多くの女性が向き合うこの難問について、ご相談させていただきます。

高尾美穂医師(以下、高尾):  この問題を考えるうえで、まず一番大切なことはタイミングだと、私は思っています。あとでもいいことと、今でなければダメなことが世の中にはありますよね。人によって幅はありますが、女性にとっての妊娠・出産は、ときに「今でなければダメなこと」に当てはまる、というのが現実です。

柏木: 「今でなければダメなこと」として、先生ご自身は以前、当編集部のインタビュー「出産か仕事か? 産婦人科医・高尾美穂さんが説く 30代女性の心と体に本当に必要なこと」で妊娠・出産ではなく、仕事を優先されたとおっしゃっていました。

高尾: 東京五輪が開催されるまでの6年間、私はスポーツドクターとして大変忙しい時期になりました。その期間は私が40代前半にかかるときでした。同じ頃、脳外科医である夫はアメリカに留学が決まりました。私は一緒に行かず、日本で婦人科のスポーツドクターとしてアスリートを支援することを選びました。

高尾美穂医師 (撮影:岡田晃奈)

柏木: そのお話は、大変心に残っています。そのとき、先生は子どもを持つことについて、どのように考えていましたか。

高尾: 夫とともにアメリカに行けばスポーツドクターの仕事はできないし、結果的に延期されたとはいえ、東京五輪の開催時期は2020年と決まっていました。そのタイミングを逃したら、できなかった仕事でした。

仕事を優先させた時点で、自分は子どもを持つことはないとはっきり認識しました。そのことに関しては、今でも後悔はしていません。こんなふうに、人それぞれの価値観によって優先順位は当然違うわけです。そして、何を優先させたいかは、結局のところ自分にしかわかりませんし、他人や世間に分かってもらおうと思わなくていいんですよ。

自分で選んだことには責任を持つこと。こう言うと自己責任論じゃん、とか、冷たいねという見方もあります。が、自分の人生を他人はどうにかしてくれないわけです。その人が「いつ、何を、選んだか」という積み重ねが人生になっていくわけですから。

人生に「納得」が出来るまで

柏木: 優先させるべきは何か。頭では分かっていても、やっぱり悩んでしまうという女性は、30代半ばが多いようです……。

高尾: その年代が一番、いろいろな状態の人がいますからね。仕事をバリバリして、パートナーはいないけれど生活が充実している人もいれば、子どもが3人いて、日々幸せを感じつつ子育てに邁進しているという人もいる。お互い、自分が持っていないものに目が向きやすいから、それぞれ「家庭があっていいな」「自由があってうらやましい」と思ってしまうんですよね。

選択肢も可能性も広がっている世代ですよね。でもね、迷うことは「迷える」ということでもあるんです。たくさん迷ったらいいと思いますよ。もっと年齢を重ねると、迷いがなくなったりすることだってあります。逆に、自然と断ち切れたことで、新しい挑戦ができたり……。私ね、今年の手帳に「納得」という言葉を書いているんですよ。

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柏木: 納得、自分の人生に納得という意味でしょうか。

高尾: ええ。自分が納得できるなら、たとえうまくいかなくてもいいじゃないかと。努力しないで失敗したら準備が足りなかったんだと後悔することになるけど、自分なりに努力をして失敗したのなら、納得して次に進めると思うんです。これは、産婦人科の治療でも同じだと思っています。

例えば不妊治療でも、その治療法が自分の中で腑に落ちているかどうか。納得して選んだり、選ばなかったりすることが大事ですよね。そうでないと治療は続けられないですから。あとは、本当に心から子どもが欲しいのかどうかは、一度考えてみてもいいかもしれない。

私の患者さんで、すごく子どもが欲しいと言っていた40代の独身女性がいたんです。その後、その方は迷いながらも、昔から自分のことを好きでいてくれた人と結婚。そうしたら、子どもを持つことだけにフォーカスしていた気持ちがスーッと消えたと話すようになりました。子どもを持てたらよりうれしいけれど、できなくてもいいやと思えたと。この方は、心のどこかに欠けているように感じる場所があったのかもしれない。欠けた部分を埋めるのは子どもの存在だと思っていたけれど、実はそうじゃなくて、心温まる関係性の人だっだということに気付いた。

子どもが欲しくて焦る気持ちもわかるし、世間も煽ってくることがあるけれど、一度冷静に自分はどうして子どもが欲しいのか、心に穴が空いてしまっているなら何が原因で空いているのか、じっくり向き合ってみるのもいいと思いますよ。

「いつか」欲しいのか、「今すぐにでも」か

柏木: 子どもが欲しいと思っていたはずの気持ちが、違う形で満たされることもあるのですね。自分の中でどこか足りないと思っていた部分を、子どもを持つことによって埋められると、無意識に考えているケースは少なくなさそうです。

高尾: 本当に子どもが欲しいのか、なぜ欲しいのかと自分にじっくりと向き合った結果、それでも子どもが欲しい!と思う気持ちがあるなら、それは「とても」子どもが欲しいんですよ。なぜなら、考え抜いた末に出てきた気持ちですから。

本人は自覚していないかもしれませんが、「いつか」子どもを持ちたいのではなくて、すぐに授かってもいいと思うくらいの強い気持ちが心の奥にはあるのではないかと思います。だとしたら、その気持ちに正直になって、今すぐ動いてもらいたいというのが産婦人科医としての願いです。私はそういう方には、すぐにでもパートナーを探し始めることをおすすめします。

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柏木: 子どもが欲しいなら、妊娠・出産を後回しにしないということなのでしょうか。

高尾: 仕事をバリバリしながら、パートナーが現れて、いずれ結婚をして、妊娠をして……と条件が揃うのをただ待っていたら、それはいつになるんだろうと。脅すわけではありませんが、現代を忙しく過ごす男女が自然妊娠を成立させるのは、みなさんが想像しているよりはるかに難しいことなんですよ。

人によっては、妊娠に向けて仕事をセーブしたり、生活をシフトしたりしないといけないかもしれない。しかも、それはどちらか一方ではダメで、二人で協力しないといけませんから。女性も男性も、仕事に追われてギリギリの日々を送っていながら、「はい、すぐ妊娠」とはなかなかいかない。ストレスはホルモンにも影響します。妊娠し子どもが生まれるまでには本当に長い道のりがあり、いろいろなことがうまくかみ合った結果の奇跡とも言えるわけです。

柏木: 一方で、時代とともに医療技術が進歩し、卵子凍結や不妊治療といった妊娠を手助けする治療法も出てきました。最近、働く女性の間で、卵子凍結をすることで将来に備えたり、出産の時期をコントロールできるのではと思ったりする考え方も話題になっています。

次回は、こうした卵子凍結について、先生にお伺いしたいと思います。
本日はありがとうございました。

高尾: ありがとうございました。

医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として教育や文化、メディア、ファッションなどを幅広く取材/執筆。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。