私の妊娠可能期間はどれぐらい?卵子数を早めにチェックするメリットは
自然な妊娠、それは奇跡的なこと
――自分のからだが妊娠できる状態かどうか、若い時から意識して考えている人はそれほど多くはありません。
丸田英医師: そもそも妊娠をするためには、3要素が必要です。①健康な精子がいること②安定した排卵が起こっていること③精子と卵子が出会う卵管が機能していることです。これらのことがすべて揃ってはじめて精子と卵子が出会う、すなわち受精します。その約1週間後に受精卵が子宮に着床すると妊娠します。つまり、これらの過程のどの要素が欠けても妊娠はできません。妊娠するということは、これらがすべて揃って初めて成立する、ある意味とても奇跡的なことなのです。
このうち女性の体に関するものは、②安定した排卵と③卵管の機能です。②では月経不順や生理があっても無排卵である場合が考えられ、また③では卵子と精子の出会う卵管が感染症や子宮内膜症などによる癒着から精子と卵子が出会えない状態になっている場合があります。そして、この2つのどちらかが原因で妊娠できない状態になっている人は、年齢に関係なくいらっしゃいます。もちろん中には20代の人もいます。
――先生は20代の早いうちから、自分の体の状態を調べることを推奨されています。
丸田: はい。そもそも太古の昔は人間は20年、30年しか生きない動物であり、生殖年齢は10代後半から20代前半でした。ところが、社会構造の変化により、進学、就職を経て20代後半から30代前半以降になってから妊娠を望む女性が多くなり、厚生労働省の統計によれば、初産の年齢は今では30歳前後になっています。
多くの場合、20代後半、30代前半の女性は自分が妊娠できない、とは思っていません。ところがその後しばらくして自然妊娠ができず、検査をした結果、AMH値が極端に低いということが分かり、その場で泣き崩れる方もいます。AMH値が低くとも普通に生理は起こっていますので、検査しなければ気が付くことはできないのです。
20代であっても妊娠できるかどうかは調べてみないと分かりません。まずは「妊娠は簡単なことではないし、奇跡的に条件がそろって初めて可能になる」ということを知り、その上でやはり「自分の体を知ること」の重要性に気が付いて欲しいです。
がん検診は知っていても、AMH検査は知らない人が多い。不妊治療を続けるうちに、このことをもっと多くの方々に知ってもらわないといけないと思うようになりました。AMH値は血液検査で簡単に調べることができ、当院では当日に結果が出ます。ぜひ気付いた時に受けてみていただきたいです。
AMH値で「妊娠可能期間」を知る
――AMH検査とは、どのようなものなのでしょうか。
丸田: AMHとは発育過程の卵胞で分泌されるホルモンのことで、この値を知ることで、卵巣にある卵子の前段階の卵胞の数、つまり卵子の数をおおよそ知ることができます。卵胞の数が多いと血液中のAMH値も大きくなり、卵巣予備機能(卵巣の中に、その後発育して卵子となることのできる卵胞がどの程度残っているか)を予測できるのです。
生まれた時からその人にとって卵子の数は決まっています。平均して毎日約30個の卵子が消えており、その消失スピードは個人差が大きく、AMHを知ることで自分の妊娠可能期間を把握することができます。というのも、妊娠に必要なのはそもそも卵子の数と質なのですが、AMH値、つまり「あといくつ卵子が残されているのか」という残存卵子数を知れば不妊治療のリミットがわかるからです。
AMHの平均値は、年齢が若いと高く、高齢になると低い傾向にありますが、個人によってばらつきがあります。例えば、100人に1人は30代前半で閉経します。また、当クリニックでは不妊治療の際は必ずAMH値は測定しますが、20代の前半でもゼロに近い値の方もまれにいらっしゃいます。
ただ、AMH値は高ければいいというものでもなく、高過ぎる場合は排卵していないケースもあり得ます。年齢の平均値のAMH値があることが望ましい。そして、AMHが低くても「卵子の質」が高ければ妊娠は可能です。この卵子の質については年齢と共に老化しますので、年齢と反比例して質は落ちていくと考えて頂いて構いません。
例えば50代では、AMH値が高くとも妊娠する可能性は限りなくゼロに近いです。一方、20代ではAMH値がゼロに近くとも妊娠する可能性は大いにある。つまり、何らかの原因で妊娠できないと気が付いて30代後半で不妊治療を始めるより、20代で自分の体の状態を知り、妊娠しにくい要因があった場合には早めに対策を取れば、妊娠する可能性を高めることができる。妊娠をするには、この「早めの対策」がとても大切なことだと感じています。
――「極端に少ない」と分かった場合に何をすればよいのでしょうか。
丸田: その人が既にパートナーがいてすぐに妊娠を望んでいるのか、それともまだパートナーがいないという段階なのか、など置かれている状況によっても異なります。
既にパートナーがいて、すぐに妊娠を望むのであれば妊活を進めてもらうことになりますし、パートナーがいないということであれば、卵子を凍結して保存しておくということも一つの手段です。当クリニックで卵子凍結を考えている女性のうち、パートナーのいない女性は多いです。ただ、若い頃、卵子を取っておいたからといって不妊のリスクを完全に回避できるわけではありません。
凍結した卵子の質が良くなければ、妊娠できません。保険のつもりが保険にならなかった、というケースもありえます。逆に卵子の質が良ければ、閉経後でも妊娠します。赤ちゃんを産むという点において高齢出産だとリスクがありますが、妊娠という点だけにおいては、若い卵子を使えば理論上、母体が50歳でも60歳でも妊娠可能です。
不妊治療、年齢によって「当たり」確率は下がる
――妊娠を望む場合は、妊活を経て不妊治療を始めることになるわけですが、まだ20代でも治療を始めた方がよいのでしょうか。不妊治療は30代半ばからというイメージがあります。
丸田: 30代半ばと言えば、職場などでも中心的な存在になる年齢となり、不妊治療に時間を割きにくい状況の方が増えます。また、加齢により質も下がっています。
表現は適切ではないかもしれませんが、不妊治療はくじ引きのようなものです。20代は当たりくじを引きやすい。つまり、質の良い卵子が精子と出会う確率が高く、妊娠につながりやすいです。ところが、30代後半、40代になるとなかなか当たりは入っていません。
そして、くじを引くための行為が不妊治療です。例えば、40歳になった時には、100個のくじの中にある1個の当たりくじを引かなければなりません。不妊治療とは、その中からどう当たりくじを引くのかということです。
――不妊治療にはお金も掛かりますね。
丸田: 不妊治療には段階があります。まずは排卵日に合わせて性交渉を行うタイミング療法です。そして、次は採取した精液から精子を回収し、妊娠しやすい期間に子宮内に注入して妊娠を試みる人工授精です。この段階では1回につき数万円の範囲内で収まります。
ところが、人工授精では結果が出ず、精液から回収した精子を卵子の入っている培養液の中に加え受精するのを待つ体外受精や、細い針を使って精子を卵子の中に直接注入する顕微授精の方式を取ると、高額な費用が掛かります。どちらも、受精後の卵子を子宮の中へ戻す作業を伴いますが、自費だと1回につき50~70万円ぐらいかかります。人工授精から体外受精に移行するタイミングは学会では半年間と言われていますが、私のクリニックでは30代半ばを過ぎた方には、人工授精4回目ぐらいで体外受精への移行を勧めています。
不妊治療は若い世代で取り組むには資金面でのハードルはかなり高いと言えます。この4月から状況改善のために不妊治療への保険適用が始まり、上記の体外授精も対象となります。しかし適用除外の治療もまだまだあり、それでも厳しいのが現実です。
卵子凍結には保険適用はありませんし、AMH検査も保険が適用されるのは体外受精の患者さんに限られています。不妊治療を断念する理由の中で最も多いのが、資金が続かないというものです。そして金銭的にゆとりが出て来る30代後半では、もう卵子の質は低くなっている。難しい問題です。
――不妊治療の期間はどれぐらいなのでしょうか。
丸田: 私のクリニックでは1年以内が目安ですが、私自身は半年以内に妊娠することを目標としています。半年間で結果を出して卒業される方もいます。そうでない場合、1年を超えた時に「その先どうするか」を選択することになります。多くの人が治療を継続しますが、その層は30代後半から40代前半です。
不妊治療はとても苦しい。長くなるとお金も掛かります。不妊治療を続けるには、20代でも40代でも「妊娠できる」という希望が必要ですが、その希望だけを頼りに治療を続けるのは辛いです。
なので、まずはできれば早いうちから自然妊娠にトライして欲しいですね。それがうまく行かなかった場合の不妊治療は、比較的妊娠力も高い20代で治療を始めることができれば、短期間で結果が出ますし、費用も抑えられます。「20代で不妊治療なんて」と思っているのであれば、その意識を変えていただきたいです。年齢が高くなればなるほど高額な費用と長い期間を掛けなければ結果は出ないというのが現実です。
男性側に求められる意識改革
――AMH値が高かった場合には安心していいのでしょうか。
丸田: いいえ、安心はできません。先ほどお話ししたようにAMHが高くても「卵子の質」が低ければ妊娠が難しくなることに加え、不妊カップルにおいては、男性側の要因が50%を占めるからです。
男性と女性では妊娠に向けての意識のシビアさが違います。極論すると男性は自分のパートナーが永遠に妊娠できると思っています。40歳になっても妊娠するし、芸能人などの例を見れば、45歳でも妊娠している人がいる、と。ところが、その例はごくまれなケースで、その認識を持つことは間違いです。男性サイドの意識改革が必要です。
女性から初診の問い合わせがあった際には「パートナーの男性と一緒に来てほしい」といいます。そして、男性がどれだけ妊娠に関わる大事な要素を持っているかを説明します。不妊治療には男性の意識のレベルを女性と同じぐらいのレベルに持っていくことが不可欠です。
そして、不妊治療においては、男性の精液検査が優先順位1位です。先程述べたように、排卵、精子、卵管の3要素が必要だからです。検査で精子を出してもらって、何か妊娠しにくい要因が見つかれば、女性の方とも合わせて総合的に治療を始めます。
妊娠は、男女の共同作業であるべきなのに、実際の不妊治療の95%は女性に負担がかかっています。「注射する、卵を取る、エコーを取る」、すべて女性の側に負担がかかります。にもかかわらず、男性は精子を持ってくることしかできません。なので、精液検査にさえ応じない男性がいると、私から「女性がこんなにも苦労しているので、男性にも前向きに協力してほしい」とお願いするようにしています。
男性側に原因がある場合が半数なのに、男性サイドの意識が低いということが、不妊治療においてはとても問題だと感じています。
――男性側の不妊治療にはどのようなものがあるのでしょうか。
丸田: 精子に異常がある場合としては、精子の量が少ない、運動率が低く、精子が卵子まで到達できない状態にあることなどが考えられます。男性も年を取ると、精子の質は下がります。中には生まれながらにして妊娠しにくい精子を持っている人もいます。男性側が射精すれば妊娠できるというものではありません。
精子が卵子に到達しやすいように、薬を飲んで精子の運動率を高めたり、精液の中に精子がいない無精子症だったりした場合には、精巣内から直接精子を採取する顕微鏡下精巣内精子回収法「MD-TESE」があります。一回減ってしまった精子の数を劇的に回復することは難しいですし、運動量も劇的に上げることも厳しいです。なので、今の状態で妊娠できるかどうか、男性の側もまずそれを見極めることが大切です。
妊活・出産・子育てしやすい社会の実現へ向けて
――女性も、そしてパートナーの男性も意識改革が必要ということですね。
丸田: はい。そして子どもを産み育てやすいよう社会全体の意識が変わる必要があると感じています。例えば、帰宅時間にしても、今は子どものいる女性だけが早く帰っていますが、男性も一律に17時で帰れば家事をする時間が増えて女性の負担も減るでしょうし、妊娠のチャンスも増えるはずです。
日本はどんどん少子化になっています。政府も企業も妊活、出産、子育てすることに積極的でなければなりません。例えば、不妊治療に助成金を出す会社も登場していますが、その方が会社にとってもメリットがあるんです。せっかくキャリアを積んできた女性が、妊活、出産、子育てで辞めてしまうのはもったいない。
繰り返しになりますが、この4月から、不妊治療が保険適用の対象になりました。しかし、すべての治療が対象になるわけではありません。社会全体で女性を支える体制の構築について、もっと真剣に考えていくべきではないでしょうか。
●丸田英(まるた・えい)医師のプロフィール
久留米大学医学部卒業。名古屋大学医学部附属病院 産婦人科を経て、2012年3月より生殖医療専門。日本産科婦人科学会認定専門医。2020年3月、まるたARTクリニックを開業、PRP療法などを含む最新治療を実施。初診から治療終了まで同じ医師が担当、不妊治療と仕事の両立を考慮した治療スケジュールや、無料託児所など、不妊治療の環境向上にも積極的に取り組んでいる。
※丸田英医師のAMH検査に関する講演が、下記イベントのアーカイブからご覧いただけます。
「わたしたちのヘルシー こころとからだの話をはじめよう」
主催 ウィメンズ・ヘルス・アクション×CINRA
女性の心とからだのヘルスケアについて、婦人科医らが語ります。
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