妊娠に振り回されない女たち 卵子凍結で得た安心感
自身の妊孕性を知る
IT会社に勤務するKさん(26)は結婚し、夫と暮らしている。
以前、付き合っていた人と子供が欲しいかどうかの温度感が異なり、ケンカの争点になったことがあった。相手はかなり強く子供が欲しいと思っていて、結婚もそのための手段のように感じられた。一方でKさんは子供が欲しいかどうかわからなかった。そもそも「子供が絶対に作れる体であることが前提なの?」という疑問もわき、もやもやした。
今、人生を共にする夫とは、付き合い始めてすぐに、「まずは自分たちの体について知りたいね」ということで意見が一致した。「子供が欲しいかどうかの前に、子供ができる体の状態かどうかを考えたほうが無駄な議論が生まれないと、二人とも思ったんですよね」とKさんはいう。こうした子供を持つ・持たないに関する価値観が合ったことは、結婚の決め手にもなった。そして、お互いプレコンセプションケア(※注1)を実施するに至った。
Kさんは以前から産婦人科に通っており、ブライダルチェック(※注2)というものがあるということは知っていた。チェック項目には、AMH検査(卵巣内にどれぐらい卵子が残っているかを知る血液検査)があった。もともとKさんは血液を抜くなど痛みを伴う行為は苦手で、検査に1万円かかるということで一旦は躊躇した。
そのころ、Kさんは東京都主催の「TOKYOプレコンゼミ」にも参加した。このゼミでは、まずプレコンセプションケアとはどんなものかとの講義を受け、その後に実際にケア(AMH検査や医師によるカウンセリング)を受けるかどうかを決められる。しかも抽選でゼミに関わる全てが無料で受けられることになった。ここで、KさんはAMH検査を決意した。
「このゼミにはカップルで参加でき、一緒に学べたことがとてもよかった。講義で知識を得て、理解したうえで検査を受ける決断ができました」。医師によるカウンセリングも手厚く、「自分は本当に妊娠に関して困っている人を救いたいと思っているし、何でも相談してください」と言ってくれたのが印象的だったという。
夫は「子供を産む側でなく、ある意味Kさんに身体的リスクを負わせる立場となり、子供を推奨するのにはまだ躊躇もある」という。一方、Kさんは「子供を産む側として自分でリスクもマネージできそうな気がしてきた」と話す。専門家の話を聞いて、お互いに理解が深まり、前よりも子供を持つことにポジティブになったことは確実だという。
(※注1:プレコンセプションケアとは、女性やカップルに対して将来の妊娠のために健康管理情報やケアを提供する取り組み)
(※注2:ブライダルチェックとは、結婚を控えた女性が受ける婦人科系の検診を指す)
卵子凍結で得た安心感
広告会社に勤務するYさん(30)は看護学部の出身。女性の身体の仕組みや妊娠のこと、またそれにまつわる検査についても知る機会が多く、30代後半には妊娠しづらくなることや、妊娠には何らかの対策をとらなければいけないという思いは強い方だったと思う。もともと子供は絶対に欲しいと思っており、積極的に妊娠にまつわる情報は調べていた。
2019年、26歳のときにはAMH検査を受けた。結果は良好で妊娠可能であることがわかったため、以降特にケアをすることはなかった。昨年、会社の先輩から卵子凍結をしたという話を聞いた。当時Yさんはパートナーがおらず、すぐには妊活を始めるタイミングではなかったが、子供が絶対に欲しいという思いは強く、Yさんも卵子凍結をしようと決意した。
「自分はこれからもできれば自然に妊娠したいと思っており、卵子凍結の卵子を使うのはあくまでも“プランB”と考えています。このもう1つプランがあるんだという安心感が、今後の妊活時に心理的負担を減らしてくれるのではと思っています」
「私は看護学部のバックグラウンドがあったから、早めにプレコンセプションケアに動けたけれど……」とYさんは言う。友人で半年ほど前にAMH検査や精液検査を受けた夫婦がいる。その結果、女性側は排卵の機能が弱く、男性側は精子の動きが悪いことが分かった。すぐに治療を開始し、無事3か月後には妊娠することができたという。「検査をしたおかげで無駄に悩んだり、時間を使ったりしないで済んだから本当に良かった」と、その友人からは聞かされた。改めて妊娠に対するリテラシーが大切なのだと思う。
Yさんは、一般の人ももっと情報が手に入ったらいいのにと思う。「知識を持ってなかったが故に、あ、気づいたら何もせず年齢が過ぎていた、ということもあるのかなと思うと怖くなります。まだ学校の保健の授業などでは、妊娠しやすい時期、そうでなくなる時期などまでの詳しい学習は進んでないと思いますが、もっとそういう情報を若い世代に伝えてくれたらいいのに」
看護学部時代の友人でも、プレコンセプションケアに関心のない人は少なくない。妊活を始めてから、なかなか妊娠できず、原因を探るためにAMH検査を受けるという話も聞く。
「パートナーがいようがいまいが、子供を持ちたいと思うかどうかに関わらず、まずは自分の体のことは早めに知っておいたほうがいいと思います」
検査結果が相性の判断軸にも
メーカー勤務のIさん(39)。10年前に結婚し、今は7歳と5歳の息子がいる。
現在のパートナーにプロポーズされたとき、すぐにyesとは言えなかった。まだ付き合って数か月だったので、このまま結婚して後悔しないか不安だった。そこで、本当に結婚してもいいかを考える1つの策として、まず自分が子供を産める体かどうかをチェックしてみようと思った。「このまま結婚して、自分が産めない体だと相手が知ってがっかりされたら、それも後悔につながるかもしれないと思ったので」
ただしIさんは、検査を受けることはパートナーには事前に言わなかった。「先に言ってしまうと、結果も分からないうちに、とりあえず『自分は気にしないよ』とか言われてしまいそうで嫌だったんですよ」。ブライダルチェックを受け、その中でAMH検査も選択した。
Iさんはこのあと、“プレマリタルカウンセリング”にパートナーと共に参加した。このカウンセリングではまず、性格診断を受ける。そして興味があるジャンルをカップルそれぞれに選んでもらう方式で、いつ頃子供が欲しいか、仕事にはどれくらい力を入れるか、家事にはどのくらい力を入れるか、など様々な項目があった。Iさんは子供を持つことや育児の仕方、またこれから先ずっと仕事を続けるか続けないか等の点を重視した。
「このカウンセリングで子供の話や家事分担、お金の話など、普段の会話ではなかなかできなかったことを、腹を割って話せたのがよかった」とIさんはいう。交際期間が短かったため、相手は好きだがいま一つ性格を知り尽くせておらず、生涯一緒に過ごせるのかどうか確信が持てないというのが最も悩んだ点だった。このカウンセリングによって、ある程度相手の考えを知ることができ、「大きな方向性としてはそんなに価値観にズレはなさそう」「何か壁に当たっても相談できそう」という感覚を持てたことで、結婚に踏み出そうと思えた。
妊娠前ケア「知ってる」4分の1
博報堂キャリジョ研プラスは2024年4月、20-49才の女性150人を対象に「妊娠に関わる身体管理についての調査」を行った。グラフ1の母集団は調査対象者全員150人。グラフ2は、グラフ1で「実施したことがある」「知っている」と答えた人の合計38人を母集団とする。
グラフ1から、プレコンセプションケアについて知らない人が約75%とまだ多いが、約25%はケアについては知っている・実施していることが分かる。また、グラフ2では、パートナーと話し合うかどうか考えていない人が最も多く約34%にのぼった。
表1は、グラフ1で「実施したことがある」と答えた14人を母集団とする。「ネットでの情報収集」「基礎体温表をつける」「食事の管理」「知人に相談する」など、手軽に始められる生活の工夫をする人が多い。一方で、「卵子凍結」や「AMH検査」を実施した人も複数人いた。
インタビューを通じ、子供を持つかどうかの前にまずは自分の体の状態を知ることが大事だということが分かった。また、パートナーがいるのであれば、共に子供を産み育てる親として、事前にしっかり意見をすり合わせ、協力していくことも大切だ。こうした半歩先を考えた行動が、その後の時間的ロスや心理的負担を減らし、人生を少しでも自分の考えでコントロールできるようにすることにつながるのだろう。