「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート

日本で「第3次韓ドラブーム」が巻き起こした、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」を全話レビュー。軍事境界線を守る朝鮮人民軍のエリート大尉と韓国の財閥令嬢の極秘の恋を軸に物語が進みます。まだ観ていない人も、もうすでに何回も観た人も、1話から見どころをチェック!
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2週間で10周近くリピートの猛者も

コロナ禍の日本で社会現象を巻き起こした韓国ドラマ『愛の不時着』。

今年のポジティブな話題って、もう「愛の不時着」しかないんじゃないかと思うほどの爆発的ブームだ。今年2月に配信がスタートして以来、いまだにNetflixの総合1位を独占し続けている。流行語大賞も「愛の不時着」か「新型コロナ」のどっちかで決まりだろう。

韓国の財閥令嬢と北朝鮮のエリート軍人。出会ってはいけない2人が出会い、結ばれてはいけない2人が恋に落ちる。いかにも古典的な悲恋物語なのだが、現代的にアップデートされている上、全編に巧みなユーモアがまぶされていて、ニヤニヤしたり、ドキドキしたり、グッと来たりしているうちにデデン!と「N」マークが出てすかさず「次のエピソード」に進んでしまう。

1話平均約80分×全16話というなかなかのボリュームだが、観ているうちに「終わってほしくない」「ずっとこの世界に浸っていたい」と思うようになり、1周、2周は当たり前。何気ないシーンにも意味があったりするので、リピートするたびに新たな発見がある。筆者の知人には、ハマって2週間で10周近くリピートし、家庭が崩壊しかかったという猛者(30代女性・既婚)もいる。

一度ハマったら抜け出せない。それが底なしの「愛の不時着」沼。

ユン・セリを演じたソン・イェジンの『私の頭の中の消しゴム』は日本でも大ヒットした/Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

自分で決める女、ユン・セリ

「愛の不時着」の大きな魅力は、なんといっても登場人物たちの造形だ。凛々しく、強く、愛らしく、人間臭い。それが端的に表されていたのが、大切なツカミの第1話である。

韓国の財閥令嬢で実業家でもあるユン・セリ(ソン・イェジン)がパラグライダーで飛行中、竜巻に巻き込まれて北朝鮮の非武装地帯へ墜落する。そこで出会ったのが、北朝鮮のエリート軍人、リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)。

ユン・セリは自分のスキャンダルもビジネスに結びつけてケロッとしているしたたかな女性。32歳の若さで会社「セリズ・チョイス」を率い、父からはダメな兄2人を差し置いて財閥の後継者に指名されるほど。美貌も実力も兼ね備えた自立した女性。悲恋や過酷な運命にメソメソするような人物とは真逆のキャラクターだ。

だからといってツンケンしているわけではない。藤色のウェアのようにチャーミングさも兼ね備えている。パラグライダーごと引っかかっていた高い木から落っこちて、リ・ジョンヒョクに抱っこされたときの表情たるや! このとき、壮大なロマンティック・ラブコメディーの号砲が鳴らされたと言っていい。

そしてユン・セリの魅力はここからだ。れっきとした北朝鮮の領土である非武装地帯で、銃を持っている百戦錬磨の軍人、リ・ジョンヒョクと対等に渡り合っていく。早口でまくしたてて一歩も引かないのだが、コロコロと表情を変わるので嫌味な感じがしない。わかりにくい表現で恐縮だが、漫画家・小林まことが描くヒロインを連想した(木箱地雷があると言われて振り向いたときの表情とか)。

「地雷の専門家」と言っていたのに地雷を踏んでしまったリ・ジョンヒョクを見るや、優位に立って話を進めるユン・セリは「南への道はどっち?」と尋ねる。実直なリ・ジョンヒョクは「右に行け」と言うのだが――。

ここが運命の分かれ道。右へ行くべきか、左へ行くべきか。迷うユン・セリの背中には「セリズ・チョイス」のロゴがある。ユン・セリは自分の行く道は自分で決める女だ。

彼女が選んだ道は――間違っていた。いや、本当に間違っていたのか? それは全16話を観た視聴者が決めること。ユン・セリはたくましく、どこまでも走る。北朝鮮へ向かって。

みんな大好きリ・ジョンヒョク大尉(ヒョンビン)/Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

完璧な男、リ・ジョンヒョク

第1話には主要人物がたくさん登場する。

たとえば、リ・ジョンヒョクの部下である第5中隊の面々。北朝鮮の軍人といえば、非人間的な機械のようなイメージがあったかもしれないが、ここでの彼らは勤務中に酒を飲んで酔い潰れたり、警備をサボって韓流ドラマ(チェ・ジウ主演の大ヒット作「天国の階段」)を観て涙を流していたりする。イメージとのギャップがすごい。ユン・セリを追って銃口まで向けるのだが、なんだか憎めない。とっても人間臭いのだ。

その一方で、リ・ジョンヒョクの上司にあたるチョ・チョルガン(オ・マンソク)は人殺しもまったく厭わない冷酷非情な人物で、詐欺師のク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)はとびきり謎めいている。ユン・セリの家族たちも一癖二癖ある感じ。

そして忘れちゃいけない、もう一人の主人公、リ・ジョンヒョクその人。

容姿端麗、冷静沈着、謹厳実直。つまり、完璧な男ということ。ユン・セリと遭遇しても忠実に職務を遂行しようとする(そして地雷を踏んで逃げられた)。完璧な男だからこそ、地雷を踏んだのに部下に冷静に取り繕おうとする彼の姿がほのかな笑いを誘う。彼の正体は追い追い明かされていく。

さて、逃げ出したユン・セリはというと、ボロボロになって集落にたどり着いたはいいが、そこは明らかに北朝鮮。「律動体操」を踊る人々を見て呆然とする彼女に、蛇の目をしたチョ・チョルガンのジープが近づく。そこで彼女を救ったのは……リ・ジョンヒョク! 陳腐な「壁ドン」も、まっすぐな目をしたヒョンビンにならされてもいい、という女性の方は多いはず。

二度目のファーストコンタクト

そしてここからが憎いところなのだが、エンドクレジットの後、ユン・セリとリ・ジョンヒョクのファーストコンタクトが再び描かれる。今度はリ・ジョンヒョクの視点だ。パラグライダーごと木からぶら下がり、つながらない無線に向かって懸命に話しかけるユン・セリに油断なく銃を向けるリ・ジョンヒョク。

しかし、無線相手にコロコロと表情を変える彼女を見つめるうちにゆっくり銃口を下ろし、ふっと口元を緩める。彼女のことを悪く思っていないことがここでわかる。そして、あらためて彼女と接するため、表情を険しくして、銃口も戻して歩み寄る。

彼の姿にかぶさる「やった!」というユン・セリの歓声が一度目は助けを求める声だったのに、二度目は運命の人と出会った喜びの声に聞こえるのが「愛の不時着」マジック。第2話へと続くのである。

■「愛の不時着」全話レビュー
1:「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート
2:「愛の不時着」2話。ユン・セリの胆力「あんたなんか怖くないわ。掘った穴に自分で入れば?」
3:「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う
4:「愛の不時着」4話。セリのために掲げたアロマキャンドル、ジョンヒョクは2020年型の王子様
5:「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」
6:「愛の不時着」6話。セリ「私を運命の人だと思いたいの?」ジョンヒョク「僕の見える所にいてくれ」
7:「愛の不時着」7話。ジョンヒョクとセリ“守る者”と“守られる者”が鮮やかに反転
8:「愛の不時着」8話。ジョンヒョク「ケガはない?」自分がケガしてるのに!いつも愛する人ファースト
9:「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然
10:「愛の不時着」10話「あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」
11:「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」にひたるためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」
12:「愛の不時着」12話。ジョンヒョク「生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい」
13:「愛の不時着」13話。セリ「自分は自分で守る。私を信じて」いよいよラストスパート
14:「愛の不時着」14話「不時着」ってそういう意味だったの!?「北朝鮮への不時着」だけではなかった
15:「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回
16:最終話「愛の不時着」ジョンヒョク「会いたいと心から願えば、会いたい人に会えるかと聞いたろ? きっと会える」

『愛の不時着』
出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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