本という贅沢40『82年生まれ、キム・ジヨン』

韓国女性は怒り日本女性は泣く。読むだけでバッシングされる本って?

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。2月のテーマは「女であるということ」。書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢40『82年生まれ、キム・ジヨン』((チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳/筑摩書房

韓国の女性アイドルが『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだと発言しただけで、男性ファンに写真を切り裂かれたり燃やされたりしたという報道を目にした。

読むだけでそこまでバッシングされる本って、いったい何?
日本の半分の人口の韓国で、100万部を突破した本らしい。
しかもテーマは「フェミニズム」だって!!

出版関係者の間では、発売前から話題になっていたこの本、昨年末に日本語訳が出たと聞いた。
早速手に入れようと思ったら、Amazonは2週間待ち、近所の書店は4軒まわって全部売り切れ。手に入ったのは年明けだった。日本でもすでに6万部を突破しているという。

「あの本読みましたか?」と興奮気味に尋ねてくる友人知人仕事相手の全員に「ネタバレ厳禁」と睨みをきかせ、「やっと会えたね」的な気分でページをめくる。

そして「うっ!」ってなった。
そうか、おぬし、こういうやつだったか……。

出版記念のトークイベントで翻訳者さんが語ったところによると、「この本を読んだ韓国の女性は『腹が立った』というのに対して、日本の女性は『泣いた』というものが多かった」という。

なぜ私たちは泣いてしまうのか。

それは多分、ここに書かれているジヨンの体験が、私たち誰しもに心当たりがあることに加え、

ジヨンだけではなく、自分にもおこった過去は、あれもこれも、それも……
本当は全部、「変だ」と主張していいことだったし、「嫌だ」と叫んでいいことだった、病んでもおかしくないくらいのことだった、と「気づく」からだ。

私も、過去のいろんな時点で、小さく心に引っかかっていたことを、ドミノ倒しのように思い出した。

高校時代、夫婦別姓のニュースを見ながら、「お嫁さんが『夫婦別姓がいい』って言う人だったら、ちょっと考えちゃうかも」と母が言った時のこと。

新卒で入社した会社。ある日大遅刻したら、「男だったら坊主にするところだけど、お前は女だから、1カ月間毎日スカート履いてきたら許してやる」と言われたこと。

子どもを産んですぐ復帰した時。泊りがけの出張にいくたび、「理解のあるご主人でいいですねー」と言われたこと。

キム・ジヨンの身に起こったことを、ひとつずつ追体験するうちに、気づくのだ。
「あの時、私は、ほんとうは、嫌だった、のだ」
「あの時、私は、ほんとうは、傷ついて、いた、のだ」
ということに。

小さい頃から「女子であることで受けるエトセトラ」に慣れきった自分には、その嫌悪感を感じるセンサー自体、なかった。

私たちがこの本を読んで泣いてしまうのは、そのせいじゃないかと思う。

慣れないスカートを履き、ディレクターの肩もみをしていた当時の私に会いに行きたい。そして「そんなこと、しなくていいんだよ」と言ってあげたい。
新幹線の中で搾乳し、夫から送られてくる息子の写真を見ながら泣いた自分に会いに行きたい。そして「罪悪感なんて持たなくていいんだよ」と、言ってあげたい。

・・・・

日本で最もうつ病が急増したタイミングは、第二次世界大戦中でもなく、震災直後でもなく、「うつ病という病気があること」が広く知らしめられた時だと言われている。

今、「SPA!」の「やれる女子大生」が社会的問題になるのも、「ちょうどいいブス」が炎上するのも、これと同じ構造だと思う。

この数年、私たちは、急激な勢いで、これらが「女性蔑視である」ことを学んでいった。だから、5年前ならおそらくスルーされたことに気づけるようになったし、社会問題にできるようになった。

そして、この『82年生まれ、キム・ジヨン』を読めばさらに、この先感じるささいな違和感も、決して気のせいではなく、正していくべき違和感であるとわかるようになるだろう。

知っていることで気づける自分の気持ちがある。
知っていることで言える「NO」もある。

この本は、それを教えてくれる。

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ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。