「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然

日本で「第4次韓ドラブーム」が巻き起こした、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」を全話レビュー。軍事境界線を守る朝鮮人民軍のエリート大尉と韓国の財閥令嬢の極秘の恋を軸に物語が進みます。ステイホームが呼びかけられている年末年始、愛の不時着沼にハマる人がますます増えそう。ロマンティックな伏線が回収される9話のレビューをお届けします。

ジョンヒョクのちょっといいとこ見てみたい

間違いなく2020年を代表するエンタメ作品の一つに数えられるNetflixオリジナルドラマ「愛の不時着」。年末年始の帰省も旅行もキャンセルした人の中には、これを機に「愛の不時着」を見始めようと考えている人も多いと思う。言っておきますが、そこは沼ですよ。

あらためて1話ずつ味わい尽くす本連載も第9回。今回もスリリングで、エモーショナルで、どうにもこうにもときめいてしまう展開が次々と現れる傑作エピソードだった。

第9話はピンチから始まる。謎の男たちに拳銃をつきつけられて拉致されるユン・セリ(ソン・イェジン)。リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)はセリを探そうとするが、連絡は途絶えてしまう。彼の頬を一筋の涙が伝う。

同じくセリを探す保衛部のチョ・チョルガン(オ・マンソク)の「半殺し」発言に激昂したジョンヒョクは有無を言わさずぶん殴るが、あえなく逮捕。舎宅村の人たちのコメディリリーフぶりも届かない。セリとジョンヒョクはそれぞれ別の場所で囚われてしまった。

身の保証が一切ない異国の地で、拳銃をつきつけて囚われたセリの心細さは想像を絶する。しかし、自分の心を奮い立たせようとするセリは「気分がよくなること」を思い出そうとする。これが素晴らしい。

「麺をゆでるリ・ジョンヒョク、
 アロマキャンドルとろうそくを区別できないリ・ジョンヒョク、
 区別できるようになったリ・ジョンヒョク、
 水を飲みに行く途中布団をかけてくれたリ・ジョンヒョク、
 いつも大変なのに“大丈夫だ”と強がるリ・ジョンヒョク、
 ヒーローでもないのに何でもできるし、
 どこでも捜せると大口をたたくリ・ジョンヒョク。
 会いたい」

ジョンヒョクのいいところが名場面とともにギュッと凝縮された数分間だった。だけど、これだけではピンチを脱することはできない。セリもジョンヒョクも行動を始める。

ジョンヒョクは第5中隊に頼んで、自分が総政治局長の息子だという噂を営倉の兵士たちに流させた。噂は爆発的に広まり、チョ・チョルガンの上司にあたる陸軍大佐のキム・ヨンヘ(キム・ヨンピル)がジョンヒョクを釈放する。ところで、ピョ・チス(ヤン・ギョンオン)は自分の上司の言うことをまるで信じていなかった。ああ、彼らはジョンヒョクの本当の身分を知らないのかと思うのとともに、彼らがジョンヒョクに忠誠を誓っているのは、身分のためではなく、すべて誠実な人柄のおかげだったということがあらためてわかる。

一方、セリをさらったのは、ジョンヒョクの父親(チョン・グックァン)だった。セリは勘違いしつつも、彼が権力者であることをしっかり見抜き、誠実な言葉で助けを求める。どんなピンチでも捨て鉢にならず、行動し続けてきたから、彼女は今の地位を築けてきたのだろう。結局、ジョンヒョクの母親(チョン・エリ)を味方につけたセリは、はからずもジョンヒョクの部屋に泊まることになる。

「ピアノを弾く時が一番楽しい。僕は世界的なピアニストになる」
と絵日記に書いてある。こんなところにもストーリーの伏線がある。

「でも、軍人になったのね」

セリが思わず弾いたのは、スイスで聴いたメロディー。ジョンヒョクが作った兄のための曲。

「私が先に好きになったのに」

ジョンヒョクが家に帰ってきた! 厳しい言葉を浴びせる父親。一方、母親はセリの手を握ってくれている。知らない国の人は冷徹だなんて誰が決めたんだろう。こんなにもぬくもりを伝えてくれているのに。

ジョンヒョクが父親に向かって「彼女を守れないと、僕の人生は地獄になります」と毅然と言うと、母親がセリを連れて現れる。「もう大丈夫よ。息子を地獄には落とせない」

ついに再会を果たす2人。セリがジョンヒョクの顔に手をやって傷を心配し、ジョンヒョクがセリの顔に手をやって涙を拭く。感動のシーンなんだけど、最初は呆然と見ていた父親が、アチャーという顔になるのがたまらなくおかしい。

セリのことを通報しなかった理由を「彼女が心配で」と正直に語るジョンヒョク。国家の厳格なルールを、温かな人間性と愛が越えていくシーンだった。

完全に振られてしまったソ・ダンとジョンヒョクの悲しい馴れ初めも描かれた。出会ったのは17歳のとき。淡い片思いは、やがて縁談に発展し、ソ・ダンは彼が留学中のスイスに飛ぶ。荷物がうまく運べないのは、物ごとがうまく運ばない象徴。なんとジョンヒョクはソ・ダンに気が付かず「はじめまして」と言う。彼は学生時代からソ・ダンのことをまったく認識してなかったのだ。

バーで強い酒を煽りながら、相変わらずピンチなはずなのにイキイキしているク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)に「私が先よ」「先に好きになったのにダメなの?」とくだを巻く。ところで近年、同人誌の世界には「僕が先に好きだったのに(BSS)」というジャンルがあるらしい。ソ・ダンがまさにこれ。彼女は“恋愛弱者”が感情移入するキャラクターだ。

回収される運命の伏線

ロマンチックな運命が解き明かされる時が来た。セリがジョンヒョクの前でどうしても知りたかった曲をピアノで弾いてみせる。それはジョンヒョクがスイスの湖畔で兄のために弾いた曲。

「なぜ、この曲を知ってる」
「スイスで誰かの演奏を聴いたの。すごく気に入って覚えておいたのに、誰の曲か調べがつかなかった。そこは、雪景色のきれいな湖だった。何て名前だっけ」
「イゼルトヴァルト」

長い伏線が回収された瞬間だ。かつてスイスで出会えなかった2人が、北朝鮮で出会うことができた。2人を記憶の中でも出会わせてあげるところが小粋。

セリが死を望んで赴いた地で聴いた曲は、ジョンヒョク親しい人の死を想って弾いた曲だった。つまり、死が2人を結びつけていたことになる。北朝鮮ではいつも死を隣り合わせにいながら2人は愛を育んできた。死を思うことは、懸命に生きることにつながるのかもしれない。

「あなたは気づかないうちに私を助けてくれた」

だけど、本当の別れはもうすぐそこまで近づいていた。ジョンヒョクがセリを韓国に帰すための作戦が始まっていたのだ。

死が2人を結びつけていたことになる/Netflixオリジナルシリーズ「愛の不時着」独占配信中

「サランヘ、リ・ジョンヒョク」

非武装地帯を歩く第5中隊とセリ。まるで映画の1シーンのように美しい彼らのシルエットのカットが挿入される。たどりついた廃屋には、戦争に出た息子のために祈る母親がしつらえた器が残されていた。故郷の母を心配するウンドン(タン・ジュンサン)を励ますセリ。第9話は、ジョンヒョクと母親、ウンドンと母親ほか、ソ・ダンと彼女の秘密を守るためにチップを握らせる母親(チャン・ヘジン)、セリと愛憎の日々を重ねてきた血のつながらない母親(パク・ウンジン)のエピソードが重ねられた。この回の裏テーマは“母親の愛”なのかもしれない。

軍事境界線を目の前にして、別れの会話を交わすセリとジョンヒョク。ここはジョンヒョクの言葉がたまらなくいい。

「男に会ってもいいし、何もなかったように過ごしてもいい。
 その代わり、孤独にはなるな。
 景色のいい場所に行って消えようなんて思うな。
 僕がいるから」

「その代わり」の後は、自分のことを伝えるのかと思ったが、ジョンヒョクは違う。あくまで相手本位。彼の願いはセリの幸せ。それだけだ。

セリはついに南北の軍事境界線を越える。ここからはジョンヒョクも一歩も進むことはできない。だけど――。

「一歩くらいはいいだろう」

ジョンヒョクも境界線を越えて、セリと熱いキスを交わす。国境と厳格なルールを温かな人間性と愛が越えていく。それは同時に、一歩越えなければ、何も始まらないことを示している。

注目のタイトル後は、セリが勝手にジョンヒョクの本棚をいじるシーン。勝手に本棚をいじられるのが嫌いな筆者は「おいおい、何してんのよ」と思ってしまったが、本の頭文字を横読み(?)すると「サランヘ(愛してる)、リ・ジョンヒョク」になっているというオチだった。なんだよ、お熱いな!

南北の境界線を越えたセリだが、このまま2人が別れるわけがない。続く10話の予告はなく、ますます波乱の展開が予想されて目が離せない。デデン!

■「愛の不時着」全話レビュー
1:「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート
2:「愛の不時着」2話。ユン・セリの胆力「あんたなんか怖くないわ。掘った穴に自分で入れば?」
3:「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う
4:「愛の不時着」4話。セリのために掲げたアロマキャンドル、ジョンヒョクは2020年型の王子様
5:「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」
6:「愛の不時着」6話。セリ「私を運命の人だと思いたいの?」ジョンヒョク「僕の見える所にいてくれ」
7:「愛の不時着」7話。ジョンヒョクとセリ“守る者”と“守られる者”が鮮やかに反転
8:「愛の不時着」8話。ジョンヒョク「ケガはない?」自分がケガしてるのに!いつも愛する人ファースト
9:「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然
10:「愛の不時着」10話「あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」
11:「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」にひたるためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」
12:「愛の不時着」12話。ジョンヒョク「生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい」
13:「愛の不時着」13話。セリ「自分は自分で守る。私を信じて」いよいよラストスパート
14:「愛の不時着」14話「不時着」ってそういう意味だったの!?「北朝鮮への不時着」だけではなかった
15:「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回
16:最終話「愛の不時着」ジョンヒョク「会いたいと心から願えば、会いたい人に会えるかと聞いたろ? きっと会える」

 

『愛の不時着』
出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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