「麒麟がくる」全話レビュー37

【麒麟がくる】第37話。帝「喜ぶと思ったのだろうか 信長は?」坂東玉三郎の迫力に、空気がみるみる冷えた

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。ついに権力の頂点に立った信長。信長も所望した、今回のタイトルにもなっている「蘭奢待」とは?

240年続いた室町幕府がついに滅び、織田信長(染谷将太)による新しい時代がやって来たーー。この状況を語る市川海老蔵のナレーションがやけに爽やか。

蘭奢待と麒麟と

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第37回「信長公と蘭奢待」(脚本:河本瑞貴 演出:深川貴志)で注目を集めたのは“蘭奢待”。天下をとった信長が所望した蘭奢待とは、東大寺正倉院に収蔵されている香木で、沈香のなかで最高級品とされる伽羅。“蘭奢待”の名には、文字のなかに「東」「大」「寺」の3文字が含まれているという遊びごころがある。

伽羅や沈香といえばお香、そう思って日本香堂のサイトを見ると、香りの奥深さが記されている。蘭奢待の香りを知りたいからと、伽羅のお香を嗅いでも、蘭奢待には行き着かないであろう。それほどありがたい香りらしい。
香りもまた実体のわからない“麒麟”のようなもの。この時代の人々は、実体のわからない巨大な像や景色を追い求めていたのだなと思う。

普遍性を支えに、現代的な視点で歴史ものを描く方法もあるなかで、「麒麟がくる」は現代視点でなく、当時の人々の生活を描くことでその時代特有の視点を蘇らせようとしている印象を受ける。経済的価値観が強くなる前、西洋との関係もまだ深くなく、日本自体がまだ統一されていない混沌とした時代に、人々は何を拠り所にしていたか。神などの目に見えないものに期待する心がいまよりずっと大きかったであろう。その曖昧模糊とした、それが逆に野性的な荒ぶるエネルギーにもなる、そんな時代を、現代人が楽しんで想像力を膨らませて描くことで、歴史と現代の道が繋がっていく。

空気がみるみる冷えた

今井宗久(陣内孝則)に相談し、帝(坂東玉三郎)の許可を得て、蘭奢待を拝見することになった信長。天正2年、110年ぶりに蘭奢待を切り取ってもらった信長は、その半分を帝に贈る。すると帝は「ちんが喜ぶと思ったのだろうか 信長は?」と淡々と言い、ありがたい蘭奢待の欠片を、信長と反目しあっている毛利輝元に贈ってやるといいと、三条西実澄(石橋蓮司)に命じる。
「織田信長よくよくの変わり者よのう」とつぶやく帝の瞳から心を読み取るのはなかなか難しい。
帝がどんなに理解のある人に見えても、戦国武将がその横に並ぶことはできない。厳然たる身分の違いを感じさせる場面。それを怒るでもなく無表情ながら重厚感ある坂東玉三郎。これほど、ほかの者たちと違う次元にいるように見える人物もなかなかいない。
この瞬間、信長は侵してはならない領域に踏み込んでしまったと見てとれる。空気がみるみる冷えた感じがした。光秀(長谷川博己)が「頂きは遠い」と心配しているように、肝心な世のなかをどのように良く変えていくかそれを熟慮するときにもかかわらず、勘違いしてしまっているような……。
ちなみに、蘭奢待の解説をしていた僧侶・浄実は文学座の名優・たかお鷹。

足利義昭(滝藤賢一)が追放されて、将軍が不在になり、改元を任されることになったとき、信長は「天正」と決める。「天」が「正しい」という言葉を選んだのは、父・信秀(高橋克典)が、この世で一番えらいのはお天道様だと言っていたことを守っていてブレがない。父の言う2番めは、帝だった。信長が、2番めと並んだような気分になってしまったのは恐れ多いことである。見えないものを心の守りにするときこそ、謙虚さが大事なんじゃないかと信長を見ていて心配になる。

ものの見方が変わってしまった

武田信玄(石橋凌)は死んだという噂が立ち、浅井長政(金井浩人)、朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)は勢いづく信長に滅ぼされた。おなじみの戦国武将大活躍の合戦シーンはほとんど描かず、人々の心理をつぶさに描く、これはこれで見応えがある。
三淵(谷原章介)と藤孝(眞島秀和)兄弟は、義輝(向井理)のときは、ふたりして、義輝を見放した感じだったのが、ここでは、義昭を最後まで守ろうとした三淵と、時代の流れにまかせる藤孝と、分かれ道ができた。敗北に涙目の三淵に、勝ちも敗けもない、あるのは紙一重の立場の違いと語る光秀。のちに三淵が坂本城で、測りかねる主とどうつきあうかが「家臣の器」と語るところも印象的。

裸足で追放された義昭は枇杷庄に身を寄せる。そこへ訪ねて来た駒に、戦を止めることができず「わしは駒を欺いてしまったのかもしれんなあ」と語る場面は胸に迫る。このひともまた、僧でいたころは謙虚だったのに、将軍になってものの見方が変わってしまった人物である。

「これをお返しに参りました」と虫かごを持参した駒。義昭が虫かごに手紙を入れて送ったのは、駒に来てもらう口実を作りたかったのかもしれない。ものに想いを託すのも、この時代ならではあろう。でももう籠は空……。

さみしい話が続くが、菊丸(岡村隆史)が、言葉すくなに、眼力強く、暗躍している。家康のことを語る、藤吉郎の母なか(銀粉蝶)に眼を光らせる表情など、なかなか緊迫感があった。2021年は、彼が家康(風間俊介)のために鮮やかに活躍する場面を期待している。

〜登場人物〜
明智光秀(長谷川博己)…信長と共に公方を支える。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。僧になって庶民に施しをしているが、兄の死により政治の世界に担ぎ出される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
正親町天皇(坂東玉三郎)…第106代天皇。
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース。

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【商人】
今井宗久(陣内孝則)…堺の豪商。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

※麒麟がくる38話、39話のレビューは2021年1月9日(土)更新予定です

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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