「麒麟がくる」全話レビュー32

【麒麟がくる】第33話「古く悪しきものがそのまま残っておるのだ」自らを追い詰める光秀

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。敵に囲まれ窮地に立たされる信長(染谷将太)。事態が切迫するなかで、京を捨てて尾張に戻ろうとするところを光秀に説得され、信長が思いついたのは……。

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)33回「比叡山に棲む魔物」(脚本:池端俊策 演出:一色隆司)は信長による比叡山の焼き討ち。信長といえば本能寺の変のほかに比叡山の焼き討ち。でもこれはあまりに無残でカタルシスの全然ないエピソード。それをかなりたっぷり徹底して描いた。だからこそ光秀(長谷川博己)たちの降りるに降りられない状況に説得力が増していく。そう、長谷川博己はこれまで多くの作品で追い詰められたときとてつもなく飛翔してきたのだから。

死んだトンボは三匹

久しぶりに菊丸(岡村隆史)も登場し、出てこない間もちゃんと隠密(?)行動をしていたようで、戦が本格化してきた感じが高まった。無言で佇んでいたから余計に。
松永久秀(吉田鋼太郎)は怒り、摂津(片岡鶴太郎)はいらっとする態度をとり、光秀を追い詰めていく。その濁流の勢いが面白い33話。

前半は、公方こと将軍・義昭(滝藤賢一)と駒の、光秀(長谷川博己)をめぐるオトナの会話に味わいがあった。

公方「好きであったか」
駒「はい」
公方「正直に申したなあ そこがそなたの良いところじゃ」

時が経ち、ヒトも状況も変わる。何かを乗り越えた感じの表情をしている駒。光秀に対しても、公方に対しても、依存してない。むしろ自信に満ちている。やっぱり芳仁丸が人のためになっていることが拠り所になっているのだろうと感じた。

公方は公方で駒のことを気に入っていたはずだが、へんな嫉妬心を出さず、正直な人が好きだとさらりと受け止める。だから「死なすのは惜しい」と庭に捨てられたトンボの死骸に目をやる。
死んだトンボは三匹。この数字は何かを暗示しているのかいないのか……。いちいち暗示的。いまふうに言えばフラグなのだが、それが直截的でない文学性があるのが大河ドラマの風格だ。

公方に心配される光秀は、叡山に陣を構える朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)に会いに行き、恩を返さないと嫌味を言われ、すかさず恩を返しに来たと応える。戦いをやめるように提言するのだが、義景は、叡山に陣を構えるかぎり、天台座主の覚恕様(春風亭小朝)をないがしろにはできないと言う。
僧兵(お経を唱える者たち)との戦いは厄介で、「踏みつぶしても地の底から湧いてくる虫のようなものだからな」とはすごい例えである。京都伏魔殿編になってから蝶を運ぶ蟻とか、前を向くトンボとか……。虫を隠喩によく使う「麒麟がくる」。

理想社会の象徴のように

それはともかく、覚恕様。苦虫を噛み潰すようなむすりとした口元で細めた目、「半沢直樹」的顔芸のような迫力が。もうひとり、摂津は、「わーかーりーまーせーぬ」「でーはー」などと語尾を伸ばしまくって、「半沢直樹」の「おーねーがーいーしーまーすッ」みたいな感じで、てらいなく半沢臭を発してくる。曲者が曲者としてしっかり存在してくれるとドラマの熱が上がっていく。

ノイズにまみれた彼らに比べて、帝(坂東玉三郎)はあくまでも凛として水面のように静か。その帝に長らく比較されてきたのが弟の覚恕。兄は美しく、弟は醜い。弟は、御所の困窮を助けもしないで、私利私欲にまみれている。

己の力を誇示し、兄に頭を下げさせたい、
冨があるのに、御所の修繕をしない。
酒に浸り、女色に溺れ、双六、闘鶏にうつつを抜かし……と弟の愚痴を言う帝に、耳がいたいと笑う東庵(堺正章)だったが、「そちは格別じゃ」と帝は東庵びいき。

公方と駒、帝と東庵の会話は、この世のえらいヒトと、我々庶民が意見を交わせる、理想社会の象徴のように見えてくる。駒も東庵も正直に物を言う。光秀もそのひとりだ。
正直な儚いカラダと命をもった虫たちのような民衆を意識する者もいれば、その声に耳を貸さず平気で踏みにじっていく者もいる。

歌舞伎俳優の坂東玉三郎、落語家の春風亭小朝と長い歴史をもつ伝統芸能の世界に生きて芸を磨いて者たちが、清世と俗世とに別れぶつかり合う、贅沢なキャスティングである。

芳仁丸を高く転売していた少年・平吉(込江大牙)の妹が叡山に買われてしまった。取り戻したい一心で、平吉は駒に、芳仁丸を500粒売ってほしいと頼む。
振り返れば「麒麟がくる」の第一話、光秀が山を通り過ぎるとき、僧兵が通行料を請求していた。

比叡山の焼き討ちの残虐性の裏には事情もあって、どっちもどっちで我欲と暴力がぶつかり合う戦いなのだ。

決定的な亀裂

元亀2年、比叡山を攻める信長。
「すべての者を討ち果たせ」と武具をもたないものまで「切り捨てよ」と言う彼の命令に、光秀は「おんな子どもは逃がせ、みなにそう伝えよ」と背く。駒から譲られた芳仁丸を必死に売って歩く平吉は戦いに巻き込まれて……。

「古く悪しきものがそのまま残っておるのだ」とその状況を憂い、だから戦を続けないといけないと自らを追い詰めていく(このときの表情がヤバい)光秀でがあるが、女性や子どもまで巻き込むほど冷静さを欠いてはいない。

弱い者や美しきものを守るために闘う決意を固めている光秀と、その気持がない(人に褒められることばかり意識している)信長とに決定的な亀裂が生まれたように戦いは激化していく……。

風雅と戦が絡み合う遠い昔の絵巻物のようでありながら、その向こうには不思議と権力者と民衆とが対立する現代社会が見えてくる。描かれている女性たちも、男性という権力に依存するのではなく同志のよう。絶対なんてないものとはいえ、絶対であり得る美しき結晶(たぶんそれが麒麟)だけを守りたいと思う人たちが集まって、大きな力になる世界の降臨を毎週毎週祈っている。

平吉を演じた込江大牙は、朝ドラ「エール」で主人公の幼馴染の鉄男の子供時代を演じていた。鉄男も親の勝手な行動に巻き込まれて貧困に喘ぎ、それでも歯を食いしばって生きてる役で、今回もまた社会の犠牲になる役を担ったが、野性的な目つきが頼もしく、これからの成長が楽しみである。

〜登場人物〜

明智光秀(長谷川博己)…信長と共に公方を支える。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。僧になって庶民に施しをしているが、兄の死により政治の世界に担ぎ出される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース。

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【商人】
今井宗久(陣内孝則)…堺の豪商。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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