「麒麟がくる」全話レビュー29

【麒麟がくる】第29話。光秀「調べれば調べるほど幕府の内側は醜い」

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。完成した二条城。光秀は美しきものを守れるのか……。

お団子を食べて待っていた駒

大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK総合日曜夜8時〜)29回「摂津晴門の計略」(脚本:池端俊策 演出:大原拓)では明智光秀(長谷川博己)がおかんむり。幕府のせいで、思いがけず横領犯にされかかる。

織田信長(染谷将太)が将軍・義昭(滝藤賢一)のために二条城をわずか2ヶ月で築城しようと張り切るあまり、寺社などから襖絵など贅沢な品を持ち込んでいた。
藤孝(眞島秀和)から、信長が将軍の名を借りて京中の金目のものをかすめとっていることについて幕府から不満が出ていると聞いた光秀は、幕府のほうこそ寺社と組んで利を得ていると指摘。「幕府の内側は醜い」と辛辣に批判する。「“ば“くふ」「“ば”くふ」と“ば”の音を強調することで、幕府への不信を物語っていた。

その頃、摂津(片岡鶴太郎)は、都中の寺社が信長を恨み、引いては将軍を恨むと脅していた。困った義昭は、信長が岐阜に帰ったら、少しずつものを返してはどうかと提案する。
性格が穏やかなうえ、元・僧侶であったこともあって寺社にも気を配っている義昭は、重い病人の入る館や、身寄りのない者、貧しい者など誰でも入れる館(悲田所)を作ろうと考えていると、訪ねてきて、お団子を食べて待っていた駒(門脇麦)に理想を語る。

先だつものがない。せめて一千貫あれば……。
義昭の悲願に共感した駒は、必要な分を薬の売上でつくろうと考えて、東庵(堺正章)が、貯めていたお金をもちだすことにも目を光らせる。

貧しい庶民が将軍から施されるのではなく、庶民の駒が将軍家に施そうとするような、天地が逆転しているいまの都。

関白・近衛前久(本郷奏多)の立場も風前の灯。伊呂波(尾野真千子)の手引で光秀に会い、「幕府を変えられるのは信長じゃ」とだけ言って去っていく。

進退に困っているにもかかわらず、鼓を打った光秀に「タの音が弱かったぞ 薬指かな」と指摘して、「命乞いまでしたくはない」と言う前久。芸術を愛で、よくいえばガツガツしていない、悪くいえばプライドの高い、公家のキャラクターがこれらのセリフに現れているようだ。

代わりに伊呂波が「帝を幕府が助けない」「帝がどれほどお困りか」と光秀に助けを求めるのだが、これは前久の言いたいことではなく、伊呂波が言いたいことである。以前、彼女は前久に、御所の塀が壊れていることを訴えていた。

壊れた塀を目の当たりにする光秀

塀問題は根深く、光秀は信長からも塀の話を聞く。
幼い頃、信長の父・信秀(高橋克典)は、その当時壊れていた塀を直すため4千貫を出したことを聞いたと信長は言う。

「その塀を見たことがない。
近頃その塀が気になる」

そのときの将軍とは義輝(向井理)である。

信長の言葉に光秀は思う所ある表情をする。その後、幕府が様々な横領に手を出していることを知る光秀。公方様も知らないところで横領が行われているらしい。
帝の丹波の領地も仲間の武家に与えたのか? とすべてを明白にしようと迫る。将軍の知らないところで幕府が横領して私腹を肥やしている。光秀の性分から、そんな不正は見逃すわけにはいかない。

御所を見たいと伊呂波に頼み、はじめて壊れた塀を目の当たりにする光秀。
それは見るも無残なものだった。

そこで伊呂波が方仁親王(今の帝)に会ったときのことを話す。
近衛家に拾われた伊呂波は、尼寺に行くのがいやで、泣いていたら、方仁がやさしく、温石をくれた。温石といえば、光秀が煕子との結婚を決めたとき、煕子が光秀に手渡していた(第12回)。
親王の優しさに触れた伊呂波は「生まれてはじめて人の顔が美しいと思った」と言い、
「ここを直さなくては
ここだけでもきれにしておかねば
そう思って。
自分が泥にまみれて生きているものだから ふふ…」と意味深な顔をする。

駒が光秀の父に火事から助けられたことと同じく、伊呂波は方仁に助けられて、いまがある。助けてくれた人のためなら庶民は全力を尽くすのである。

泥にまみれ、ときにはずるして生きている小市民。駒なんてお茶や団子を出されたらガツガツ飲食する。ちっぽけな命だからこそ、美しいものがほしい。それが麒麟であり、帝である。それらが生きている者たちの指針になる。

美しきものをなんとか守ることはできないか

完成した二条城。城を囲む白い美しい塀に、光秀が触れる。
二条城のなかに美しきものを大切に守ることができれば……。

だがそれが壊れていくことを、歴史を、私たちは知っている。いまの時代にはだいぶ失われている考え方がどうやって滅亡していったか、時の流れをひたひたと描く。その俯瞰の視点と人々をありのままに描く淡々とした筆致は、神の視点のようにも感じる。

お茶を飲む光秀、鼓を打つ光秀、つねに端正な所作で汚れない。光秀がこのドラマの主人公足る理由はそこにある。彼が真面目で美しくあればあるほど悲劇は際立つのである。
いまの帝・正親町天皇役に人間国宝、坂東玉三郎をキャスティングしている理由もそこにあるのだろう。

信長の妹・市の夫で、美濃攻略の力にもなった浅井長政(金井浩人)も登場し、悲劇は加速する。

同じくNHKで放送されていた、もしも戦国武将がスマホをもっていたら?という空想歴史ミニドラマ「光秀のスマホ」(全6話)では、本能寺の変のあと光秀(声:山田孝之)が何者かにあっけなく殺されて終了した。「麒麟がくる」もこのままいったらこのエンドは間違いないのだが、美しきものをなんとか守ることはできないか毎週、祈るように見ている。

〜登場人物〜
明智光秀(長谷川博己)…越前で牢人の身。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。僧になって庶民に施しをしているが、兄の死により政治の世界に担ぎ出される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース。

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【商人】
今井宗久(陣内孝則)…堺の豪商。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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