「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」

日本で「第3次韓ドラブーム」が巻き起こした、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」を全話レビュー。軍事境界線を守る朝鮮人民軍のエリート大尉と韓国の財閥令嬢の極秘の恋を軸に物語が進みます。ジョンヒョク、セリ、ダンの三角関係で始まった5話。甘いシーン、せつないシーンが交互にやってきて止まらなくなること間違いなし。

セリフの端々にあるダブルミーニング

Netflixオリジナルの韓国ドラマ『愛の不時着』を1話ずつ味わい尽くしていこうというこの連載。

第5話は、市場ではぐれたユン・セリ(ソン・イェジン)のためにリ・ジョンヒョク(ヒョンビン)がアロマキャンドルに火を灯してやってくるシーンのリフレインで始まる。アロマキャンドルの使い方を思いっきり間違えているが、「合ってる?」と問うジョンヒョクにセリが「合ってるわ」と答えるのは、自分を迎えに来てくれた彼の行動と気持ちが「合ってる」ということ。このようなダブルミーニングの会話が特に多かったのが第5話の前半だった。

夜の並木道で「ときめいた」と言うセリに、口ごもりながら「女がいる」と告白するジョンヒョク。気分を害したセリは、「一線を越えるなと私に線引きしたんでしょ?」「心配しないで。線はきちんと守るから」とまくしたてる。守らなければいけない「線」といえば真っ先に38度線を思い出すが、セリはそれをやすやすと越えてきた人。男女の一線と38度線。誰かが決めた「線」など彼女には無意味だ。

ジョンヒョクのもとへ婚約者のソ・ダン(ソ・ジへ)がやってきた。当然ながら鉢合わせる3人。あわてて2人の関係を説明するとき、セリが「作戦が終わったら一生会いません」と言うとジョンヒョクが少し視線を揺らす。「一生会いません」とはあえて選んだ大げさな物言いだが、この2人に限っては大げさでも何でもなかったりする。

この後、「家に帰ります」と家じゃない方向に歩き去ろうとするセリの腕を掴んで自分の家に入れるのはセリの身を案じたジョンヒョクらしい行動だが、同時にセリの「一生会いません」という言葉が伏線になっている。深い闇に消えてしまったら二度と会えない気がして、強く腕を掴んだんじゃないだろうか。

二股(?)をかけるジョンヒョクへの怒りがおさまらない舎宅村の奥様たちとの“ダラビー”では、セリは「ロミオとジュリエット」「彦星と織姫」に例えて自分の立場を説明する。ジョンヒョクの婚約者としての自分の立場を守るための嘘なのだが、これもダブルミーニング。セリとジョンヒョクの間には天の川と同じぐらい大きな障害が横たわっている。「2人は愛し合ってるのに親の反対のせいで結ばれそうにないってこと?」というヨンエ(キム・ジョンナン)の言葉も、「親」を「国家」に置き換えれば、2人の立場そのままだ。コミカルなシーンなのに、胸の奥がチクリと痛い。

ここまで会話が主体で大きなアクションがないのに、これだけきめ細かなセリフが次々と繰り出されるのだから、目も耳も離せない。本筋とは関係ないが、セリが言った「ファンが怒るとアンチよりも怖い」は真理。ファンビジネスをしている人は額に入れて飾っておくべきだろう。

甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱい

ジョンヒョクは北朝鮮で要職に就いている実家の父親の元へ行き、ダンとの結婚を早める代わりにセリを北朝鮮からヨーロッパへ連れ出すことに同意させる。パスポートを作るためには平壌へ行く必要がある。平壌で疑われないためには北朝鮮らしい髪型や服装が必要だが、セリにはお金がないので質屋へ行く。うーん、この流れるような展開。説明ばかりにならず、それぞれクスッとさせるところも忘れない。

質屋でセリが目にしたのは、その場には似つかわしくない高級ブランド、ショパールの腕時計。実はこの腕時計、7年前に謎の事故死を遂げたジョンヒョクの兄、ムヒョク(ハ・ソクジン)のもの。そして、保衛部のチョ・チョルガン(オ・マンソク)はこの腕時計を血眼になって探していた。“耳野郎”ことマンボク(キム・ヨンミン)とも深い関係があるようだ。ちなみにこの腕時計は「アルパイン・イーグル」という2019年の新作なので、7年前に死んだムヒョクがつけているのはありえないのだが、カッコいいからOK。

Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

ジョンヒョクの身辺を執拗に追うチョ・チョルガンは、愛すべき第5中隊の面々を尋問にかける。泣いて怯えていた最年少のウンドン(タン・ジュンサン)が機転をきかせて「何も知りません」と言い張るシーンは、第5中隊の絆の強さを感じて胸がジーンとしたよ。ジョンヒョクの家でラーメンをすする第5中隊の面々にセリが感謝の気持ちで「指ハート」を贈ると、ジョンヒョクがスネてしまうのがおかしい。

甘いものとしょっぱいものを交互に食べると止まらなくなるが、甘いシーンとせつないシーン、ユーモラスなシーンとスリリングなシーンが交互にやってくる「愛の不時着」を見ていると止まらなくなるのも、似たようなものだろう。

「愛の不時着」に登場する北朝鮮の風景の中でもとりわけ印象的なのが、雄大な景色の中を走る平壌へ向かう列車と、その中で歌う列車販売員たちのシーンだ。日本の昭和30年代を思わせるような素朴なメロディーと温かな歌声に、思わず天才詐欺師ク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)も拍手を送る。ちなみにロケ地はモンゴルのウランバートル近郊で、列車販売員は北朝鮮でも現在は見られないとのこと。アコーディオンを弾いていた女性は、脱北者のユン・ソルミ。彼女の証言も大いにドラマに活かされている。リアルに再現された列車内の風景を見て、「ここは北朝鮮か」と錯覚した彼女は怖くなってしまったという(朝日新聞デジタル 6月18日)。

間違った電車が時に目的地まで運ぶ

列車の外で野営するシーンも「愛の不時着」屈指の名シーンだ。セリが欲しがるものを、文句を言いつつ魔法のランプの魔神のごとく次々と用意するジョンヒョク。女性の意思を尊重し、願いをかなえ、何より女性のことを大事にする現代型の王子様の姿がここにある。自分のために熱々のジャガイモの皮を剥くジョンヒョクの姿を見て、セリは「あなたはいい人よ」と思わず伝える。将来はいい夫やいい父親になるだろう、と。

Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

しかし、ジョンヒョクは「将来のことは考えない。考えてた将来と違ったら悲しくなるから」と悲しげに言う。彼には将来を嘱望されていたピアニストだったにもかかわらず、兄の死によって祖国に帰り、軍人にならざるを得なかった過去があった。彼の悲しみを察して、セリがジョンヒョクを励ます。

「インドではこう言う。“間違った電車が時には目的地に運ぶ”」

セリは続ける。「私は、私が去ったあとも、あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」と。人生の途中で選択を間違っても、大きな失敗をしても、「幸せ」という目的地に到着することはできる。「セリズ・チョイス」を率いて成功したセリだって、1話で道の選択を思いっきり間違えて北朝鮮に戻ってきてしまった。でも、そのおかげで運命の人に会うことができた。そう、人は間違えたっていい。間違いのおかげで幸せにめぐりあうこともある。なお、「間違った電車」は最終話にも印象的なセリフとして登場する。

眠ってしまったセリにコートをかけてやり、本当に本当にそっとした手つきで彼女の頭にふれ、自分の肩を貸すジョンヒョク。ク・スンジュンならずともロマンチックすぎて危うく死にそうだ。

翌日、たどりついた平壌では窮地に陥ったク・スンジュンが土壇場でセリと再会、そこにジョンヒョクもやってくる。ジョンヒョク、セリ、ダンの三角関係で始まった第5話は、セリ、ク・スンジュン、ジョンヒョクの三角関係で終わった。こういうところも本当によくできていると感心しつつ、第6話へ続く。デデン!

■「愛の不時着」全話レビュー
1:「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート
2:「愛の不時着」2話。ユン・セリの胆力「あんたなんか怖くないわ。掘った穴に自分で入れば?」
3:「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う
4:「愛の不時着」4話。セリのために掲げたアロマキャンドル、ジョンヒョクは2020年型の王子様
5:「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」
6:「愛の不時着」6話。セリ「私を運命の人だと思いたいの?」ジョンヒョク「僕の見える所にいてくれ」
7:「愛の不時着」7話。ジョンヒョクとセリ“守る者”と“守られる者”が鮮やかに反転
8:「愛の不時着」8話。ジョンヒョク「ケガはない?」自分がケガしてるのに!いつも愛する人ファースト
9:「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然
10:「愛の不時着」10話「あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」
11:「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」にひたるためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」
12:「愛の不時着」12話。ジョンヒョク「生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい」
13:「愛の不時着」13話。セリ「自分は自分で守る。私を信じて」いよいよラストスパート
14:「愛の不時着」14話「不時着」ってそういう意味だったの!?「北朝鮮への不時着」だけではなかった
15:「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回
16:最終話「愛の不時着」ジョンヒョク「会いたいと心から願えば、会いたい人に会えるかと聞いたろ? きっと会える」

 

『愛の不時着』
出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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