「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回

日本で「第4次韓ドラブーム」が巻き起こした、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」を全話レビュー。軍事境界線を守る朝鮮人民軍のエリート大尉と韓国の財閥令嬢の極秘の恋を軸に物語が進みます。チョルガンとジョンヒョクの最終対決から始まる15話。結局、ジョンヒョクは国家情報院に逮捕されてしまいます。クライマックスに向けて、セリとジョンヒョク、2人の運命はどこへ向かうのでしょうか。

愛を知る人と愛を知らない人

「僕は親もいないし、兄弟もいない。かわいそうな子です。
 僕が死んであの世へ行っても、誰が埋めてくれるだろう。
 誰が土をかけてくれるだろう。誰が酒を3杯ついでくれるだろう」

「愛の不時着」第15話は、リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)とチョ・チョルガン(オ・マンソク)の最後の対決から始まる。

国家情報院の狙撃手に囲まれ、動けなくなった二人。チョ・チョルガンが「お前に俺は撃てない」と言うのは、発砲すると同時に狙撃手に撃たれて死ぬことがわかっているから。

愛する人がいて、自分が死んだら涙を流してくれるのがわかっているジョンヒョクは死ぬことができない。愛する人がいなくて、自分が死んでも誰も涙を流してくれないチョ・チョルガンは死ぬことができる。その差が生死を分けた。

チョ・チョルガンは死の間際、「お前は俺と同じだ。もう行く所がない」「だから一緒に逝こう」と死に誘う。ジョンヒョクが流した涙は、この世のどこにも行き場所がなく、死を選ぶしかなかったチョ・チョルガンの哀しみを知ってしまったから。ジョンヒョクが置いた銃の先に、チョ・チョルガンの亡骸が見える。彼は銃とともに荒涼とした世界を生きて、愛を知らずに死んだ。そして、ジョンヒョクは逮捕される。

第5中隊の面々とマンボク(キム・ヨンミン)たちも次々に逮捕されてしまう。ジュモク(ユ・スピン)とウンドン(タン・ジュンサン)をカッコよく逃がそうとしたピョ・チス(ヤン・ギョンウォン)があっさり捕まるのがおかしい。

拷問を恐れる5人だが、第10話に登場した北朝鮮工作員・ドング(キム・スヒョン)の言葉を思い出す。「南の連中も同じ人間だ。恐れるな」。つまり、北朝鮮の人も韓国の人も「同じ人間だ」ということ。これは「愛の不時着」というドラマに通底している精神である。

北では逮捕されたジョンヒョクの身の安全を父の総政治局長(チョン・グックァン)が真っ先に心配していた。南ではセリの父(ナム・ギョンウプ)がセリのことを信頼し、セリの身体を心配している。親が子を思うのは、北も南も変わらない。

国家情報院の人たちも、とても人間味がある。特にキム課長(ユ・ジュンホ)は二人の恋愛感情をよく理解していて(エンディングで「見れば分かるだろ」と部下に怒っていた)、真実を話そうとしないジョンヒョクに辛抱強く付き合って彼の本心を引き出そうとしていたし、ユン・セリ(ソン・イェジン)が危篤になったときは病院に行くことを許可していた。第16話でも重要な役割を果たすキム課長のファンは日本にも多い。ちなみに演じたユ・ジュンホは、チョ・チョルガン役のオ・マンソクと毎週サッカーするほど仲が良いとのこと。

彼に出会うためなら――セリの選択

「あなたに会うためなら、あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」

第10話でセリはソウルの街をさまよいながら、こんなことを考えていた。無理をして敗血症になり、危篤に陥ったセリは長い夢を見る。夢の中でセリは、事故が起きることも、北朝鮮に不時着することも、ジョンヒョクに出会うことも、数々の大変な目に遭うことも、命の危険にさらされることも知っている状態で、パラグライダーをする日に戻っていた。

「その長い夢の中で、ついに私は選択をした」

セリは全部わかっていても、パラグライダーをする選択をする。ジョンヒョクに会うためなら、あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと心の底から思ったのだ。つまり、愛である。

「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」

セリズ・チョイス(セリの選択)という会社名、彼女が着ていたツナギの背中に書かれたロゴからも、このドラマが「選択」を描いたものだということがよくわかる。セリは自分で選択し、能動的に生きることで成功を掴んだ。だけど、彼女の選択がいつも正しいとは限らない。夢の中だって、パラグライダーをしないという選択をしたほうが安全だったし、ビジネス的にも正しかったはずだ。それでも、間違えた選択が人と人を出逢わせることがあるし、その人のためなら間違った選択だってしてもかまわない。それが人間であり、それが愛だということなんだろう。

ク・スンジュン、愛と死

もうひとり、大きな「選択」をした男がいた。ク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)だ。

ク・スンジュンは北朝鮮で、セリの次兄、セヒョン(パク・ヒョンス)と妻のサンア(ユン・ジミン)が雇った男たちに狙われていた。一度は捕まってしまうが、チョン社長(ホン・ウジン)の機転で救われて逃げおおせる。出番は少ないが、いいところ見せてくれるね、チョン社長。

たどりついた市場で、ク・スンジュンは浮浪児たちの歌を聴く。それが冒頭に記した「僕は親もいないし、兄弟もいない。かわいそうな子です」というものだ。ク・スンジュンも幼い頃に家族を失っていた。身寄りもなく、死んでも誰かが土に埋めてくれるわけでもない(チョン社長がやってくれそうだけど)。これはチョ・チョルガンの境遇とも一致する。

子どもたちの歌を聴いて涙を流し、大金を渡しながら生きるための術を簡潔に伝授するク・スンジュン。舎宅村のお姉さんたちにごはんを食べさせてもらったりしつつ、懐かしいジョンヒョクの家にたどりついたク・スンジュンはソ・ダン(ソ・ジへ)を呼び出して本心を打ち明ける。

「俺なりに頑張って生きてきた。行き先も分からず、息切れするまで走ってきた。でも結局、どん底にいる」

ク・スンジュンに決断のときが訪れる/Netflixオリジナルシリーズ「愛の不時着」独占配信中

ク・スンジュンはヨーロッパへ逃げるという。

「俺みたいな男がダンさんに、こんなことをしてはダメだと分かってる。それでも、あげたい」

彼がソ・ダンに贈ったのは婚約指輪だった。市場の質屋で買い戻していたのだ(だから飯を食べる金もなかった)。ユン・セリに一度贈ったものだということも正直に告げている。息をするように嘘をついていたク・スンジュンはもういない。ソ・ダンを抱き寄せて、二人で涙を流す。

「ダンさんが好きだ。好きだから、進むべき道を行く。まっすぐ生きるよ。俺は変わる」

翌日、空港にやってきたク・スンジュンに決断のときが訪れる。ソ・ダンがさらわれてしまったのだ。

片手にヨーロッパ行きのチケット。片手にソ・ダンの居場所を知らせる携帯電話。これまでは迷わず逃げてきた。それが彼の人生だった。だけど、彼は「変わる」ことにした。スローモーションで口にくわえたチケットを破るところがカッコ良すぎるね。

そしてク・スンジュンの決心を表すかのように、ものすごいスピードでソ・ダンがさらわれている現場に到着してショットガンを撃ちまくる。セリが「私の大好きな映画はね、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』」と言ってエンジンを全開にしてジョンヒョクを助けた第7話の名シーンと同じスピード感だ。

趣味のクレー射撃で鍛えた腕前で男たちを倒していくク・スンジュンだが、自分も銃弾を浴びてしまう。

「俺は間違っていた。俺が死んでも、俺のために泣いてくれる人がいた。それが君だとは。悲しいけどうれしい」

救急車に乗せられ、泣きじゃくるダンの前で命のともしびが消えかかるク・スンジュン。家族に恵まれず、愛を知らなかったのはク・スンジュンもチョ・チョルガンも同じだった。しかし、チョ・チョルガンは他人を服従させる権力に妄執し、愛を知らないまま死んだ。ク・スンジュンは愛を知り、変わろうとした。これが二人の大きな差だ。生まれた環境が恵まれていなくても、人は変わることができる。第16話はチョ・チョルガンとク・スンジュンの話だったような気がしてならない。

チョ・チョルガンの悲劇は他人を服従させる権力への妄執/Netflixオリジナルシリーズ「愛の不時着」独占配信中

ク・スンジュンが救急車に乗せられたのと同じ頃、セリの命も危険にさらされていた。命が消える電子音が鳴る。それはク・スンジュンのものか、セリのものか――。次回、いよいよ最終回。デデン!


■「愛の不時着」全話レビュー
1:「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート
2:「愛の不時着」2話。ユン・セリの胆力「あんたなんか怖くないわ。掘った穴に自分で入れば?」
3:「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う
4:「愛の不時着」4話。セリのために掲げたアロマキャンドル、ジョンヒョクは2020年型の王子様
5:「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」
6:「愛の不時着」6話。セリ「私を運命の人だと思いたいの?」ジョンヒョク「僕の見える所にいてくれ」
7:「愛の不時着」7話。ジョンヒョクとセリ“守る者”と“守られる者”が鮮やかに反転
8:「愛の不時着」8話。ジョンヒョク「ケガはない?」自分がケガしてるのに!いつも愛する人ファースト
9:「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然
10:「愛の不時着」10話「あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」
11:「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」にひたるためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」
12:「愛の不時着」12話。ジョンヒョク「生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい」
13:「愛の不時着」13話。セリ「自分は自分で守る。私を信じて」いよいよラストスパート
14:「愛の不時着」14話「不時着」ってそういう意味だったの!?「北朝鮮への不時着」だけではなかった
15:「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回
16:最終話「愛の不時着」ジョンヒョク「会いたいと心から願えば、会いたい人に会えるかと聞いたろ? きっと会える」

『愛の不時着』

出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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