「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う

日本で「第3次韓ドラブーム」が巻き起こした、Netflixで配信中の韓国ドラマ「愛の不時着」を全話レビュー。軍事境界線を守る朝鮮人民軍のエリート大尉と韓国の財閥令嬢の極秘の恋を軸に物語が進みます。いきなりの大ピンチからスタートし、最後にまたまた大ピンチを迎えるドキドキが止まらない3話。リ・ビョンヒョクとユン・セリの行く末はいかに……。

いきなりの大ピンチ!

「愛の不時着」第3話はいきなり大ピンチで始まる。

北朝鮮の軍人、リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)の家で匿われていたユン・セリ(ソン・イェジン)だが、保衛部のチョ・チョルガン(オ・マンソク)に見つかってしまった! チョ・チョルガンに銃を突きつけられるユン・セリ。絶体絶命だ。そこへ平壌から高級車で駆けつけたリ・ジョンヒョクが一言。

「僕の婚約者に何のマネですか」

なにそれカッコいい! でも、まだピンチは終わらない。蛇のようにしつこいチョ・チョルガンは彼女に平壌市民証と特別通行証の提示を求める。そんなもの、ユン・セリが持っているわけがない。

♪ドドドドドンドンという音楽とともに緊張が目一杯高まったところで、カメラはいきなり第5中隊の姿に切り替わる。ジュモク(ユ・スビン)が音楽と同じリズムでジッパーを上げ下げしているのがおかしい。これが「愛の不時着」名物の「緊張と緩和」。ギューッと緊張させて、急にホッとさせる。北朝鮮が舞台ということもあり、生死にかかわる大ピンチが多いのも特徴だ。

部下たちのリ・ジョンヒョク評は「融通の利かない男」「生真面目だから心配」「嘘は決して言いませんから」「正直すぎる」というもの。でも、リ・ジョンヒョクはユン・セリのことを11課所属のスパイだと大嘘をついてピンチを逃れることに成功した。君たちの上司は、ちゃんと嘘がつける男でしたよ。

女性の意思を尊重する男、リ・ジョンヒョク

カップに入れた白湯を差し出しながら、「ケガはない?」とあえてゆっくりとした口調で尋ねるリ・ジョンヒョク。頭の回転がキレキレで、いつもはマシンガンのように言葉が飛び出るユン・セリも、このときばかりはドキッとした表情を浮かべて「大丈夫」と答えるだけ。彼の優しさにキュンキュン来た視聴者も多いはず。

その後の二人の会話でも、リ・ジョンヒョクらしさが垣間見える。婚約者という設定だから、ユン・セリが故国に帰れば別れたことになる。別れた原因を「あなたが振られたことにして」と言い放つユン・セリに対して、「なぜ大事か知らないがそうしよう」とそのまま受け止める。

相手の言うことを頭ごなしに否定もしなければ、自分のプライドや立場などを頑なに守ろうともしない。彼女を守るための嘘はつくが、彼女に嘘を言ったりはしない。ジャーナリストの治部れんげさんは、リ・ジョンヒョクの言動について「何より大事なのは彼女の意思が尊重されること」と分析し、彼が示している男性像が「『私の意思を尊重してほしい』という現代女性の願いを反映している」と指摘している(『VOGUE』 4月14日)。

6カ月の哀悼期間をつくるように迫られて苦笑してごまかそうとするも、「居座るわよ」と言われると「同意する」とすかさず言うあたり、もはや絶妙のコンビネーションと言えるだろう。

Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

ピアノと「月の光」

興奮して寝付けないユン・セリは本棚の話題を持ちかける。リ・ジョンヒョクの本棚には、本のほかに、ピアノの楽譜、彼自身のピアノ公演のパンフレット、スイスの音楽学院への入学願書があった。

ここでリ・ジョンヒョクがコンサートホールと美しい湖畔でピアノを演奏するシーンがインサートされる。コンサートホールで、美しい湖畔で。ただし、インサートされる時間はごく短い。これは彼が当時の記憶を封じ込めていて、今の軍人としての生活を大事にしていることを表している。

彼が弾いているのはドビュッシーの「月の光」。フランスの詩人、ヴェルレーヌの同名の詩から着想を得て書かれた曲である。

「愛の勝利、浮世の楽しみ
 短調にのせて、歌い上げてはいるものの
 自分の幸せを信じている風情でもなく
 その歌は月の光にとけこんでゆく」

これは詩の一部。人生の勝利者とも言えるような恵まれた人生を生き、目当ての異性の心もたやすく射止めて、どう見ても幸せなはずなのに、自分の幸せを信じられない――。まるで実業家として成功したものの、家族の愛が得られなかったユン・セリのことのよう。そして、太陽の光を浴びてほのかに輝き、夜闇の中で道を照らす「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う。この後、ピアノと「月の光」は「愛の不時着」という作品にとって、とても大事な存在となる。

「愛の不時着」の根底に流れる優しさと温かさ

さっそうとソ・ダン(ソ・ジへ)登場! 浅野温子ばりのワンレングスが印象的なソ・ダンを演じるソ・ジへは身長170センチの女優・モデル。すでにドラマ出演歴は17年を数え、今は36歳なんだとか。めっちゃ若く見える。詐欺師のク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)も平壌にやってきた。

村で子どもや妻と平穏な暮らしをしていた男、チョン・マンボク(キム・ヨンミン)の仕事が「盗聴」だということも明らかになる。チョ・チョルガンに「耳野郎」と蔑称で呼ばれる彼は、リ・ジョンヒョクの監視を命じられる。彼と死んだリ・ジョンヒョクの兄、ムヒョク(ハ・ソクジン)とは深い因縁があったようだ。

ソウルでのユン・セリの兄夫婦たちの醜くも滑稽な主導権争い、ユン・セリの部下、ホン・チャンシク(コ・ギュピル)と彼の親友で日毎にやつれていく生命保険の担当者、パク・スチャン(イム・チャルス)も登場。主人公二人のロマンスが主軸の「愛の不時着」だが、こうした人々のドラマも重層的に描かれているので飽きることがない。

印象的なのが、リ・ジョンヒョクの洗濯物を泥棒した少年と妹のエピソード。煤まみれの少年は第5中隊の面々に取り押さえられるが、病気で3日も何も食べていない妹のためだと言う少年に、ユン・セリは家の食べ物をあげてしまう。リ・ジョンヒョクも少年を許すし、顔と手を洗うためにそっと少年を連れていくジュモクの優しさも良い。その様子を盗聴しているマンボクもなんだか嬉しそうだ。

「愛の不時着」の根底には、人間の優しさ、温かさが流れている(まぁ、冷たい人間も出てくるけど)。だから観ていると、温かい気分になれるのだろう。

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そして最後にまたまた大ピンチ!

リ・ジョンヒョクはユン・セリを韓国に送り届けるための作戦を決行する。夜闇に紛れて漁船に乗せて、韓国の船に渡そうというのだ。車の中で最後(?)の会話をかわす二人。

「もう会えないわね」
「たぶん」
「アフリカにも南極にも行けるのに、あなたはよりによってここにいるのね」
「お互いさまだ」

映画のクライマックスにでも登場しそうな悲しいセリフだ。二人の哀しみとともに、分断された南北朝鮮の哀しみが端的に表されている(船の中でお互いのルーツについて語る場面もある)。

船長の前で不安そうにしているユン・セリを見て、即座に「見送りにいきます」と決断するリ・ジョンヒョクはやっぱり「女性の意思を尊重する男」だ。船に乗らないほうが安全なのはわかりきっているのに、彼女がして欲しいことを察知して的確に行動できる。これが現代の王子様の条件なのだろう。

しかし、二人に大ピンチが訪れる。警備艇がやってきて、船の中を検査しはじめたのだ。船倉に隠れる二人だが、あえなく扉が開けられると……リ・ジョンヒョクがユン・セリにいきなりのキス! ここでエンドクレジット。大ピンチで始まり、大ピンチで終わった第3話だった。

そして注目のクレジット後のシーン。リ・ビョンヒョクは、ユン・セリに「表彰式」でもらった「スペシャルサンクス賞」のトマトの苗にこっそり話しかけていた。ユン・セリからしっかり水やりときれいな言葉を1日10個かけるように言われていたのだ。

「海、日ざし、山つづじ、露、いわし雲、三毛猫、凧……これは違うか。取り消す。バラ、そよ風、初雪……ピアノ」

自然の風物を並べた後で、最後の挙げたのがピアノだった。彼にとって、ピアノがいかに大きな存在なのかがあらためてわかったところで、次回に続く。デデン!

■「愛の不時着」全話レビュー
1:「愛の不時着」一度ハマったら抜け出せない底なしの沼。全話徹底レビュースタート
2:「愛の不時着」2話。ユン・セリの胆力「あんたなんか怖くないわ。掘った穴に自分で入れば?」
3:「愛の不時着」3話。「月の光」はリ・ジョンヒョクによく似合う
4:「愛の不時着」4話。セリのために掲げたアロマキャンドル、ジョンヒョクは2020年型の王子様
5:「愛の不時着」5話。セリ「あなたには幸せでいてほしい。どんな電車に乗っても、必ず目的地に着いてほしい」
6:「愛の不時着」6話。セリ「私を運命の人だと思いたいの?」ジョンヒョク「僕の見える所にいてくれ」
7:「愛の不時着」7話。ジョンヒョクとセリ“守る者”と“守られる者”が鮮やかに反転
8:「愛の不時着」8話。ジョンヒョク「ケガはない?」自分がケガしてるのに!いつも愛する人ファースト
9:「愛の不時着」9話。ジョンヒョクがギュッと凝縮された数分間に陶然
10:「愛の不時着」10話「あの出来事を最初からもう一度繰り返してもかまわないと思えたら、それが愛だろうか」
11:「愛の不時着」11話。もっと深く「不時着沼」にひたるためのキーワード「デカルコマニー」と「ラーメン駆け引き」
12:「愛の不時着」12話。ジョンヒョク「生まれてきてくれてありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい」
13:「愛の不時着」13話。セリ「自分は自分で守る。私を信じて」いよいよラストスパート
14:「愛の不時着」14話「不時着」ってそういう意味だったの!?「北朝鮮への不時着」だけではなかった
15:「愛の不時着」15話「その選択をして、私は幸せだったわ。リさん」セリズ・チョイスからまっすぐに次回最終回
16:最終話「愛の不時着」ジョンヒョク「会いたいと心から願えば、会いたい人に会えるかと聞いたろ? きっと会える」

 

『愛の不時着』
出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
ドラマレビュー