「梨泰院クラス」3話。忖度社会に抗うための第3の方法

世界最大の動画配信サービス、Netflixで大人気の韓国ドラマ「梨泰院クラス」を全話レビュー。気になるけれどまだ見ていない人はこれを機にチェックしてみては?パク・セロイが運命の女性と出会うパターンは、まず口喧嘩。3話で登場するチョ・イソもまたその一人。よく似ているといわれる「半沢直樹」との大きな違いも考察します!

チョ・イソとパク・セロイ

「梨泰院クラス」、今回は第3話。ついにチョ・イソ本格登場の回だ。

「梨泰院クラス」読み方はイテオンクラス。「梨泰院」は韓国の街の名だ。
パク・セロイは、「7年後に梨泰院に店を出す」とオ・スアに語り、その宣言通り居酒屋タンバムをオープンさせる。
だが、客が少なくて赤字続きだ。
一方、チョ・イソは高校生。フォロワー数76万のインフルエンサーであり、運動神経抜群、成績優秀、多芸多才、IQ162、あらゆる面で優秀だ。
学校で、区長の娘がいじめをしている。フォロワー数76万のパワーブロガーのチョ・イソが、その動画をこっそり撮って拡散する。
そのせいで区長の妻にビンタされ、ビンタ返しをしようとしたところに偶然通りがかったパク・セロイに止められる。
「目上の人を叩いてそのまま行こうと?」と追っかけてくるパク・セロイに対して、チョ・イソは事情を知らないくせにとつっぱねる。
「あの人のせいで父が死んだの。あなたは相手が目上なら許す?」とチョ・イソはウソをつく。
オ・スアに続き、パク・セロイが運命の女性と出会うパターンは、まず口喧嘩だ。
そして、すぐに偶然の再会が待ち受ける。
急ブレーキのバイクから放り出されたチョ・イソをキャッチしてパク・セロイは頭部をぶつけて気絶するというドタバタの再会で、チョ・イソはパク・セロイの人生に大きく関わることになっていく。

パク・セロイは、いっさい屈せず、跳ね返すことで、構造的な格差と戦っていく。第2話までに長家会長が頭を下げろと強いる場面が2度あるが、すべて拒絶する。そのため、学校を退学になり、刑務所に入ることになっても、恩恵を受けることを拒否しつづける。
オ・スアは、自分の正義のラインは守りつつも、恩恵はありがたく受ける。長家から奨学金をもらい、長家の社員になる。
構造的な格差や差別に対して、頑として跳ね返すか、妥協しつつ受け入れるか、その2つの方法しかないのだろうか。
いや、もうひとつある。
第3の方法がチョ・イソだ。
チョ・イソは「ソシオパス」として紹介される。

ソシオパスという言葉

ソシオパスとは何だろうか?
ソシオパスとは「反社会的な行動や気質を特徴とする人のこと」などと定義される。精神医学の学術用語のように聞こえるが、そうではない。通俗的な流行語でしかない。多くの専門家が診断基準とするDSМ(精神障害の分類と診断の手引き)には、ソシオパスという言葉は存在しない。
ソシオパスとサイコパスの違いも曖昧だ。サイコパスもDSМには存在しない。ソシオパスは後天的・非遺伝的で、サイコパスは先天的・遺伝的だと解く者もいるが、たいていは混乱して用いられる。そもそも、その気質が先天的か後天的かは容易に分かるものではない。
ソシオパスという言葉は、ほとんどフィクションでしか使われない。
チョ・イソがソシオパスだというのも、キャラクター設定のひとつでしかない。

チョ・イソが、区長の娘のいじめを成敗するシーンは、第1話のパク・セロイが長家会長の息子チャン・グンウォンのいじめを止めるシーンと対応している。
区長の娘は、ジャムパンじゃなく食パンを買ってきたことを理由にいじめる。
チャン・グンウォンは、イチゴ牛乳じゃなく牛乳を買ってきたことを理由にいじめている。
誰もが見て見ぬふりをしていないなか、パク・セロイとチョ・イソは行動する。
だが、ふたりの動機はまったく違う。
パク・セロイは、財閥二世だからといって見て見ぬふりをすることはできない。正義感から行動する。
チョ・イソは、自分のペンを取られて、せっかく寝ていたところを起こされたので動いた。自分にとって不快だったからだ。
行動のしかたも違う。
パク・セロイは、真正面からぶつかる。長家会長の息子チャン・グンウォンのいじめを止めて、やめろと言う。殴る。
チョ・イソは、いじめを止めたりしない。その様子をスマホで撮影して拡散する。

学生時代のオ・スア。長家の社員になる/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

善人と悪人の基準を気にしない

構造的格差に対するパク・セロイとオ・スアとチョ・イソの対応は、三者三様でまったく違う。
パク・セロイは、自分の信念を貫く。長家の恩恵を拒絶する。頭を下げれば許してやるという申し出を頑なにはじき返す。
オ・スアは、自分の正義に基づいて受け入れる。長家会長の奨学金も、偽証と引き換えではないことを確認したうえで受ける。そして、オ・スアは長家の社員になる。
チョ・イソは、パク・セロイの拒絶でもなく、オ・スアの妥協でもない選択肢を示している。「空気を読まない」という態度だ。
「大人で区長の妻だから叩かれても黙って我慢しろと?」
相手が誰だろうと我慢しない。気に入らない者は気に入らない。目上だろうが気に入らない人物には平手打ちで返す。
バイクの急ブレーキでふっとんだチョ・イソをキャッチしたパク・セロイは、チョ・イソにとって命の恩人だ。パク・セロイとチョ・イソ、二度目の出会いだ。にもかかわらずパク・セロイの宣伝方法を「今どき着ぐるみとチラシで?」とずけずけと批判する。横にいるチャン・グンスは、あわてて「やめろよ」と止めるが、パク・セロイは気にもしてない様子で「じゃあ?」とどうすればいいか聞く。それを遮って、チャン・グンスが「すみません彼女はソシオパスなのでご理解ください」と言う。
ここで、チョ・イソとパク・セロイは似たもの同士だ。ちゃんと話すのは初めての相手に対して、気をあまり使わないのだ。
「人は誰でも自分なりに考えて判断するわ。だから善人と悪人の基準は曖昧なの。だけど秀でた人の基準は明確よ、数字で表されるから」
回想シーンでチョ・イソの母親が彼女にむかって語る言葉は、チョ・イソの信条を示しているといっていいだろう。
パク・セロイも、善人と悪人の基準を気にしない。彼は自分の信念に基づいて行動する。
チャン会長は、パク・セロイにとって倒すべき存在であり、悪の象徴だろう。だが、店をはじめるにあたって、チャン会長の自叙伝をバイブルにする。「チャン会長の自叙伝をよく読んだ。すごい人だな」とオ・スアに語るのだ。

パク・セロイは権力に忖度しない/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

「半沢直樹」との大きな違い

似たもの同士のパク・セロイとチョ・イソの違いが、はっきりと示されるのは第3話のラストだ。
未成年であるチョ・イソが飲酒したせいで、店が2カ月も営業停止になってしまうかもしれないという場面。
警察署に、長家会長の息子チャン・グンウォンがやってくる。
すると、いままで強硬だった警察官が、急に忖度して、正義を曲げ始める。
「常務のご友人なら便宜を図れます。ご心配なく」
これに対して、タンバムのスタッフのチェ・スングォンをいままでなだめていたパク・セロイは激怒する。

パク・セロイは、権力に忖度して自分を曲げることが許せないのだ。
一方で、チョ・イソには、それが理解できない。
「あの人が助けてくれるのに何が問題なの?」とパク・セロイに問い、「店が潰れることよりプライドが大事?」と言う。
「1回だけ我慢すれば…」というチョ・イソに対して、パク・セロイは叫ぶ。
「1回だけ? 今1回 最後に1回 もう1回 一瞬は楽になる。だけど繰り返すうち人は変わる」
ここが、よく似ているといわれる「半沢直樹」との大きな違いだろう。
「半沢直樹」は、パワーに対して、パワーで返す。何かを強要され、屈辱的な気持ちで頭を下げたり、言葉を絞り出したりする。全員が「やられたら、やり返す。倍返しだ」のスピリッツでのパワー合戦だ。
だが、パク・セロイには「やられたら」がない。強要されても拒絶する。頭を下げないし、自分を曲げない。もし、パク・セロイが東京中央銀行にいたら1話目で出向になり2話目でクビになっているだろう。いったん「やられ」てから、倍返しするのではなく、自分の信念を貫き通すのだ。
「半沢直樹」が権力争いのなかで、真実や誠実さも含めていかに権力的上位に位置するかを競う大合戦物語であるのに対して、「梨泰院クラス」は権力や忖度に対する応じ方をパク・セロイ(完全拒絶)、オ・スア(妥協受け入れ)、チョ・イソ(空気読まない)の3パターンに分け、その人間模様を描いた物語なのだ。

ソシオパス設定のチョ・イソは空気を読まない/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

■梨泰院クラス全話レビュー
1:「梨泰院クラス」会長は本当に悪でパク・セロイは本当に正義なのか? 全話徹底レビュースタート
2:「梨泰院クラス」2話。忖度で生み出される格差に抗うパク・セロイ
3:「梨泰院クラス」3話。忖度社会に抗うための第3の方法
4:「梨泰院クラス」4話。パク・セロイとオ・スアとチョ・イソの恋のトライアングルバトル勃発
5:「梨泰院クラス」5話。パク・セロイとオ・スアのキスにチョ・イソディフェンス発動
6:「梨泰院クラス」6話。最大の疑問。パク・セロイはなぜオ・スアをタンバムに呼ばなかったのか
7:「梨泰院クラス」7話。パク・セロイ、会長に宣戦布告、土下座して罪を償え
8:「梨泰院クラス」8話。大金を得たセロイは、なぜ会長のようにならないのか
9:「梨泰院クラス」9話。パク・セロイ、オ・スア、チョ・イソの恋と権力のトライアングル
10:「梨泰院クラス」10話。権力か家族か。決断を迫られる会長、迫るセロイ
11:「梨泰院クラス」11話。チョ・イソ告白シーンでわかるパク・セロイが恋愛に鈍感な理由
12:神回「梨泰院クラス」12話。恋愛から逃げるパク・セロイ、「最強の居酒屋」から逃げないマ・ヒョニ
13:「梨泰院クラス」13話。パク・セロイが愛したのはスアでもイソでもない。会長だ
14:「梨泰院クラス」14話。パク・セロイがオ・スアを捨て、チョ・イソを選んだ愛の理由
15:「梨泰院クラス」15話。結局、会長もパク・セロイもマッチョなのだ。次回最終回
16:「梨泰院クラス」最終話。パク・セロイ「夢みていた光景なのに心の底から喜べない」

「梨泰院クラス」
演出:キム・ソンユン
原作脚本:クァンジン
キャスト:パク・ソジュン パク・セロイ役、キム・ダミ チョ・イソ役、ユ・ジェミョン チャン・デヒ役、アン・ボヒョン チャン・グンウォン役、クォン・ナラ オ・スア役、キム・ヘウン カン・ミョンジョン役、イ・デビッド イ・ホジン役、ソン・ヒョンジュ パク・ソンヨル役、ユン・ギョンホ オ・ビョンホン役
オープニング曲:ハ・ヒョヌ「Stone」
エンディング曲:Gaho「Start」

ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
ドラマレビュー