「梨泰院クラス」最終話。パク・セロイ「夢みていた光景なのに心の底から喜べない」

世界最大の動画配信サービス、Netflixで大人気の韓国ドラマ「梨泰院クラス」を全話レビュー。気になるけれどまだ見ていない人はこれを機にチェックしてみては。いよいよ最終回の16話。長家の会長デヒとパク・セロイ、最終的にどちらに軍配が上がるのか……。

情けなくてたまらない

「梨泰院クラス」第16回、ついにラストだ。
パク・セロイは拉致されたイソの居場所を聞き出すために、長家会長デヒの前で土下座をする。
「どうしだんだ。信念はどこへ行った? こんなことで土下座とは。負けを認めるんだぞ」

それに対してパク・セロイはこう言う。
「僕を地獄に突き落とした人でありながらすごい男でした。価値観は違えどもリスペクトしてました。だからあんたに勝つことに人生の全てを賭けた。この戦いには、それだけの価値があった。それほどの男が勝つために人質事件を利用するとはね。こんな老いぼれのあとを十数年も追ってきたとは情けなくてたまらない」

拉致されたチョ・イソは、長男グンウォンのもとから脱走する。
助けにきたパク・セロイは、イソと出会い、「心から愛している」と告白し抱きしめる。

君にひどいことをした。悪かった

結局、警察・検察が入り、長家は崩壊する。
デヒ会長も出頭することに。
「俺一人で罪を被ればいい」

ところが、理事会は長家の売却を検討しているという。
「いい条件で買収してくれる会社が1社あります」
そう、タンバムである。
それだけはさせぬとデヒ会長は、さまざまなところに助けを求めるが、すべて断られる。

「変わり身が早い。半年前までへいこらしていたヤツらが……」
金貸しのおばさんキム・スンレにも言われてしまう。
「結局は利益でのみ結ばれた関係だったのさ。だから価値が落ちたら簡単に切れてしまう」

人生の最後でたいへんなことになる会長/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

デヒ会長は、パク・セロイの店タンバムを訪れる。土下座をし、謝罪する。
「パク部長と君にひどいことをした。悪かった」

だが、パク・セロイは、長家の買収をやめない。
「僕は商売人です。全てを失った人から謝罪されたところで買収を取りやめるとでも? これはビジネスです。会長」

パクセロイのここでの「これはビジネスです」という言葉は、長家を買収したあとに社員に向かって語る言葉と対照的だ。
「商売で最も大事なのは人と信頼です。お金より人を大事にします。利益より信頼に重点を置きます。皆さんと共に、もう一度新たな繁栄を目指しましょう」

好きな四字熟語がありますよね

正直に書こう。最初「梨泰院クラス」を観たときは、「半沢直樹+ワンピース」の熱血と「懐かしの少女漫画胸キュン」的な興奮で観てしまった。
再度、観返して、「あれ、それだけじゃないな」と引っかかりを感じ、三度目で、パク・セロイの抱える矛盾に気がついた。
おそらく製作者もその矛盾には自覚的で、そこから可能な限り逃げないようにして(いくらでも誤魔化す方法はあったはずなのにそれをせず)、同時に物語としてもしっかり盛り上げた。

次男チャン・グンスは、デヒ会長に言う。
「父さん。好きな四字熟語がありますよね。弱肉強食。言葉のとおり弱い僕たちは食べられました」

ここで、強者はもちろんパク・セロイであり、弱者はデヒ会長だ。
パク・セロイは、弱者を食らう強者となっていた。実際に、泣きながら謝罪するデヒ会長の願いを退けて、長家を食らった(買収した)。
長家を超える外食産業のトップに立ち、長家会長に復讐をすることが、パク・セロイの願いであったが、それによって彼は幸せになったのか。そうではないことは、デヒ会長の土下座シーンでパク・セロイが語っている。
「夢みていた光景なのに心の底から喜べない」

パク・セロイは、デヒ会長が権力によって周囲に忖度させ抑圧している世界を憎んでいた。憎んでいたはずなのに、同じ「弱肉強食」の土俵で戦い、強者になっていったのだ。
強者であり、周りが忖度してしまうデヒ会長と、同じ立場にたどり着いてしまった。

もちろんパク・セロイは、その強者の立場を「悪用」しようとしない。それどころか、強者であることに矛盾を感じてさえいる。少なくとも「幸せ」だとは思っていない。

パク・セロイのたどり着いた場所は?/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

タンバムの屋上で、5人だけで

エンディングの場面を、盛大なパーティーで派手に盛り上げなかったことも象徴的だ。
すべての戦いが終わり、セロイたちがパーティーをしている。
場所は、巨大企業になったIC社の会場ではない。それどころか、小さな小さな居酒屋タンバムの小さな屋上で、初期メンバーであるチェ・スングォン、マ・ヒョニ、キム・トニー、チョ・イソと、パク・セロイのたった5人だ。

拉致の救出シーンで、スングォンは、元親分に「やはりお前にはこの世界が似合う」と言われて、「ホールスタッフが合ってる」と答える。いまやっているIC株式会社本部長ではなく、タンバムで働いていたころのホールスタッフが合っていると考えているのだ。
パク・セロイとその仲間たちは、外食産業トップの巨大企業の強者ではなく、小さくまだ弱弱しかったあのころの幸せを取り戻そうとするかのように、タンバムの屋上で、5人だけで歌い語り合う。

デヒ会長との戦いに囚われなければ、パク・セロイは、信頼で結ばれた4人の仲間と、もっとはやく幸せをみつけられたのではないだろうか。

■梨泰院クラス全話レビュー
1:「梨泰院クラス」会長は本当に悪でパク・セロイは本当に正義なのか? 全話徹底レビュースタート
2:「梨泰院クラス」2話。忖度で生み出される格差に抗うパク・セロイ
3:「梨泰院クラス」3話。忖度社会に抗うための第3の方法
4:「梨泰院クラス」4話。パク・セロイとオ・スアとチョ・イソの恋のトライアングルバトル勃発
5:「梨泰院クラス」5話。パク・セロイとオ・スアのキスにチョ・イソディフェンス発動
6:「梨泰院クラス」6話。最大の疑問。パク・セロイはなぜオ・スアをタンバムに呼ばなかったのか
7:「梨泰院クラス」7話。パク・セロイ、会長に宣戦布告、土下座して罪を償え
8:「梨泰院クラス」8話。大金を得たセロイは、なぜ会長のようにならないのか
9:「梨泰院クラス」9話。パク・セロイ、オ・スア、チョ・イソの恋と権力のトライアングル
10:「梨泰院クラス」10話。権力か家族か。決断を迫られる会長、迫るセロイ
11:「梨泰院クラス」11話。チョ・イソ告白シーンでわかるパク・セロイが恋愛に鈍感な理由
12:神回「梨泰院クラス」12話。恋愛から逃げるパク・セロイ、「最強の居酒屋」から逃げないマ・ヒョニ
13:「梨泰院クラス」13話。パク・セロイが愛したのはスアでもイソでもない。会長だ
14:「梨泰院クラス」14話。パク・セロイがオ・スアを捨て、チョ・イソを選んだ愛の理由
15:「梨泰院クラス」15話。結局、会長もパク・セロイもマッチョなのだ。次回最終回

「梨泰院クラス」
演出:キム・ソンユン
原作脚本:クァンジン
キャスト:パク・ソジュン パク・セロイ役、キム・ダミ チョ・イソ役、ユ・ジェミョン チャン・デヒ役、アン・ボヒョン チャン・グンウォン役、クォン・ナラ オ・スア役、キム・ヘウン カン・ミョンジョン役、イ・デビッド イ・ホジン役、ソン・ヒョンジュ パク・ソンヨル役、ユン・ギョンホ オ・ビョンホン役
オープニング曲:ハ・ヒョヌ「Stone」
エンディング曲:Gaho「Start」

ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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