「梨泰院クラス」8話。大金を得たセロイは、なぜ会長のようにならないのか

世界最大の動画配信サービス、Netflixで大人気の韓国ドラマ「梨泰院クラス」を全話レビュー。気になるけれどまだ見ていない人はこれを機にチェックしてみては?パク・セロイが金を使って権力関係を支配しようとする8話。「チャン会長とは正反対のやり方」とは?

「セロイの過去を知ってるでしょ。チャン会長とは正反対のやり方で自分を証明したいのよ」
オ・スアのセリフだ。
「チャン会長とは正反対のやり方」とは何か?
それをはっきりと示すのが、第8話だ。

「梨泰院クラス」全話レビュー、第8話。「梨泰院クラス」、読み方はイテウォンクラス。「梨泰院」は韓国の街の名。
主人公は、パク・セロイ。
第1話で、彼は学生で、長家の長男のいじめを止めるために殴ったため、退学になる。
しかも父親を失う。長家の長男がひき殺してしまうのだ。
だが、長家の会長チャン・デヒは、権力を使って長男の罪をもみ消す。
パク・セロイは刑務所に送り込まれる。
金もなく権力もないパク・セロイは、権力に一度も屈することもなくチャン・デヒを倒すために突き進む。
というのが、「梨泰院クラス」の物語の骨格だ。

みんなの信頼が僕を強固にしてくれる

「梨泰院クラス」は物語的に「第6話」で危ない綱渡りをはじめた。
パク・セロイが、19憶ウォン(約1億9千万円)の資産を持っていることが判明するのだ。
父親の保険金を資金に、イ・ホジンが株式運用で増やしていたのである。
「金もなく権力もないパク・セロイ」が、「金はある」になってしまった。
しかも、いちからスタートして居酒屋で儲けたのならまだしも、(いままではっきりとは示されなかった)株式運用で、だ。
第7話、「梨泰院クラス」は、さらに危ない橋を渡る。
パク・セロイは、長家の株を買い占めて、チャン・デヒを追い払おうとするのだ。
「金もなく権力もないパク・セロイ」だったセロイが、金を使って権力関係を支配しようとしているのだ。
そのおかげで、パク・セロイがなりふり構わぬ攻勢に出た切迫感が表現され、物語がドライブした。
いっぽうで、パク・セロイ像が少しブレてきた。
このまま金を使ってチャン・デヒを追い出しても、物語としてはすっきりしない(ので、当然、この作戦は失敗する)。

そして、第8話だ。
物語をドライブさせたまま、パク・セロイの信念と、チャン・デヒの信念を対比させてみせた。
パク・セロイの「チャン会長とは正反対のやり方」が何かをはっきりと示した。

パク・セロイの居酒屋「タンバム」が入居するビルのオーナーが変わる。
新しいオーナーに電話をすると、その相手はチャン・デヒ会長だったのだ。
「乱暴なしつけですね」とセロイは言う。

チャン・デヒ会長のところへ来たパク・セロイは、こう言われる。
「君が苦労して築いたものを俺は一瞬で壊せる。それこそ強さだ」
チャン・デヒは、自分の権力と金で周りを支配できることを「強さ」だと宣言する。
「土下座して謝れば過去のことは見ずに流そう。これ以上何も奪わない」とまで言う。
チャン・デヒ会長は、自分に逆らわず支配下でおとなしくしているのであれば、悪いようにしないと言うのだ。
パク・セロイは、「真の強さとは人から生まれます。みんなの信頼が僕を強固にしてくれる」と語る。
「商売できなければ人もいなくなるぞ」と詰め寄るチャン・デヒ。
「人がいるから商売できるのです」と答えるセロイ。
「強さとは何か?」の答えが、まったく正反対であることが示され、セロイがさらにこう言う。
「悪縁を断ち切りたいなら方法を教えてあげましょうか。あんたがすべての罪を償い土下座すればいい」
この悪縁が「どちらかが最後に土下座することで決する」というエンディングが示された瞬間だ。

チャン会長「商売できなければ人もいなくなるぞ」/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

泣き出すイソにパク・セロイは……

イソの誘導で、グンスが店を辞めると言い出す。長家のもとにもどって、父親チャン・デヒと取引するのだ。
そうしないと何億ウォンも損することになる。
「商売とは利益の追求が…」と言うイソに対して、「俺は それが商売ならやらない」と声を荒げるセロイ。
「私は社長が損をするのはイヤなんです」と泣き出すイソ。
ここで、セロイとイソの気持ちのズレがはっきりする。
イソは、パク・セロイに恋していて、パク・セロイしか眼中にない。だからグンスに辞めてもらって、社長の店を続けようと画策する。
だが、パク・セロイは、仲間との信頼を第一にしている。だから、損しようとも仲間を切ることはしない。
「私はただ社長のためを思って」
「なぜだ。俺のためにすることが俺の仲間を切ることか?」
ここでも、パク・セロイの信念が、チャン・デヒの信念と対比的に示される。
パク・セロイは仲間が第一であり、チャン・デヒは長家の商売(自分の権力)が第一なのだ。
とうとう「ビルを買う」というすごい作戦(現実的な代案!)を、パク・セロイが出す。
借りるから奪われるのだ。だから、株を買い占めようとした資金を引き揚げて、ビルを買う、と。
めちゃくちゃ上手い物語構成。
ビルを買うという奇策を成立させるためには資金が必要だ。だが、そんな資金を持っているのは不自然だ。だから、その前に、長家の株買い占め作戦で物語を盛り上げながら、株式運用で資金を持っていることを示しておいたのだ。
「ビルを買う」という決断を示してまた盛り上げる。その資金も、ちゃんとある。株の買い占め(パク・セロイらしからぬ方法!)を断念すればいいのだ。これによって、あくまでも屈せず長家に抗うというパク・セロイらしさがもどってきて、よりいっそう観てる者に印象づけた。

パク・セロイ「人がいるから商売できるのです」/Netflixオリジナルシリーズ「梨泰院クラス」独占配信中

第8話のラスト。パク・セロイとカン専務が語り合う場面で、改めてセロイの信念が語られる。
「僕と仲間が誰にも脅かされないよう、自分の言葉や行動に力が欲しい。不当なことや権力者に振り回されたくない。自分の人生が主体であり、信念を貫き通せる人生。それが目標です」
権力と金を使って周りを支配するチャン・デヒと、自分と仲間が権力に振り回されないように力が欲しいと願うパク・セロイ。
はっきりとした対立軸を示して、ドラマはいよいよ最後の対決へ! と展開しそうなところだが、一筋縄ではいかない「梨泰院クラス」は、さらに凄い展開にねじれていく。
もはやパク・セロイは前半で見せたピュアな「金も権力もない正義漢」ではいられない。
少なくとも金はある。権力は、どうか?

■梨泰院クラス全話レビュー
1:「梨泰院クラス」会長は本当に悪でパク・セロイは本当に正義なのか? 全話徹底レビュースタート
2:「梨泰院クラス」2話。忖度で生み出される格差に抗うパク・セロイ
3:「梨泰院クラス」3話。忖度社会に抗うための第3の方法
4:「梨泰院クラス」4話。パク・セロイとオ・スアとチョ・イソの恋のトライアングルバトル勃発
5:「梨泰院クラス」5話。パク・セロイとオ・スアのキスにチョ・イソディフェンス発動
6:「梨泰院クラス」6話。最大の疑問。パク・セロイはなぜオ・スアをタンバムに呼ばなかったのか
7:「梨泰院クラス」7話。パク・セロイ、会長に宣戦布告、土下座して罪を償え
8:「梨泰院クラス」8話。大金を得たセロイは、なぜ会長のようにならないのか
9:「梨泰院クラス」9話。パク・セロイ、オ・スア、チョ・イソの恋と権力のトライアングル
10:「梨泰院クラス」10話。権力か家族か。決断を迫られる会長、迫るセロイ
11:「梨泰院クラス」11話。チョ・イソ告白シーンでわかるパク・セロイが恋愛に鈍感な理由
12:神回「梨泰院クラス」12話。恋愛から逃げるパク・セロイ、「最強の居酒屋」から逃げないマ・ヒョニ
13:「梨泰院クラス」13話。パク・セロイが愛したのはスアでもイソでもない。会長だ
14:「梨泰院クラス」14話。パク・セロイがオ・スアを捨て、チョ・イソを選んだ愛の理由
15:「梨泰院クラス」15話。結局、会長もパク・セロイもマッチョなのだ。次回最終回
16:「梨泰院クラス」最終話。パク・セロイ「夢みていた光景なのに心の底から喜べない」

「梨泰院クラス」
演出:キム・ソンユン
原作脚本:クァンジン
キャスト:パク・ソジュン パク・セロイ役、キム・ダミ チョ・イソ役、ユ・ジェミョン チャン・デヒ役、アン・ボヒョン チャン・グンウォン役、クォン・ナラ オ・スア役、キム・ヘウン カン・ミョンジョン役、イ・デビッド イ・ホジン役、ソン・ヒョンジュ パク・ソンヨル役、ユン・ギョンホ オ・ビョンホン役
オープニング曲:ハ・ヒョヌ「Stone」
エンディング曲:Gaho「Start」

ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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