家族で考える2020年冬ドラマ考察

向井理のダメ父にイライラ「10の秘密」と「テセウスの船」の共通点【家族で考える2020年冬ドラマ考察02】

話題のドラマのレビューを始めます。人気ライターが放送されたばかりのドラマを徹底解説。ドラマが支持される理由や人気の裏側を考察し、紹介してくれます。「家族で考える冬ドラマ」では、今年の冬ドラマで描かれる「家族」についてフィーチャーして考えていきます。今回は「10の秘密」と「テセウスの船」の共通点について考察します。

シングルファーザー世帯とシングルマザー世帯の収入格差

ドラマでの家族の描かれ方には、その時代の家族像が反映されるもの。表向きには「家族」をテーマに掲げていないドラマにだって「2020年の家族」の姿がじんわりと滲み出る。

向井理主演の「10の秘密」もそんなドラマのひとつ。誰もが隠し持っている「秘密」をテーマにしたサスペンスミステリーだ。

主人公の白河圭太(向井理)は14歳の娘、瞳(山田杏奈)と暮らすシングルファーザー。上昇志向の強い妻の由貴子(仲間由紀恵)と離婚し、男手ひとつで娘を育ててきた。彼のポリシーは「娘第一主義」。幼い娘の送り迎えのために自分の夢を諦めて転職し、それ以降も飲み代を削ってまでして娘に投資し続けてきた。もちろん家事は彼がやっている。

なかなかよくできた男じゃないか、と思う一方で、世のシングルマザーたちはこれぐらいのことを当たり前のようにやっていることに気付かされる。というか、シングルマザー世帯はさらに過酷だ。

厚生労働省が行った平成28年の「全国ひとり親世帯等調査」によると、シングルマザー世帯の80.6%は就業している(正社員は44.2%)が、世帯の平均年間収入は348万円。それに対してシングルファーザー世帯の就業率は86.3%(正社員は68.6%)で、世帯の平均年間収入は573万円。実に200万円以上の年収の格差が生じている。主人公たちが住む真新しい一軒家を見るにつけ、彼らは経済的には十分恵まれていると感じる。

 

白河圭太(向井理)の「ダメ父」ぶり

ある日突然、娘の瞳が誘拐されるところからドラマは始まる。なんとか愛する娘を奪還しようとする父親の圭太だが、別れた妻も含む家族それぞれが抱えていた「秘密」が火を噴き、大企業の陰謀も絡んで事態はしっちゃかめっちゃかに。第4話終了時点でストーリーはまったく先が読めない状態だ。

けっして高給取りのはずではないのにゆとりのある生活ぶりだったり、そのくせ火事の被害者家族に毎月けっこうな額を送金していたり、圭太のUSBの扱いが異様にトロかったり、いきなり何の説明もなくプロ級の似顔絵の腕前を見せたりと、ストーリー的には大小さまざまなツッコミどころのある本作だが、リアリティのある部分といえば、それはひとえに圭太の「ダメ父」ぶりにある。

まず10年以上も娘と二人きりで過ごしてきて、「俺は瞳のことは何でも知っている」と謎の少年・翼(松村北斗)に啖呵を切ったくせに、娘のことを何ひとつ理解していなかった。瞳は父親の知らないうちに塾も部活も辞めており、翼がピアノを弾くジャズバーに通い詰めていたのだ。

父親が思春期の娘のことを理解できないのはよくあること。それよりも、自分が娘のことをわかっていないことをわかっていないほうがヤバい。父親としての自己満足が優先してしまっているのだろう。

そのわりには瞳には秘密を隠し持っており、常にいい顔をし続けて「理想の父親像」「理想の父娘像」を維持し続けようとする。娘が一度誘拐されて帰ってきた後も、何食わぬ顔で以前のような生活を続けようとしていた。家族の秘密を知りつつある娘はそんな父親の姿勢に不信感を募らせ、ついには家を出ていってしまう。

幼い頃、瞳は別荘地で死者が出るほどの火事を起こしてしまったことがあった。圭太はそのことを隠し続けようとしたが、それよりも素直に自分たちの罪を詫び、娘の心のケアをするのが父親の務めだろう。だが、圭太は自分の建築士になる夢のために「秘密」にしたと告白していた。圭太は世の中にいい顔をするためにすべてを先送りにする男なのだ。

父と娘の断絶はいつの時代のドラマでもよく見られるテーマだが、「10の秘密」の父親はいとも簡単に経済的に追い込まれてしまうところが今の時代を象徴している。目先の金欲しさに不正に手を染めた圭太は、あっさりと会社を懲戒解雇されてしまうのだ。

母親(名取裕子)に借金を申し出ようとするが拒絶され、巨大企業を脅迫しようとして社長の長沼(佐野史郎)と部下の宇都宮(渡部篤郎)に門前払いされてしまい、しぶしぶハローワークに出向いたりする。そして、そのことも娘の瞳にはなかなか言おうとしない。ようやく告白するも、時すでに遅し。父親の泥縄ぶりに、告白を聞いていた娘の表情がどんどん険しくなっていくのがリアルだった。

 

家族だからこそ、わからない

「あたり前でしょ! 家族だからこそ、わからないことだってある!」

これは父娘の理解者である菜七子の言葉。一緒に暮らしている血のつながった家族だからといって、わかりあえているとは限らない。むしろ、近すぎてわからなくなる可能性だってある。父親の圭太は娘の瞳のことがわからないし、娘だって父親の本心がわからない。元妻だって何を考えているかまったくわからない。圭太は実の母親とだって理解しあえているようには見えない。

これが会社の同僚や上司、あるいは部下なら、仕事をスムーズに運ぶために相手の気持ちや考えを察したりすることもあるだろう。だけど、家族相手にはそういうことをしない人が多い。そこには「家族だからわかりあえる」「血がつながっているからわかりあえる」という考え方がある。でも、それは間違い。

圭太が家族とわかりあえないのは、彼が家族のことをわかろうとしていなかったから。家族だから、わからない。家族だからこそ、わかろうとしなければならない。

「好感度は高いけど心の奥底が今ひとつ見えない男」を演じる向井理の演技が本当に自然すぎて上手いため、視聴者がイライラを募らせているが、それもきっと計算のうちだろう。「10の秘密」は「イヤミス(イヤな気分になるミステリー)」じゃなくて「イラミス」だ。

家族が危機に瀕したとき、頼りない父親が的はずれなことばかりして危機が深まっていくところは「テセウスの船」とちょっと似ている。家族は簡単にバラバラになるし、父親はどうにも頼りにならないのが今の時代なのかもしれない。どちらのドラマも父親が奮闘してここから挽回していくところが見どころだろう。

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
イラスト、イラストレビュー、ときどき粘土をつくる人。京都府出身。
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