家族で考える2020年冬ドラマ考察

前田敦子「伝説のお母さん」に戦慄。クズ夫「ウンチオムツ替えんの、男には無理」【家族で考える2020年冬ドラマ考察03】

人気ライターが放送されたばかりのドラマを徹底解説。ドラマが支持される理由や人気の裏側を考察し、紹介してくれます。「家族で考える冬ドラマ」では、今年の冬ドラマで描かれる「家族」についてフィーチャーして考えていきます。今回は前田敦子さん主演の「伝説のお母さん」。ファンタジーRPGの形を借りながら、現代の日本社会の中で悪戦苦闘を強いられる子を持つ母親を描いています。NHKの攻めた枠のドラマ、気になるその展開は?

ワンオペ育児の過酷さとリアルさ

ドラマでの家族の描かれ方には、その時代の家族像が反映される。表向きには「家族」をテーマに掲げていないドラマにだって「2020年の家族」の姿がじんわりと滲み出る。

前田敦子主演「伝説のお母さん」は、ファンタジーRPGの形を借りた子育てドラマ。かつて魔王を倒した伝説の魔法使いメイ(前田)が、復活した魔王討伐のパーティーに参加しようとするが、ワンオペで子育て中の8か月の赤ちゃんを抱えて右往左往することに……という物語。

とはいえ、本気でファンタジー要素を期待すると肩透かしを食うことになる。演出も脚本もコミカルなので、人気を博した「勇者ヨシヒコ」シリーズを彷彿とさせるが、あくまで主眼は現代の日本社会の中で悪戦苦闘を強いられる子を持つ母親を描くこと。そして、彼女をとりまく社会状況への辛辣な風刺もたっぷり盛り込まれている。

原作は小1と3歳の子どもを育児中のかねもとによる同名のコミック。ドラマで描かれているワンオペ育児の過酷さとリアルさに、子育てを過去に経験した母親、あるいは絶賛子育て中の母親はすさまじいほどの共感を示し、これから子育てしようとしている女性は怒りと恐怖に打ち震えている模様。

 

恐るべきクズ夫・モブくん

視聴者のヒートを一身に集めているのが、メイの夫のモブくん(玉置玲央)だ。「あなたの力は、家に眠らせておくにはもったいない」という殺し文句で士官のカトー(井之脇海)に誘われたメイは魔王討伐に意欲を燃やすが、モブくんはあっさり却下する。

「無理じゃん。赤ちゃんいるし、俺も仕事あるしさ」

国王(大倉孝二)の奸計によって会社をクビになったモブくんは、「俺が専業主夫になればいいってことだろ」と一度は育児を引き受けてメイを大いに喜ばせるが、初日からすさまじい育児放棄っぷりを見せてしまう。まず、離乳食とミルクを作っていない時点で言語道断だが(赤ちゃんにごはん食べさせろよ!)、オムツも替えておらず、泣いている赤ちゃんは放置したまま。その上、メイにこう言い放つ。

「だってお前、おしっこならまだいいけど、ウンチのオムツ替えんの、男にはハードル高えだろ?」

あらためて書き起こすと、ものすごい破壊力。自分の子どものオムツを替えるのに男も女も関係ない。ウンチのオムツが臭いのも、男も女も関係ない。だけど、たしかにこんな言葉が普通に語られていた時代が、ちょっと前まであった。今もこう思っている男性は少なくないかもしれない。そのリアルさが見るものの背筋を凍らせる。

タバコの吸い殻を放置し(赤ちゃんが口に入れそうになる! 死んじゃう!)、メイが怒ると「うるさいな!」と逆ギレ。すぐさまヘッドフォンをしてゲームをやろうとするのだから、夫として、父親としてではなく、人として最悪。とどめとばかりにこんなことまで言う。

「仕事はお前じゃなくてもいいじゃん。でもさ、子育てはさ、絶っっっ対に男親じゃなくて母親のほうがいいと思うんだよ。母親の代わりは誰にもできないだろ? そんじゃ頼むわ」

1話のこのシーンのたたみかけが本当にすごかった。ユースケ・サンタマリアを若くした雰囲気の玉置玲央の声のトーンが、まったく悪気なさそうなのもひたすら怖い。

 

「子育てを後回しにした人類の負けですね。おとなしく滅びましょう」

モブくんのようなクズ男がどれだけいるかはわからないが(いることはいると思う)、子育ては父親じゃなくて母親の仕事だと心の底から考えている人たちは、今の日本に少なからずいる。実際、伝説のパーティーに参加した若手のクウカイ(前原瑞樹)も、「子どもにとっても、お母さんと一緒にいられるって幸せっスから」とカジュアルに言い放っていた。彼は4話で「普通、結婚したら子ども作るでしょ!」と婚約者のポコ(片山友希)に言ってブチ切れられていた。そりゃそうだ。

保育園を整備するのを怠っているのに、女性に仕事での活躍を求める自分勝手で愚かな国王の姿は、現在の政治家そのまんま。魔界が「待機児童0」を目指して保育園を拡充し、同じく子育て中の伝説の勇者・マサムネ(大東駿介)が魔界に寝返ってしまう展開も笑えるけど笑えない。

人間界の人口を減らしている「ショーシカ」(という魔獣だと魔王は勘違いしている)は、人間たちの間の「子の世話はメスがするべきという空気」が生み出しているという指摘や、同じ理由で発生している「マミートラック」の解説も的確だった。

原作者のかねもとは、5歳と1歳の子をワンオペで育てているとき、毎日落ち込んで泣いていたが、「保育園落ちた日本死ね」というブログが話題になった頃から徐々にSNSの「空気」が変わって行政も動き、行政も動き、子どもも保育園に預けられるようになって助かったと語っている(ZXY「『子育てしながら在宅ワーク』って実はけっこうハードル高い!? 追い詰められた経験者に聞く」より)。

コミカルな味付けのドラマだが、作品の根っこには「保育園落ちた日本死ね」というフレーズがあるように感じる。1話で役所に駆け込んだメイに、担当者のビアンカ(島田桃依)が告げた言葉も印象的だ。

「子育てを後回しにした人類の負けですね。おとなしく滅びましょう」

子育てを後回しにしたのは、母親たちではなく、父親たちであり、社会全体だろう。行政のサポートを得つつ、家族で協力し合いながら働き、協力し合いながら子育てをする。向き、不向きがあるなら、お互いにカバーし合わなきゃいけない。そうでもしなきゃ回っていかないのは、子育て経験者なら重々承知のこと。でも、それがわかっていない人と一緒に子育てするのは、つらい。

さまざまな問題を突きつけながら進む「伝説のお母さん」だが、最大の難題は魔王討伐ではなく、モブくんの内面的な成長だろう。メイとモブくんとさっちゃん(赤ちゃん)の家族はどんな形になっていくのか。今後の展開から目が離せない。未婚の女性なら、結婚を考えている相手の男性と一緒に観るのもいいかもしれない。

ちなみに「伝説のお母さん」が放送されているNHK土曜夜11時30分からの「よるドラ」枠は、これまで「腐女子、うっかりゲイに告る」や「だから私は推しました」などを放送してきた「攻めた」枠。……と思って「伝説のお母さん」の公式サイトを見たら「いま最も攻めてる!」と書いてあった。なるほど、確信犯なわけね。

「伝説のお母さん」
NHKよるドラ 土曜夜11:30〜
https://www.nhk.or.jp/drama/yoru/densetsu/

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
イラスト、イラストレビュー、ときどき粘土をつくる人。京都府出身。
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