「麒麟がくる」全話レビュー25

【麒麟がくる】第25話。危険な織田信長に口説かれる光秀「わしは皆が喜ぶ顔をみるのがこのうえなく好きなのだ」

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。25話で迎えた明智光秀のターニングポイントとは。

信長をその気にさせようと言葉を尽くす光秀

永禄9年、覚慶(滝藤賢一)は還俗して足利義昭になり、朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)の助けを求めて越前に向かったが、手前の敦賀で足止めをくらう。それを知った明智光秀(長谷川博己)は、義景に覚慶の可能性を聞かれたとき「あの男はいかがかと存じます」と言っちゃったからかな?というような顔をしているように見えた。光秀くん、未だ何者でもなく何も成してないけれど意外と偉い人たちに影響力ある。

大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK総合日曜夜8時〜)25回「羽運ぶ蟻」(脚本:前川洋一 演出:深川貴志)では、永禄10年、織田信長(染谷将太)がついに美濃を平定。それによって、光秀の母まき(石川さゆり)はようやく美濃の明智荘に戻ることができた。
光秀も一緒に戻っても良さそうなものだが、彼はまだ迷っている。そんな息子に母は「誇りをもって思いのままに」と励ます。

光秀は稲葉山城で信長に「わしに仕える気はないか」と誘われても即返事はできない。義輝(向井理)の考えに心酔し、仕えたいと思っていたので、彼亡き今、「自分でもどうしていいかわからない」。
信長も、この先、どうしていいかわからないと言いながら、今、闘う理由を語りだす。

「わしは戦が嫌いではない。今川義元を討ち果たしたとき みなが褒めてくれた。喜んでくれた。戦に勝つのはいいものだ。わしは皆が喜ぶ顔をみるのがこのうえなく好きなのだ。皆を喜ばすための戦ならいとわぬ」

この言葉を聞いた光秀の表情が印象的だ。皆に褒めてくれることを歓びとする信長の無邪気な危うさが気がかりなのかもしれないし、それを逆手にとって、戦の才のある信長をうまく機能させられるかもしれないと考えたのかもしれない。

「無駄な戦を終わらせる」「幕府を再興し、将軍を軸とした平かな世を畿内を中心に再び築くのです」と信長をその気にさせようと言葉を尽くし始める。
「武士が誇りをもてるよう」にしたら「皆は大いに喜ぶでしょう」
“皆が喜ぶ”という信長の大好きな餌をチラつかせると、信長はにやっとして食いついてきた。

光秀は、斎藤道三(本木雅弘)に言われた「大きな国を作る」こと、足利義輝に言われた「平らかな国を作る」こと。ふたりの尊敬する人物の意思を引き継ごうといよいよ動き出す。それには信長の力がなくてはならない。

「これぐらいか」「もっと」
「これぐらいか」「もっと」
「これぐらいか」「はい」
光秀と信長は目標に目を輝かせる。

「わしは神輿を担ぐぞ」と信長はやる気になった。

光秀の能力は頭の良さと口のうまさと、それによってえらい人に好かれるところであろう。そんな自分の特性を生かしてやりたいことをやれるときが来たことに本人気づいたのかどうか。目つきが鋭くなっていたから、ここが光秀のターニングポイントと言っていいのではないか。

義昭様は美しい神輿である

肝心の神輿こと義昭は、蟻が蝶の羽を運ぶ姿を見て「蟻は私だ。将軍という大きな羽はひとりでは運べん。しかし助けがあれば」と考えるようになる。

光秀は越前に戻り、義昭は聡明で力の強い者が支えればいい将軍になると、義景に説く。ちょうど松永久秀にも上洛するよう書状をもらっていた義景はその気に。

「義昭様は美しい神輿である」「神輿は軽いほうが良い」と言う義景の言葉はなかなか意味深だ。非業の死を遂げた兄の後を継いで僧から将軍になるという義昭の美しい物語は人々の心をくすぐるだろう。義昭本人は非力で野心もない。彼を担げば、自分たち武士の自由にできると踏んだのではないだろうか。そのときの義景は眼だけアップでなにごとか悪巧みをしているように見える(単に「半沢直樹」を意識しているだけだったりして)。

そして義景のこの考えは、光秀の信長に対する期待とも近い気がする。光秀も信長をうまく使って自分の理想を実現しようとしているのだから。

将軍の力が弱まったとき、次なる覇権を狙って武将たちの野心が大きな渦を巻き始めた。力づくだけではなく作戦を巡らして、天下をとるのは誰か。物語はいよいよ面白くなっていく。

武士たちが悪巧みをしているころ、駒(門脇麦)は相変わらず、無料でよく効く薬づくりに余念がない。その薬の人気に乗じて、又売りをしている少年を見つけて叱ろうとするが、東庵(堺正章)は「貧しい一家が飯を食えるんだ」「おまえの知らぬところで薬がひとり歩きして人を助けているわけだ。ああ、いい薬じゃないか」と心広い。そう聞いて駒も笑顔になる。
ほんとうにいい世の中づくりとは、この薬づくりのようなものではないか。それが庶民の生活から生まれてくるものであることが、24回で伊呂波太夫が自分や関白は武士ではないと言っていたことともつながっているように思う。武士による平和な国づくりを考える光秀にとってまったく皮肉な話ではあるが、光秀がことの本質に気づくときこそ、麒麟がくるときだ。

◆登場人物

明智光秀(長谷川博己)…越前で牢人の身。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。将軍とは名ばかりで、支えてくれる大名がいない。
謎のお坊さん覚慶(滝藤賢一)…じつは義輝の弟。僧になって庶民に施しをしている。
細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死する。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。義輝を狙っている?
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。光秀を慕っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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