「麒麟がくる」全話レビュー23

【麒麟がくる】第23話。夏は終わった、わしの夏は

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。台風の休止による1週空けて放送された第23話を振り返ります。

にやりとした顔がみごとなまでにサル顔

大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK総合日曜夜8時〜)23回「義輝、夏の終わりに」(脚本:池端俊策 演出:佐々木善春)はタイトルからして、足利義輝(向井理)がついに亡くなってしまうのか……と心して見た。

1564年永禄7年、将軍の威光がなくなった義輝の助けになってもらおうと、光秀(長谷川博己)は尾張・小牧城へ織田信長(染谷将太)を訪ねる。ところが、3年かかってもまだ美濃攻めに成功していない信長は上洛する気はなさそうで、光秀は落胆する。

光秀の相手をするのは、のちのち豊臣秀吉こと木下藤吉郎(佐々木蔵之介)。信長に呼ばれて「はーーーー はーーーー」と大声で言いながらスタスタスタと重心を低くして光秀のほうに寄ってくる動きがさすが身体能力の高い佐々木蔵之介。しかも、にやりとした顔がみごとなまでにサル顔になっていた。

藤吉郎はせっせと光秀をもてなしながら、こそっと義輝は闇討ちされる噂があると耳打ち。なんと裏で糸を引いているのは、あの松永久秀(吉田鋼太郎)であると聞かされた光秀は愕然となる。長谷川博己が がーーーん という顔をしていた。

登場人物たちの年齢を確認

史実では、光秀、信長、秀吉に順に年齢が若いが、佐々木・秀吉が1番上に見える。実際、俳優の年齢としては、佐々木、長谷川、染谷の順。いったいなぜ、このキャスティングなのか『麒麟がくる』の謎のひとつであるが、それはともかく、ここで今一度、『麒麟がくる』の登場人物たちの年齢を確認してみよう。

12話のレビューで、“光秀の生まれ年には諸説あるそうで1516年説と1528年説のふたつが有力らしい。『麒麟がくる』だと前者説を採っているようで、”と紹介した。

足利義輝は1536年生まれ。信長は1534年生まれ。秀吉が1537年。つまり、1564年時、義輝、信長、秀吉はアラサー。光秀はたぶんアラフォーである。

戦国時代と現代とでは環境が違い過ぎるので一概に比べることは難しいが、生きてきた時間に違いはない。義輝も信長も生まれてから30年くらいで一国を背負っていると知るとすごいことと思う。もちろん今、二十代、三十代で企業のCEOになって活躍している人もいるけれど、戦国武将はそれよりも責任が重そう。なにより多くの人の命がかかっている。
政治の世界に目をやると、2020年9月、発足したばかりの菅内閣の平均年齢が60.4歳。義輝たちとの年齢差に驚いてしまう。2倍ですよ、2倍。ちなみに若き将軍・義輝を狙っているらしき松永は1508年生まれで50代。疲れちゃっているのもわからないではない。

30歳前で国を平和にしようと心を砕いている義輝を誰も助けてくれない。傀儡でいればいいのに余計なことをしているというように邪魔者扱いされている。今の日本でがんばろうとする若者が抑圧されている現代を見るような思いで胸がつぶれそう。

足利義輝が主人公ではないにもかかわらず、わりと長めに彼の苦悩を描いているのは、若き将軍の心を今に届けたいという気持ちなのではないだろうか。

命を狙われているらしき義輝は、明け方? に目を覚まし、
「誰かある」「誰かある」「誰かある」と何度呼んでみても誰の声もなく、ただあやしい鳥の声が響くだけ。
誰もいない、宇宙にひとりいるような途方もない孤独が、向井理の全身から立ち上る。
向井は何かを考えに考えたすえ、手に負えない絶望と倦怠を回を追うごとに滲ませていく。

庭で白い光に包まれている義輝に、このまま暗殺シーンは描かず、死んでしまった後を描く斬新な演出かと思ったら、さすがにそうではなかった。

のちに、心配した光秀が二条御所に駆けつけたときには「夏は終わった わしの夏は」「もそっと早うに会いたかった。遅かった」と無念感を滲ませる義輝。このとき、烏帽子に庭は透けて見えて、まるで蝉の抜け殻のようだった。

やっぱり間に合わない光秀。もう何度目!

光秀は越前にとぼとぼ帰って、家の玄関の柱を触る。なつかしい我が家の中に入ると「国の外に振り回されるな。野心をもたずじっとしておれ。自分のうちが1番良いのだと」と煕子(木村文乃)に語る。

朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)がちゃんと家族の面倒を見てくれていたから、よけいにそう思ってしまったのであろうか。意外といい人に描かれている朝倉は1533年生まれでこのひともアラサー。ここもまたキャスティングの謎。信長と義輝と世代が近く見えない……。

三十代前後で、傀儡とはいえ将軍職、あるいは一国の主になっている人々に比べたら、光秀はアラフォーでまだ何もなし得ていない。22回であんなに都で自分の力をいよいよためそうと張り切ってきたのに! 主人公なのに、なんだかしょんぼり展開だけれど、これまた今の日本の未来に迷うアラフォー世代には刺さるのではないだろうか。

義輝と光秀は、麒麟がくる国――平和な国を作りたいと思っているだけなのに、仲間が集まらない。いまはまだ群雄割拠で、個々の国の繁栄ばかりが優先される。
「どの国からも戦がなくなれば良い」と光秀を内助の功で支える煕子(木村文乃)は言う。宮沢賢治が“世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない”という言葉を残しているが、そういう想いは叶うときがくるのか。2020年の今もまだ麒麟がきていない。

登場人物
明智光秀(長谷川博己)…越前で牢人の身。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。将軍とは名ばかりで、支えてくれる大名がいない。
謎のお坊さん覚慶(滝藤賢一)…じつは義輝の弟。僧になって庶民に施しをしている。
細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死する。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。義輝を狙っている?
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。光秀を慕っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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