「麒麟がくる」全話レビュー36

【麒麟がくる】第36話。公方と光秀、涙目の応酬「十兵衛は鳥じゃ かごから出た鳥じゃ」

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。将軍・足利義昭(滝藤賢一)と信長(染谷将太)の関係はすでに決裂寸前。帝(坂東玉三郎)と言葉を交わす光秀(長谷川博己)。光秀が下す決断とは。

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第36回「訣別」(脚本:池端俊策 演出:一色隆司)は、積み上げた石垣がじょじょにずれてきて、崩れるような、朝廷と幕府と武士たちの関係。織田信長(染谷将太)から将軍・足利義昭(滝藤賢一)に贈られた鵠(くぐい)こと白鳥がスワンソングを歌うときはもう間近。スワンソングとは、白鳥が死の間際に最も美しい歌を歌うと言われていることから、作家や芸術家の最後にして最上の一作のことである。静かにカゴのなかにいる白鳥は、時代の終焉を告げる使者のよう。
どんどん詩みたいになっていく「麒麟がくる」。

帝に心を掴まれた光秀

悲劇に向かって世界が軋むなか、光が差し込むときもある。
元亀3年、冬。明智光秀(長谷川博己)は三条西実澄(石橋蓮司)の紹介で、帝(坂東玉三郎)に会いに行く。
三条西実澄の光秀の紹介の仕方には文化の香りが。庭に万葉の歌を好む鳥がいると表する。
光秀は、ソーシャルディスタンスをたっぷり取った距離とはいえ、帝と言葉を交わすことができた。

帝「目指すはいずこぞ」
光秀「穏やかな世でございます」
帝「その道は遠いのう」「ちんも迷う なれど迷わずに歩もうではないか」

胸いっぱいという顔をする光秀。
大きな夕日の前を鳥が飛ぶ。

喜びもつかのま、戻れば、柴田勝家(安藤政信)と佐久間信盛(金子ノブアキ)と木下藤吉郎(佐々木蔵之介)がいて、公方(義昭)と信長の良好ではない関係を考えあぐねている様子。
公方は朝倉たちに信長を討たせようとしているのではないかという疑惑が沸いてくる。
叡山焼き討ちのとき、おなごと子どもを助けた光秀に、今回も信長に直言してほしいと佐久間が頼む。

帝に心を掴まれた光秀は、信長が帝を思う気持ちに近づいていた(確かにかなり帝に心酔した顔だった)。武士は将軍の下で働くものと思ったが信長はそうじゃないのかもしれないと信長の気持ちに寄り添う。
おそらく、その前に公方と剣術の稽古をして、彼の心身ともに弱いところを目の当たりにしてしまったことも作用したのであろう。史実ではどうかわからないけれど「麒麟がくる」の公方はよく悪くもふつうの人。庶民感覚をもったトップも悪くない気もするが、信長も光秀ももっと特別な力を求める心が止まらない。

煕子(木村文乃)の膝枕で、信長が帝を思う気持ちを想いながら、光秀は、完成間近の坂本城に煕子を連れていくことにする。
坂本城は琵琶湖に建てた水城で、天守から見るとまるで湖に浮かんでいるようで、ふたりは仲睦まじく手をつなぎ、湖を眺めながら、「梁塵秘抄」の今様を諳んじる。
「月は船 星は白波 雲は海 いかに漕ぐらん桂男は ただ一人して」

今様といえば、第6話で、光秀が駒と一夜を過ごしたおり(深い関係になったわけではないはず)、駒の歌っていた今様も染みた。ここのところ、唐突に和歌が出てきたわけではなくて、おりにつけ今様が出てきて、今様や和歌など、この時代の暮らしに歌が共にあったことが描かれていた。そして、物語も歌のように隠喩めいた表現がされる。虫や鳥の姿に人間の心もとない生を託して。

十兵衛は鳥じゃ

春4月になると、幕府と織田の連合軍が松永と三好を討ちに出るも、信長は戦に加わらず、松永(吉田鋼太郎)を取り逃がしてしまう。
10月、武田信玄(石橋凌)が出陣。織田軍を打ち負かす。

公方に耳と鼻をそがれる酷い夢を見た信長は、鵠(白鳥)を信長に献上する。
届けに来た光秀に「鵠は来るのが遅かった」と受け取りを拒絶する公方。
信長との戦を覚悟し、光秀にも参加するように命じる。

なぜか「鵠は来るのが遅かった」と言っているときからすでに大きなぎょろりとした瞳が涙目になっている公方。
「戦に馳せ参じよと? 誰との戦に? 信長様と戦えと?」
親犬から離された仔犬のように、目にいっぱいの涙で黒目が強調される光秀。
互いに揺れる情を隠さない公方と光秀とは違って、三淵(谷原章介)だけが抑揚のないやたらとキレイな声で公方の命令を淡々と告げる。

「信玄と戦う 信長と離れろ わしのために」と公方は涙ながらに命じる。
めそめそ という言葉を使いたくなるような震えるカラダと声で「それはできませぬ」と
涙をぬぐって去っていく光秀。そのあと、字幕では「おえつ(嗚咽)」「おえつ」と書かれていた。

公方は涙しながら「十兵衛は鳥じゃ かごから出た鳥じゃ また翔んでもどってくるかもしれん」と光秀を見送る。かごから出た鳥といえば、第16回で光秀の叔父・光安(西村雅彦)が戦の前にメジロを放ったことを思い出す。

鵠をもらう前、公方は、駒のもとに虫かごに手紙を入れて届けさせている。駒のお金で鉄砲を買わせてほしいという内容で、公方の理想とする貧しい者たちを救う場に共感した駒が薬の売上を貢いでいたお金を鉄砲に替えざるを得ない、それほど戦況が切迫しているということなのだろう。この虫かごには、勝利のお守りのトンボが3匹入っていたものか、それとも、30話で駒が蛍を捕まえたかごであろうか(このときも、駒は今様を蚊帳のなかで歌っている)。いずれにしても、公方と駒との関係性を表すようなかごである。

光秀は幕府というかごから飛び立ち、公方は、駒もまた去っていくだろうと自覚しているのだろうか。それとも、駒にはかごのなかにいてほしいと願いをこめているのだろうか。
足利幕府の終わりに、白鳥が歌う時が近づいてくる。
なんて美しいお膳立てなのかしらと、悲劇にもかかわらず、こんなにときめかせてくれる、池端俊策先生に付いていきたい。

〜登場人物〜

明智光秀(長谷川博己)…信長と共に公方を支える。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。僧になって庶民に施しをしているが、兄の死により政治の世界に担ぎ出される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
正親町天皇(坂東玉三郎)…第106代天皇。
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース。

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【商人】
今井宗久(陣内孝則)…堺の豪商。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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