「危険なビーナス」最終回をしつこく考える。妻夫木聡のシフォンケーキは結局どういうこと?

東野圭吾原作のラブミステリー「危険なビーナス」。主人公の獣医師・伯朗(妻夫木聡)のもとに、「弟の妻」を名乗る謎の美女・楓(吉高由里子)が現れ、異父弟・明人(染谷将太)が失踪したことを聞かされる……。残った謎が次々と明かされていった最終回。気持ちよく見られた分、残った謎にモヤモヤしている人もいるのでは?

「危険なビーナス」は、視聴率12.8%で終幕。大仕掛けの謎も解決され、大団円といった結末だったのだが、ポツポツと謎が残されていた。シフォンケーキのあの思わせぶりな感じは一体なんだったのだろう? また、“メタ的推理”(キャスティングなど、本来物語の外側にあるはずの要因を材料に物語の展開を予想すること)のエンタメ性が気になる作品でもあった。

11個の謎回収に向けてロケットスタート!

前話のレビューで大きめの謎が11個と残っていると紹介した。これはわずか46分間で回収しきれるのか心配になるほどの多さだ。しかし、その不安を吹き飛ばすかのようなロケットスタートが決まる。

  • 牧雄(池内万作)が見つけた研究記録は偽物だった。
  • 波恵(戸田恵子)には君津(結木滉星)の父・シュウヘイと駆け落ちした過去があった。
  • 康之介(栗田芳宏)がシュウヘイに自分の愛人を当てがい波恵と別れさせていた。
  • 君津はその愛人と康之介の間に生まれた子で、シュウヘイは実の父ではなかった。
  • 波恵はその恨みから康之介に微量の毒を日々盛り続けていた。
  • 波恵は呪われた矢神家を終わらせるために全員を毒殺しようと画策。しかし、伯朗(妻夫木聡)と明人(染谷将太)に可能性を感じて思いとどまる。

わずか7分ほどでこれだけの事実が判明したのだ。前話のレビューで紹介した11個と直結するものばかりではないが、半分近くの謎が解決。グングン解き明かされる展開は快感だが、ちょっとだけ放送時間の延長を勝ち取れなかったのではないかと邪推してしまう。

最後のおさらいの前に複雑な家系図をもう一度

悲しい受動的メタ推理

波恵の告白をきっかけに伯朗は、楓(吉高由里子)、勇磨(ディーン・フジオカ)と手を組んで研究記録を探すと決める。生まれ育った実家を改めて探すと意外にもあっさり発見、不思議に思った伯朗が帰るフリをしてもう一度実家に戻ると、そこにはいるはずのない兼岩憲三(小日向文世)の姿があった。

憲三は一清(R-指定)最後の作品“寛恕の網”を探すため、研究記録を餌に伯朗らを追い払っていたのだった。数学者である憲三は、“寛恕の網”を「素数を順番に螺旋状に並べた“ウラムの螺旋”をより正確にしたもの」と説明。さらに「人類にとって画期的な発見」と興奮する。その人類のために、伯朗の母・禎子(斉藤由貴)を殺めてしまったことや、牧雄をエスカレーターから突き落としたことを告白した。

ものすごく悲しいのは、憲三が黒幕であることが視聴者にバレバレだったことだ。だいぶ早い段階でネット上ではこの予想が飛び交っていたのだが、理屈としては「小日向文世がこんなチョイ役なわけがない」だ。これは物語の枠の外から推理する“メタ推理”であって、物語を純粋に楽しんだ上での結論ではない。ウラムの螺旋も素数の謎も、ミステリーで1番楽しいはずの筋道を全て飛び越えてゴールしてしまっている。

ハッキリ言ってメタ推理をする視聴者は損している。ドラマだけではなく、エンターテインメント全てを自らつまらないものにしてしまっている。外からの発想の推理が楽しかったりするのはわかるが、やっぱりそれは本道ではないし、そこそこにするから楽しいものなのだ。

とはいえ、今回の場合はメタ推理をするつもりがなくても、どうしたって小日向文世を怪しんでしまうと思う。だって、どう考えたって小日向文世がこんなチョイ役で終わるわけないじゃないか。横にいる坂井真紀だってこんなチョイ役なわけないし、役柄的にも2人は浮きまくっている。だから今回ばかりは仕方ない。「危険なビーナス」は、“能動的メタ推理”ではなく、“受動的メタ推理”させるドラマだったのだから。

ドラマだけじゃなく、映画、小説、漫画、音楽などなど。触れれば触れるほど、受動的メタ推理の感覚は養われてしまう。好きな人ほど純粋に作品を楽しめないのはなんだかもどかしい。製作陣にはできるだけ外的要因からの推理を妨げる工夫をしてもらいたいと願う。大人の事情とかもあるだろうし、すごく大変なのはわかるのだけれども。

でもそこは小日向文世

が、そこはさすがの小日向文世。黒幕バレバレなのにしっかりとインパクトを残せるのだからすごい。伯朗が戻ったとき、憲三は覚悟を決めたのか決めていないのか、あいまいな表情でボーッと立っていた。服もそこらのおっさんが着ていそうな防寒第一の黒いジャージ。突然笑い出すステレオタイプの猟奇的犯罪者なんかではなく、本当にただのおっさんだった。だが、その普通のおっさんの姿が、状況とチグハグしていて不気味な雰囲気を醸し出す。

語り口調も普通、笑顔も伯朗に普段見せるものと同じ。しかし、数学について語る時はイキイキしている。好きなものを理解してほしい子供みたいにだ。狂っていたのは、数学者である憲三だった。普通のおっさん憲三は、数学者憲三に突き動かされ、冷静でいながらも凶行に走った。普通から狂人への変貌は確かにインパクトがあるが、小日向文世はずっと普通のまま表の顔と裏の顔を演じ切った。さすが、黒幕のオファーが殺到するだけはある。だからこそバレてしまうのがもどかしい。

事件の黒幕も発覚し、残りはもう一つの大謎、楓の正体だ。こちらもドラマ開始時から「明人の妻ではない」とバレていた。いや、むしろ制作側が意図的にバラしていたわけように思うが、潜入捜査官だったというサプライズに加えて明人が拉致されたと装っていた仕掛けは、しっかり視聴者の予想を超えていたのではないだろうかと思う。そこから矢神家や、伯朗と楓と元美(中村アン)の三角関係に突っ込む流れもスムーズでうまいこと納得させてくれた。しかし、細かい謎はけっこう残されていたと思う。

■よくわからなかった3つの謎

例えば、“祥子(安蘭けい)の母親は誰に殺されたのか?”。母親が死んだ当時祥子が拾った毒入りの瓶は波恵のものだったことが発覚したが、これは康之介に使用したものだった。“母親の死は自然死だった”と考えればいいのだが、大事件のように扱っていたわりには、なんだかうやむやに終わってしまっている。

百合華(堀田真由)が拉致された理由もよくわからない。“楓の正体に近付いたから”ということなのかもしれないが、後をつけていただけで真相に近づいたようには思えない。だいたい楓に「つけられているよ」って教えてあげれば済む話だ。それに警察があんなに乱暴な真似をするのも変だ。これについて良い解釈があるなら誰か教えてほしい。

一番気になったのはシフォンケーキだ。第9話で伯朗は、謝罪の印に元美へ手作りのシフォンケーキをプレゼントした。これを楓は意味ありげに見つめる。その後、何かを感じ取った元美が伯朗に「楓にシフォンケーキを作ったことは?」と聞くと、伯朗は「ないよ。焼き方をアドバイスしたことはある」と返答。これで元美は、「楓さんのこと私も一緒に調べます」と決意を固めた。だが、最終回にはシフォンケーキに言及するシーンはなかった。

単に“嫉妬する楓とそれを感じ取った元美”という構図なだけなのかもしれない。だが、それならそれで「シフォンケーキが楓の好みの味だった」とかなんとかラストの楓と元美のシーンに繋げることはできたような気もする。

原作には残り数十ページで一気に謎が解けていく快感があった。さらにドラマにはいくつかの謎を足していたが、それが少し窮屈な印象を残してしまった。15分くらい放送時間が拡大できていればもっとできていたのにと思うと、ちょっともったいない。そりゃあ「半沢直樹」とかと比べたら視聴率は低かったかもしれないけど、天下の日曜劇場なんだからそれくらいあげればいいのに。

■危険なビーナス

1:「危険なビーナス」1話。ややこしい家系図を説明します、顔と名前だけでも覚えていってください
2:「危険なビーナス」2話。怪しい吉高由里子。「私の正体は誰でしょう?」と問いかけているみたい
3:「危険なビーナス」3話。ディーン・フジオカの前で妻夫木聡が乙女に?大っ嫌いなのに本音が出ちゃう
4:「危険なビーナス」4話でやっと本編がスタート。妻夫木聡の妄想は、予告詐欺ではないかもしれない
5:「危険なビーナス」5話。複雑な家系図が更にややこしく!まだまだ裏がありそうな使用人兼執事の君津は誰と繋がってるんだ
6:「危険なビーナス」6話でやっと主人公になった妻夫木聡、ディーン・フジオカの活躍にも期待
7:「危険なビーナス」ディーン・フジオカと池内万作のエンタメ力がありがたい!重要情報だらけの7話
8:「危険なビーナス」8話。ディーン・フジオカと吉高由里子の本当の関係は?
9:最終回直前「危険なビーナス」もう吉高由里子の正体どころじゃない!多すぎる謎を整理してみた

企画、動画制作、ブサヘア、ライターなど活動はいろいろ。 趣味はいろいろあるけれど、子育てが一番面白い。
イラスト、イラストレビュー、ときどき粘土をつくる人。京都府出身。
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