「麒麟がくる」全話レビュー35

【麒麟がくる】第35話。優秀ながら、組織のトップに立つほどのカリスマ性はない光秀

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。幕府内で持ち上がった光秀の暗殺計画。一筋縄ではいかない組織をどうまとめるべき?

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第35回「義昭、まよいの中で」(脚本:池端俊策 演出:大原 拓)のタイトルは第23回「義輝、夏の終わりに」と対になっているように見えた。「誰かある」という将軍の呼びかけも重なった。

組織をまとめ上げることがいかに大変か

義輝(向井理)が“麒麟がくる”国を理想としながら、叶うことなく亡くなり、その後を継いだのが義昭(滝藤賢一)。将軍になった彼は、古参の部下・摂津(片岡鶴太郎)と新参の部下・信長(染谷将太)や明智光秀(長谷川博己)の間で揺れている。
「何が大事で何が大事でないか迷う」義昭は、唯一、心許せる駒(門脇麦)に「哀れなわしをいっそ絞め殺してくれ」と懇願する。味方のいない孤独な心に耐えられない、その顔にはすでに首が締まっているような切迫感が漂っている。

史実ではどうかは脇におき、「麒麟がくる」の世界では、義昭は貧しき人を救いたい善意の人である。が、いかんせん、自分では政策が考えられないので、摂津や光秀や信長の働きに頼るしかない。
光秀は、優秀ながら、組織のトップに立つほどのカリスマ性はないので、将軍を擁立して、自分の能力をフルに発揮し、理想を叶えるしかないわけだが、摂津も信長も皆、考えていることがばらばらで一筋縄ではいかない。
組織をまとめ上げることがいかに大変か、見ているこっちも胃が痛くなってくる。

ひとはひとりでは生きられない

光秀は、傍から見たら異例の出世を遂げているところ。義昭について、上洛して3年で城もちの大名に。琵琶湖を臨む近江・坂本に城を建てることになった。が、反面、裏切りを警戒されて、妻子を京都に人質として残さざるを得なくなっていた。それを公方の虐めと噂する、藤吉郎(佐々木蔵之介)の母、なか(銀粉蝶)。その話を偶然、聞いて顔を曇らせる煕子(木村文乃)と駒。→この件に関する駒の文句を受けた義昭は、摂津が光秀暗殺計画を企てていることをうっかり漏らす。→慌てて駒は伊呂波太夫(尾野真千子)に光秀を助けてほしいと頼む。→伊呂波が手を回し、藤孝(眞島秀俊)が茶会にやって来た光秀に、気をつけるように警告。藤孝の兄・三淵(谷原章介)にも働きかけ、摂津は召し捕られる。……なんとよくできた連携! 登場人物がみごとに機能している。いいふうに考えると、やっぱりひとはひとりでは生きられないのである。

たくさんの人に支えられて生きている光秀。いまふうに言えば「持ってる」。古参の摂津を排除し、いよいよ帝(坂東玉三郎)に会えることにもなる。伊呂波が、帝と繋がっている三条西実澄(石橋蓮司)を紹介する。
その前の駒からのお助けルートを見ていると、東庵(堺正章)も帝と親しいから、彼に紹介してもらえるのでは? とも思うけれど、それは置いておく。
光秀はなぜ、こんなにも「持っている」のか。
主人公だから。……それじゃあ身も蓋もない。
その答えは「古今和歌集」を極めたと言われる教養人・三条西実澄との会話から感じられる。
実澄が「万葉集」では誰の歌が好きかと問うと、光秀は「柿本人麻呂に尽きる」と答える。その理由は「国と帝 家と妻への思い そのどちらも胸に響く歌と存じます」
そこに実澄は、彼の好きな栗にもひけをとらない歯ごたえを感じ、気に入った様子。栗の歯ごたえは冗談にしても、比べられて嬉しいものだろうか、という疑問はさておき(今回、さておくことが多い)実澄はいまの帝を「お心に一点の曇りもない いにしえの帝に比すべき御方」と評している。それと似た「一点の曇りのない心」を光秀にも感じたのではないか。光秀もまた「国と帝 家と妻への思い」をもった人物で、このときの光秀の表情はじつに澄んだ顔をしているのである。

現在にふさわしい「万葉集」

明智光秀が和歌を嗜んでいたことは有名で、彼が建立した神社には柿本人麻呂が祀ってあるとか。
2019年4月、新元号となった「令和」は「万葉集」が出典だと話題になった。「令和」の言葉を使った和歌が柿本人麻呂のものではないとはいえ、「万葉集」がドラマに出てくることは現在にふさわしい。
柿本人麻呂は飛鳥時代の歌人。宮廷人で、彼の生きた時代、近江にあった都の終焉を悼む歌や、亡くなった妻を悼む歌を詠んだ。都のことは宮廷人として公的に、妻のことはごくごく私的に、視点を変えながら、いずれも多くの失われていくものを見つめていた。
「麒麟がくる」が、新しい価値観へと変容していく時代を俯瞰し、誰がいいとか悪いとかを単純に定めずに、その人たちの生き方を淡々と描いているように感じられるのは、「万葉集」の挽歌に倣っているからではないだろうか。

摂津の刺客によって負傷しながら、義昭に、3年前、同じこの場所で穴蔵にふたりで隠れたときは楽しかった。ところがわずか3年でずいぶんと状況が様がわりしてしまったことだと、複雑な笑顔で語りかける光秀にも、自然の景色に自分を重ね歌を詠むような哀感が滲む。「麒麟がくる」で描かれる局面の人間の鼓動は、どれもまるで歌のように閃く。いい脚本は俳優を輝かせる。

〜登場人物〜

明智光秀(長谷川博己)…信長と共に公方を支える。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。僧になって庶民に施しをしているが、兄の死により政治の世界に担ぎ出される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。

【朝廷】
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。

【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース。

木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。

【商人】
今井宗久(陣内孝則)…堺の豪商。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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