【麒麟がくる】第35話。優秀ながら、組織のトップに立つほどのカリスマ性はない光秀
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- 前回はこちら:【麒麟がくる】第34話「道を教える者をもたぬ者は闇を生きることになるぞ」
大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第35回「義昭、まよいの中で」(脚本:池端俊策 演出:大原 拓)のタイトルは第23回「義輝、夏の終わりに」と対になっているように見えた。「誰かある」という将軍の呼びかけも重なった。
組織をまとめ上げることがいかに大変か
義輝(向井理)が“麒麟がくる”国を理想としながら、叶うことなく亡くなり、その後を継いだのが義昭(滝藤賢一)。将軍になった彼は、古参の部下・摂津(片岡鶴太郎)と新参の部下・信長(染谷将太)や明智光秀(長谷川博己)の間で揺れている。
「何が大事で何が大事でないか迷う」義昭は、唯一、心許せる駒(門脇麦)に「哀れなわしをいっそ絞め殺してくれ」と懇願する。味方のいない孤独な心に耐えられない、その顔にはすでに首が締まっているような切迫感が漂っている。
史実ではどうかは脇におき、「麒麟がくる」の世界では、義昭は貧しき人を救いたい善意の人である。が、いかんせん、自分では政策が考えられないので、摂津や光秀や信長の働きに頼るしかない。
光秀は、優秀ながら、組織のトップに立つほどのカリスマ性はないので、将軍を擁立して、自分の能力をフルに発揮し、理想を叶えるしかないわけだが、摂津も信長も皆、考えていることがばらばらで一筋縄ではいかない。
組織をまとめ上げることがいかに大変か、見ているこっちも胃が痛くなってくる。
ひとはひとりでは生きられない
光秀は、傍から見たら異例の出世を遂げているところ。義昭について、上洛して3年で城もちの大名に。琵琶湖を臨む近江・坂本に城を建てることになった。が、反面、裏切りを警戒されて、妻子を京都に人質として残さざるを得なくなっていた。それを公方の虐めと噂する、藤吉郎(佐々木蔵之介)の母、なか(銀粉蝶)。その話を偶然、聞いて顔を曇らせる煕子(木村文乃)と駒。→この件に関する駒の文句を受けた義昭は、摂津が光秀暗殺計画を企てていることをうっかり漏らす。→慌てて駒は伊呂波太夫(尾野真千子)に光秀を助けてほしいと頼む。→伊呂波が手を回し、藤孝(眞島秀俊)が茶会にやって来た光秀に、気をつけるように警告。藤孝の兄・三淵(谷原章介)にも働きかけ、摂津は召し捕られる。……なんとよくできた連携! 登場人物がみごとに機能している。いいふうに考えると、やっぱりひとはひとりでは生きられないのである。
たくさんの人に支えられて生きている光秀。いまふうに言えば「持ってる」。古参の摂津を排除し、いよいよ帝(坂東玉三郎)に会えることにもなる。伊呂波が、帝と繋がっている三条西実澄(石橋蓮司)を紹介する。
その前の駒からのお助けルートを見ていると、東庵(堺正章)も帝と親しいから、彼に紹介してもらえるのでは? とも思うけれど、それは置いておく。
光秀はなぜ、こんなにも「持っている」のか。
主人公だから。……それじゃあ身も蓋もない。
その答えは「古今和歌集」を極めたと言われる教養人・三条西実澄との会話から感じられる。
実澄が「万葉集」では誰の歌が好きかと問うと、光秀は「柿本人麻呂に尽きる」と答える。その理由は「国と帝 家と妻への思い そのどちらも胸に響く歌と存じます」
そこに実澄は、彼の好きな栗にもひけをとらない歯ごたえを感じ、気に入った様子。栗の歯ごたえは冗談にしても、比べられて嬉しいものだろうか、という疑問はさておき(今回、さておくことが多い)実澄はいまの帝を「お心に一点の曇りもない いにしえの帝に比すべき御方」と評している。それと似た「一点の曇りのない心」を光秀にも感じたのではないか。光秀もまた「国と帝 家と妻への思い」をもった人物で、このときの光秀の表情はじつに澄んだ顔をしているのである。
現在にふさわしい「万葉集」
明智光秀が和歌を嗜んでいたことは有名で、彼が建立した神社には柿本人麻呂が祀ってあるとか。
2019年4月、新元号となった「令和」は「万葉集」が出典だと話題になった。「令和」の言葉を使った和歌が柿本人麻呂のものではないとはいえ、「万葉集」がドラマに出てくることは現在にふさわしい。
柿本人麻呂は飛鳥時代の歌人。宮廷人で、彼の生きた時代、近江にあった都の終焉を悼む歌や、亡くなった妻を悼む歌を詠んだ。都のことは宮廷人として公的に、妻のことはごくごく私的に、視点を変えながら、いずれも多くの失われていくものを見つめていた。
「麒麟がくる」が、新しい価値観へと変容していく時代を俯瞰し、誰がいいとか悪いとかを単純に定めずに、その人たちの生き方を淡々と描いているように感じられるのは、「万葉集」の挽歌に倣っているからではないだろうか。
摂津の刺客によって負傷しながら、義昭に、3年前、同じこの場所で穴蔵にふたりで隠れたときは楽しかった。ところがわずか3年でずいぶんと状況が様がわりしてしまったことだと、複雑な笑顔で語りかける光秀にも、自然の景色に自分を重ね歌を詠むような哀感が滲む。「麒麟がくる」で描かれる局面の人間の鼓動は、どれもまるで歌のように閃く。いい脚本は俳優を輝かせる。
〜登場人物〜
明智光秀(長谷川博己)…信長と共に公方を支える。
【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。僧になって庶民に施しをしているが、兄の死により政治の世界に担ぎ出される。
細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義輝が心配。光秀の娘・たまになつかれる。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。
【朝廷】
関白・近衛前久(本郷奏多)…帝を頂点とした朝廷のひと。
【大名たち】
三好長慶(山路和弘)…京都を牛耳っていたが病死。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配する戦国大名。
朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)…越前の大名。光秀を越前に迎え入れる。
織田信長(染谷将太)…尾張の大名。次世代のエース。
木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…織田に仕えている。
【商人】
今井宗久(陣内孝則)…堺の豪商。
【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、戦国大名から庶民まで誰でも治療する。
大河ドラマ「麒麟がくる」
NHK 総合 日曜よる8時、BS プレミアム 日曜午後6時、BS4K 日曜午前9時
再放送:総合 土曜午後1時5分、日曜 BS4K 午前8時
脚本:池端俊策ほか
音楽:ジョン・グラム
語り:市川海老蔵
出演: 長谷川博己ほか
https://www.nhk.or.jp/kirin/
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