“Out of the Box!”#23

【西村宏堂】これからのリーダーたちへ。ジュリー・アンドリュースに学ぶ、尊重と共感の力

国内外で活躍するメイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家でもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんによる連載コラム。タイトルの“Out of the Box”には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。サードシーズンは、映画や音楽、本、スピーチなど、宏堂さんの感性に触れた旬のコンテンツや名作を紹介。いま立ち止まって考えているあなたへ、 “見えない箱”から自分自身を解き放ち、勇気をもって新しい時代を歩むためのヒントをお届けします。
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今、私は南米コロンビアにいます。
私の著作『This Monk Wears Heels: Be Who You Are』のスペイン語版が今年10月に出版されるため、南米のスペイン語圏でのプロモーションの準備をしています。

私が日本を発った7月初め、東京の気温は35度を超え、とても暑かったのですが、コロンビアの首都ボゴタは15度ほど。7月にコートを着るのは不思議な気分です。標高2,640mの高原にあるボゴタは高い山々に囲まれ、街を囲むように大自然が見えます。

“Out of the Box” #20で紹介した、私の好きなディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』の舞台はコロンビア。作中にも登場した、トウモロコシ粉を使った「アレパ」という薄焼きのパンがとても美味しいです。チーズの入った温かいどら焼きのような味です。

コロンビアのボゴタ(Bogotá)市街=本人提供

支持されるリーダーの資質とは

先日、アメリカ映画協会(American Film Institute、略称AFI)の名誉ある生涯功労賞を、私の大好きな女優、ジュリー・アンドリュースが受賞し、授与式が行われました。その授賞スピーチが素晴らしく、ハッとする内容だったので、みなさんにご紹介したいと思います。

私が彼女に出会ったのは、物心ついた頃に生まれてはじめて観た洋画『サウンド・オブ・ミュージック』でした。ジュリー演じるマリアの美しさ、素晴らしい歌声やダンスに夢中になったのを覚えています。さらに、空から舞い降りた不思議なベビーシッターが活躍する『メリー・ポピンズ』、『プリティ・プリンセス』の主人公を導くクラリス女王など、どれも大好きです。

86歳を迎えた今も彼女は多くの人に愛され、式典にはかつての共演者をはじめ、大勢の人が集い、祝福メッセージと温かい拍手を送りました。

今回のコラムでは、支持されるリーダー像について考えてみます。多様な人が共に働くこれからの時代、よりよいリーダーを目指す人やチームで働く人にとって、ヒントとなればうれしいです。


チームを見つめるジュリー・アンドリュースのまなざし

彼女は授賞スピーチでこんなエピソードを語っています。
少し長いですが、抄訳をご紹介します。

「何十年も前、『サウンド・オブ・ミュージック』のために、私がFOXスタジオで仕事をしていた頃の話です。ある日、夜遅くに解放された私は、近道の裏門が開くのを待つ間、野外の小屋で作業をしている老紳士に気づきました。背景画か何かを描いていた彼が顔を上げてほほえんだので、私は車の窓を開けて『今夜はずいぶん遅くまで働いているのね』と話しかけました。

すると、彼は私に歩み寄り、こんな話をしてくれたのです。自分の仕事をいかに愛していて、たずさわった映画への貢献をどれほど誇りに思っているか。マリリン・モンローやジャック・レモン、シャーリー・マクレーンら、大勢のために画を描いてきたこと──。彼はとても熱意にあふれ、自分の技術に誇りを持っていました。

私は家に帰る車を走らせながら、突然はっきりと悟りました。映画をスクリーンに映し出すために、どれほど多くの人々が関わっていて、どれほど大きな共同作業が必要なのかを」

そして彼女は、親しい人たちへの感謝を述べた後、こう続けました。

「この場にいない膨大な数の人々にも、私は感謝を伝えたいのです。彼らの姿は、あまりにも速いエンドクレジットでしか目にすることができません。いつの日か、そのような状況が改善されることを願っています。彼らこそ、映画製作の“知られざるヒーロー”なのですから。彼らのような優れた人々の貢献と才能と献身がなければ、私が今夜ここに立つことはなかったでしょう。心からそう思います」

スポットライトを浴びる人だけがヒーローなのではない──。チームを見つめてきたジュリーの言葉に、なぜ彼女がこれほど多くの人を魅了し、影響を与え、リーダーとして慕われてきたのか、その理由が見えた気がしました。

力と特権をめぐる輪

今回あわせて紹介したい、ひとつの図があります。

この“The Wheel of Power and Privilege”(力と特権の輪)は、今年3月、私がロンドンで「WE CREATE SPACE」主催のパネルディスカッションに参加した際に教えていただいた図です。ひとりひとりが持つさまざまな属性が、どのように社会での力や特権と結びついているかを表しています。たとえば、高等教育を受けたスリムな白人の異性愛者というように、円の中心に近づくほど、社会では優位に立ちやすくなるというわけです。

The wheel of power and previlege:Adapted from ccrweb.ca and @sylviaduckworth

それぞれが持つ属性には、性別や肌の色のように変えられないものもあれば、心身の健康のように人生の中で変化しうるものもあります。すべてが円の中心にある人はごく少数ですし、それもいつ外側へと移行するかもわかりません。年を重ねて身体が衰えたり、病気になったり、あるいは不慮の事故に遭う人もいるでしょう。

日本には、市民権や教育、母語が周りに通じることなどを当然と考えて、ほとんど意識していない人が多いかと思いますが、そうした属性も万人が持つものではありません。“Unconscious Privilege”(無意識の特権)という言葉があるように、私たちは自分の不利な要素ばかりを意識しやすく、逆に自分が持つ有利な要素には気づきにくいのだそうです。

「この世界に多様な人がいるということは、多くの人が何かしら、不利な要素や生きづらさを抱えて生きているということです」──そんな解説にハッとするとともに、それを理解できなければ、本当の意味で人を導くことはできないと感じました。

コロンビアのラキラ(Ráquira) 市街=本人提供

仲間を守るために

これからの時代に支持されるリーダーとはどんな人?
リーダーとしてもっと成長するには?

最近、そんなことを意識するようになった私に、今回のジュリーのスピーチは大きな気づきを与えてくれました。さまざまな背景や属性を持つ人たちが直面しているハードルに気づき、人とつながることができてこそ、本当のリーダーになれるのだと。

そして、よりよいチームを作るには、相手の境遇に想像力を働かせ、敬意を持って共に歩もうとすることが大事なのだと思います。

以前参加した、ニューヨークの国連人口基金のセミナーで学んだことがあります。国連人口基金では、チームのリーダーに対して「我が組織ではいかなる違いに対しても、差別は許しません」と伝えているそうです。

その話を聞いて、私が以前通っていたロサンゼルスのメイク学校でのオリエンテーションを思い出しました。「この学校では、人種や性的指向などに対する差別は許されない」という言葉に、私はとても守られている気持ちがしました。

そのクラスには、男性の身体に生まれたトランスジェンダーの学生がいました。あるクラスメートから冷やかされ、「あなたが私の故郷にいたら大変だよ。あなたがメイクをして歩いていたら、すぐに酷い目に遭うだろうね」などと言われるうちに、その学生は学校を休みがちになってしまいました。それに気づいた先生は、本人がいないタイミングでクラス全員を集め、厳しく叱りました。その時、私は「自分も仲間を守れるようなリーダーになりたい」と感じたのでした。

コロンビアのビージャ・デ・レイバ(villa de leyva)市街=本人提供

また、最近の話をすると、私の仕事に関わりたいと声をかけてくれたプロデューサーの方がいました。彼はマイケル・ジャクソンなど世界中のスーパースターと一緒に仕事をしたことがあるそうで、当初はご縁をうれしく思いました。ですが、私のチームの仲間を年齢や人種で蔑むような発言をしたのです。「こんな若い子が自分のような経験や能力を持っていると思うのか? 自分と同じような仕事ができるわけがない」──。私は彼の言葉に失望し、彼にどんなに力があろうと、自分のチームを守りたいと思いました。「いくら彼が著名で裕福であったとしても、彼と一緒では本当の幸せには辿り着けない」と感じた私は、彼とチームを組むのを辞退しました。

私が理想とするリーダーは、すべての仲間を平等に大切にし、すべての仲間が「自分はチームにとって重要なんだ」と思えるように、仲間への尊重を態度で表せる人です。素晴らしいチームを築き、たくさんの人に慕われるジュリー・アンドリュースのように、私もよりよいリーダーを目指して、成長していけたらと思います。

(トップ写真:佐藤将希)

【西村宏堂】家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと 【西村宏堂】自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代の美しさ
1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
西村宏堂の“Out of the Box!”