【西村宏堂の“Out of the Box!”#19】あなたは自分が自由だと感じていますか? モロッコの友人と語り合った“選択肢のある社会”
すっかり春ですね。
私は今月、英語の新刊『This Monk Wears Heels: Be Who You Are』(Watkins Publishing)のプロモーションのため、ロンドンで1ヶ月を過ごしています。
イギリスに着いて驚いたのは、ほとんどの人がマスクをしていないこと。
新型コロナウイルスの感染者数が日本より多いにも関わらず、こちらの人々は「もうパンデミックは終わった」と言い、劇場やパブも通常営業。場所が変われば、考え方も変わることを肌で感じています。
日本と北欧をテーマにした複合施設「パンテクニコン」での出版イベントは大成功でした。私と同じようにセクシュアリティで悩む方が郊外から4時間も電車に乗って来てくださり、「周りの人は理解してくれないけど、Kodoだったら理解してくれると思った」と話してくれました。トーク中は参加者のみなさんと心が強くつながった感覚がしました。まだイベントがあるので、引き続きイギリスでメッセージを発信していきます。
セカンドシーズンから、毎回ひとつの問いをみなさんに投げかけています。それは、私たちが当たり前だと思っていることを問い直し、価値観をアップデートするためのクエスチョン。
読者のみなさんだけでなく、私自身への問いでもあります。
よろしければ、あなたもぜひいっしょに考えてみてください。
そして、あなたの考えを文末のコメント欄で共有していただけたらうれしいです。
引き続き、できるかぎりお返事もしていきますので、時々チェックしてみてくださいね。
今回の問いはこちらです。
Q. あなたは今、自分が自由だと感じていますか?
先日、ここロンドンでうれしい再会がありました。
4年前に旅先のモロッコで知り合った友人のAさんが訪ねてきてくれたのです。
彼は5歳からフランスで育ったアルジェリア人。その後モロッコに移り、モロッコ人の彼氏と暮らしています。私が宿泊した「リヤド」と呼ばれる素敵な宿のディレクターを務めていて、「日本人?」と話しかけてくれたことから仲良くなりました。
モロッコの国教はイスラム教。ふたりは日中の断食を終えたラマダンの夜、日本茶とモロッコのお菓子で旅人の私をもてなしてくれました。それも、トランスジェンダーの人がメイクセミナーをしているテレビ番組を一緒に観ながら。「イスラム教圏ではLGBTQはタブー視されている」と思っていた私は「彼らのような人たちもいるのか」と視野が広がる思いがしました。
そんなAさんと4年ぶりに再会! ハッとする話を聞かせてくれたので、みなさんに共有しますね。
同性を愛することを罪とみなす国に暮らして
モロッコには、同性愛行為を罰する刑法があります。
もし有罪となれば、6か月~3年の禁錮刑に処される可能性があるのです。
近年、世界では人権への意識が高まる一方、同性愛を罪とみなす国はアフリカや中東を中心にいまだ数多く、同性愛者やトランスジェンダーであることを周囲に知られただけで、苛烈な迫害の対象となるケースも少なくありません。
そんな環境下でLGBTQ当事者は自分を隠して生きることを強いられます。
Aさんも例外ではなく、自分たちのことを公には話せません。周囲には、ふたりは従兄弟や兄弟だと思われているそうです。
Aさんいわく、モロッコでは、大人になっても貧しさゆえに家族や親族と住まざるをえないケースがほとんど。そのため、自分を偽り、心を殺して異性と結婚する人もあとを絶たないのだとか。
実はイスラム教の聖典、コーランに「同性愛はダメだ」という明確な記述はありません。それにも関わらず、「同性愛は許されないもの」と考える人がイスラム教圏にはたくさんいて、LGBTQの人権がないがしろにされている現状があるといいます。
以前、彼は酒場で会った人に「同性愛は認められない。自然に反しているから」と言われたそう。でも、「自然界の動物にも同性愛はたくさんあるよ。太古の昔から。それに、もし子どもをつくることだけが自然だとしたら、避妊する男女はどうなんだ?」と反論したら、相手は黙りこんでしまったとか。
「モロッコでは、人権やモラル、マナーなどに関する、幼少期からの教育が足りていないと思う。貧しさや教養の乏しさゆえに、古い価値観に支配された狭い世界で生きることを余儀なくされている人たちがたくさんいるんだ」と語る彼の言葉が胸に響きました。
そんなモロッコでも近年、わずかながら変化の兆しが見られるといいます。
たとえば、同性愛者が出演するNetflixの番組『Queer Eye』が2、3年前から視聴できるようになりました。2000年頃まで男女のキスシーンさえカットされていたという同国では、Aさんいわく「革命的な一歩!」だとか。
また、2016年に同性愛者が集団暴行される事件が起きた際、はじめて加害者を罪に問う判決が出たそうです。そもそも、私人が法律によらず、犯罪者などに勝手に制裁を加える「私刑」を禁じる日本の感覚では驚く話ですが、明るいニュースに社会の変化を感じた──とAさん。
誰もがひとりの人間として尊重される社会へ
14年ぶりに訪ねたロンドンは、人種も国籍も多種多様な人が行き交っています。
この街であらためて感じたのは、必ずしも生まれた国で生きていく必要はない!ということ。そのためにも、外国語を学ぶ意義は大きいと思います。
Aさんカップルも、多国語を身につけたおかげで、多様な価値観や文化に触れる機会を得て、仕事のチャンスが広がり、今があると話してくれました。英語をはじめ、語学を学ぶことは、暮らす場所を含めた生き方の選択肢を増やし、新しい世界への扉をひらくカギになるのだなと思いました。
また、Aさんと話して感じたのは、日本に比べてモロッコは遅れている──ということではありません。むしろ、LGBTQに限らず、女性の人権の尊重や平等の意識など、大事なところで価値観がストップしている状況に、似たものを感じて、考えこんでしまいました。
前世紀、世界大戦への反省から制定された世界人権宣言は、第1条でこう謳っています。
「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」
日本は戦後、経済的には豊かさを実現しました。でも、誰もがひとりの人間として尊重される社会に向けて、人権にまつわる教育がいまだに行き届いているといえるかどうか……。
2022年のロンドンで、同性同士で結婚している人たちに何組も出会いました。もちろん、この地でも、すべての人が多様なあり方を理解し、受け入れているわけではありません。それでも、彼らが当たり前のように結婚指輪をして、一緒に暮らし、笑顔で日常を送っている姿を見て、「すべての人に希望や未来がある社会っていいな……」と心から思いました。
同性婚や夫婦別姓がもし実現したとしても、反対者が何かを強制されるわけではなく、結果として、機嫌のよい同僚やハッピーな隣人が増えることになるでしょう。自由な選択肢がある社会は、みんなを幸せにしてくれる──と私は思います。
さて、あなたは今、自分が自由だと感じていますか?
もし「何かにとらわれている」のなら、その正体は何でしょうか。
古い価値観をアップデートし、みんなが自由になるための教養とは、何なのか。
一緒に考えてみませんか?
- ■西村宏堂の“Out of the Box!”バックナンバーはこちら
1:新しい環境で“居場所”をつくるには?
2:納得できないルールに心折れず、自分らしく前を向くには?
3:人と自分を比べてしまう。友だちにコンプレックスや寂しさを覚えたら?
4:今の環境で踏ん張るか、去るべきか──どう見極める?
5:言葉の暴力に苦しんできた私。自分を取り戻すには?
6:年をとるのが憂うつ。「女性の価値は若さ」なの?
7:仕事が楽しい30代独身女性。結婚や出産への圧にモヤモヤ
8:大切な人たちとの別れ。誰からも必要とされない不安と孤独に押しつぶされそう
9:生きるのって果てしない──コロナ禍に初就職。希望の仕事に就けたのに、情けない自分に涙
10:何者でもない大人になった私。胸を張れる何かを見つけるには?
11:ルッキズムには反対。でも美しい人に惹かれるし、見た目は大事──これって矛盾?
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