“Out of the Box!”#21

【西村宏堂】自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代の美しさ

国内外で活躍するメイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家でもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんによる連載コラム。タイトルの“Out of the Box”には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。サードシーズンは、映画や音楽、本、スピーチなど、宏堂さんの感性に触れた旬のコンテンツや名作を紹介。いま立ち止まって考えているあなたへ、 “見えない箱”から自分自身を解き放ち、勇気をもって新しい時代を歩むためのヒントをお届けします。
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初夏の風が気持ちのよい季節になりました。
私は今、スペインのバルセロナに来ています。著作『This Monk Wears Heels: Be Who You Are』のスペイン語版が今年の10月に出版されるため、現地の版元とミーティングをしました。

私がバルセロナで気がついたのは、街の人がほとんどブランド品を身につけていないことでした。東京の交通機関を利用していると、さまざまなブランド品をまとった人を目にするのですが、こちらでは「ハイブランドでなくても用が足りれば十分」という生き様を感じます。

のびのびと暮らすバルセロナの人々の姿に触れ、ファッションはメディアや広告からだけでなく、自分の軸をもとに選択することを大切にしたいと、改めて強く思いました。

「自分は美しくない」と思っている人へ

先日、Netflixの新作映画『ホワイト・ホット:アバクロンビー&フィッチの盛衰』を観ました。

この映画は、アメリカのファッションブランド「アバクロンビー&フィッチ」の成功と、その後の衰退を追いかけたドキュメンタリー。1990年代から2000年代にかけて、若者から絶大な人気を集めた同ブランドがその後、なぜ抗議デモや訴訟、スキャンダルの数々に見舞われ、急速に人気を失っていったのかを描いています。

ここ数年、「世の中の美しさの価値観が変わってきているな……」と肌で感じることが増えてきたのですが、そうした実感ともリンクする内容にすっかり引き込まれました。約90分があっという間に感じたほど!

美しい人とは?
どんなブランドや企業をカッコいいと思う?

そんな社会の価値観の変化をめぐって、今回のコラムは「自分は美しくない」「主人公にはなれない」と思っている人に向けてお話ししたいと思います。

アバクロンビー&フィッチへの憧れと幻滅

振り返れば、2000年代前半の若者にとって、アバクロンビー&フィッチはカッコいい米国ブランドの筆頭でした。恵まれた環境で育った名門大学生の余裕に、セクシーな不良っぽさを掛けあわせたブランドイメージは、当時のアメリカの「学校でいちばんイケてる子」のイメージそのもの。

そんな“憧れ”の服をはじめて買ったときのことは、今も覚えています。
15歳の頃、米カリフォルニア州の語学学校へ短期留学した際に、ドキドキしながらお店に入り、勇気を出して買った一枚のシャツ。クールだと思ったダメージ加工を周りに理解されなくて、「みんな、オシャレが分かってないんだから」──なんて思った思い出があります。

記憶をたどると、よみがえるのは、そのときの高揚感。まるで自分が特別になったかのような、またそれと同時に、ブランドのモデルたちの姿を見て、「自分は仲間に入れてもらえない」「主人公にはなれないんだ」という劣等感が胸をチクチク刺しました。なぜって、彼らはみんな一様に背が高く、まるで彫刻のようにマッチョな肉体美の白人ばかりだったから。

アメリカの上流階級の伝統とエリート主義、セックス、輝く若さ──といったアバクロのブランドイメージを支えたのは、強い「排他主義」(exclusiveness)。選民意識をくすぐるルッキズムや人種差別など、いうなれば「他者への優越感」をアイデンティティーの拠りどころにしたブランドだったのだと思います。

やがてインターネットやSNSが普及し、多様な人たちの声が可視化されるようになると、他者への想像力に欠けたアバクロの美学は時代遅れとなり、人気が急降下していきました。

私が強烈に覚えているのは、ブランドを築いたCEOの「プラスサイズの服は売りません。スリムで美しい客しか求めていないからね」という趣旨の発言が広く報道された2013年のこと。かつての憧れも完全に消え去り、心が離れた決定打でした。

人の美しさとは? 本当にカッコいいブランドって?

顔立ちや身長、体型など、容姿に対する理想や憧れ、みなさんはありますか?

私は、従来のエンタメ界やファッションブランドが描いてきた価値観に、ずいぶん縛られてきたなと感じています。社会も自分自身も、古い価値観から変わりつつあるけれども、まだまだ自由にはなっていない……。私自身、いまだに「もっと背が高かったらな」「あんな顔立ちだったらよかった」などと思ってしまうことがあります。

今回の映画を観ても、過去の自分がどれだけ盲目になっていたのか、改めて気づかされました。幼少期からの「美の価値観」の刷り込みって、本当に根強い!

ただ、私がひとつ言えるのは「美しさや幸せ、価値の有無は、他人が決めることではない」ということです。他の誰でもない、自分が自身のことを「美しく、幸せで価値がある」と思えることが大事。

そう考えると、価値観が多様化する今、ひとつの理想像を押しつけるのではなくて「自分もまた美しい」と思わせてくれるブランドこそがカッコいいのではないでしょうか。

最近、私がいいなと思っているのは、JIMMY CHOOやPOLO RALPH LAUREN、PUMA、BONOBOS、Fenty by Rihannaといったブランド。いずれも「多様性と包括性」(diversity & inclusion)を大事にし、肌の色や体型、人種、属性などに関わらず、どんな人も「主人公になれる」と感じさせてくれる製品やキャンペーンを展開しています。

他人からジャッジされずに生きられる時代、誰もが美しい時代へ。
今はその過渡期にあるのだと思います。

ここ数年、私はかつて劣等感にかられて「こういう風にならなきゃ」と思って買ったモノを、どんどん手放すようになりました。アバクロの香水も、身長へのコンプレックスからはじめて買ったハイヒールも。それは、モノと一緒に古い価値観を捨て去り、自分を執着から自由にすること。身の周りのモノを見直すことで、新たな気持ちになれます。

人を自由にするヒーロー「リベラドール」

現在、東京の駐日スペイン大使館で開催中の展覧会「SOMOS 多様性とLGBTQ+カルチュラル・ナラティヴ」にて、私、西村宏堂をスーパーヒーローとして描いたアニメイラスト作品『ハイヒールを履いた僧侶 コウドウ エル リベラドール』(Kodo el Liberador)が展示されています。主人公は魔法で「リベラドール」(=スペイン語で「人を自由にする人」という意味)に変身し、魔法のメイクで人を応援するお坊さん!

Illustration by Studio Kosen

従来のヒーローと違うのは、ヒーロー自らが悪と戦うのではなく、魔法のメイクを施された人たちが自分で立ち上がり、問題を解決できるようになるところ。これは、私がメイクアップアーティストとして、また僧侶として、現実世界でも取り組んでいる活動です。

このようなヒーローを描くことで「古い価値観にとらわれず、自分が好きな自分として生きる勇気を持ち、自分らしく生きることが幸せにつながる」というメッセージを伝えられたら。このプロジェクトを通して、より多くの人が自由になるための応援ができたらいいなと思います。

Illustration by Studio Kosen

大使館内の展示会場へはどなたでもご来場いただけます。
ぜひご覧ください!

会期:2022年4月27日(水)〜6月8日(金)
時間:月〜木10:00〜17:00 金10:00〜16:00
場所:スペイン大使館(東京都港区六本木1-3-29)
*入場無料、予約不要、身分証明書不要

(写真は西村宏堂さん提供)

【西村宏堂】家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと 【西村宏堂の“Out of the Box!”#13】ミスコンのあり方も変化の兆し。本当に美しい人ってどんな人?
1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
西村宏堂の“Out of the Box!”

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