【西村宏堂】自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代の美しさ
初夏の風が気持ちのよい季節になりました。
私は今、スペインのバルセロナに来ています。著作『This Monk Wears Heels: Be Who You Are』のスペイン語版が今年の10月に出版されるため、現地の版元とミーティングをしました。
私がバルセロナで気がついたのは、街の人がほとんどブランド品を身につけていないことでした。東京の交通機関を利用していると、さまざまなブランド品をまとった人を目にするのですが、こちらでは「ハイブランドでなくても用が足りれば十分」という生き様を感じます。
のびのびと暮らすバルセロナの人々の姿に触れ、ファッションはメディアや広告からだけでなく、自分の軸をもとに選択することを大切にしたいと、改めて強く思いました。
「自分は美しくない」と思っている人へ
先日、Netflixの新作映画『ホワイト・ホット:アバクロンビー&フィッチの盛衰』を観ました。
この映画は、アメリカのファッションブランド「アバクロンビー&フィッチ」の成功と、その後の衰退を追いかけたドキュメンタリー。1990年代から2000年代にかけて、若者から絶大な人気を集めた同ブランドがその後、なぜ抗議デモや訴訟、スキャンダルの数々に見舞われ、急速に人気を失っていったのかを描いています。
ここ数年、「世の中の美しさの価値観が変わってきているな……」と肌で感じることが増えてきたのですが、そうした実感ともリンクする内容にすっかり引き込まれました。約90分があっという間に感じたほど!
美しい人とは?
どんなブランドや企業をカッコいいと思う?
そんな社会の価値観の変化をめぐって、今回のコラムは「自分は美しくない」「主人公にはなれない」と思っている人に向けてお話ししたいと思います。
アバクロンビー&フィッチへの憧れと幻滅
振り返れば、2000年代前半の若者にとって、アバクロンビー&フィッチはカッコいい米国ブランドの筆頭でした。恵まれた環境で育った名門大学生の余裕に、セクシーな不良っぽさを掛けあわせたブランドイメージは、当時のアメリカの「学校でいちばんイケてる子」のイメージそのもの。
そんな“憧れ”の服をはじめて買ったときのことは、今も覚えています。
15歳の頃、米カリフォルニア州の語学学校へ短期留学した際に、ドキドキしながらお店に入り、勇気を出して買った一枚のシャツ。クールだと思ったダメージ加工を周りに理解されなくて、「みんな、オシャレが分かってないんだから」──なんて思った思い出があります。
記憶をたどると、よみがえるのは、そのときの高揚感。まるで自分が特別になったかのような、またそれと同時に、ブランドのモデルたちの姿を見て、「自分は仲間に入れてもらえない」「主人公にはなれないんだ」という劣等感が胸をチクチク刺しました。なぜって、彼らはみんな一様に背が高く、まるで彫刻のようにマッチョな肉体美の白人ばかりだったから。
アメリカの上流階級の伝統とエリート主義、セックス、輝く若さ──といったアバクロのブランドイメージを支えたのは、強い「排他主義」(exclusiveness)。選民意識をくすぐるルッキズムや人種差別など、いうなれば「他者への優越感」をアイデンティティーの拠りどころにしたブランドだったのだと思います。
やがてインターネットやSNSが普及し、多様な人たちの声が可視化されるようになると、他者への想像力に欠けたアバクロの美学は時代遅れとなり、人気が急降下していきました。
私が強烈に覚えているのは、ブランドを築いたCEOの「プラスサイズの服は売りません。スリムで美しい客しか求めていないからね」という趣旨の発言が広く報道された2013年のこと。かつての憧れも完全に消え去り、心が離れた決定打でした。
人の美しさとは? 本当にカッコいいブランドって?
顔立ちや身長、体型など、容姿に対する理想や憧れ、みなさんはありますか?
私は、従来のエンタメ界やファッションブランドが描いてきた価値観に、ずいぶん縛られてきたなと感じています。社会も自分自身も、古い価値観から変わりつつあるけれども、まだまだ自由にはなっていない……。私自身、いまだに「もっと背が高かったらな」「あんな顔立ちだったらよかった」などと思ってしまうことがあります。
今回の映画を観ても、過去の自分がどれだけ盲目になっていたのか、改めて気づかされました。幼少期からの「美の価値観」の刷り込みって、本当に根強い!
ただ、私がひとつ言えるのは「美しさや幸せ、価値の有無は、他人が決めることではない」ということです。他の誰でもない、自分が自身のことを「美しく、幸せで価値がある」と思えることが大事。
そう考えると、価値観が多様化する今、ひとつの理想像を押しつけるのではなくて「自分もまた美しい」と思わせてくれるブランドこそがカッコいいのではないでしょうか。
最近、私がいいなと思っているのは、JIMMY CHOOやPOLO RALPH LAUREN、PUMA、BONOBOS、Fenty by Rihannaといったブランド。いずれも「多様性と包括性」(diversity & inclusion)を大事にし、肌の色や体型、人種、属性などに関わらず、どんな人も「主人公になれる」と感じさせてくれる製品やキャンペーンを展開しています。
他人からジャッジされずに生きられる時代、誰もが美しい時代へ。
今はその過渡期にあるのだと思います。
ここ数年、私はかつて劣等感にかられて「こういう風にならなきゃ」と思って買ったモノを、どんどん手放すようになりました。アバクロの香水も、身長へのコンプレックスからはじめて買ったハイヒールも。それは、モノと一緒に古い価値観を捨て去り、自分を執着から自由にすること。身の周りのモノを見直すことで、新たな気持ちになれます。
人を自由にするヒーロー「リベラドール」
現在、東京の駐日スペイン大使館で開催中の展覧会「SOMOS 多様性とLGBTQ+カルチュラル・ナラティヴ」にて、私、西村宏堂をスーパーヒーローとして描いたアニメイラスト作品『ハイヒールを履いた僧侶 コウドウ エル リベラドール』(Kodo el Liberador)が展示されています。主人公は魔法で「リベラドール」(=スペイン語で「人を自由にする人」という意味)に変身し、魔法のメイクで人を応援するお坊さん!
従来のヒーローと違うのは、ヒーロー自らが悪と戦うのではなく、魔法のメイクを施された人たちが自分で立ち上がり、問題を解決できるようになるところ。これは、私がメイクアップアーティストとして、また僧侶として、現実世界でも取り組んでいる活動です。
このようなヒーローを描くことで「古い価値観にとらわれず、自分が好きな自分として生きる勇気を持ち、自分らしく生きることが幸せにつながる」というメッセージを伝えられたら。このプロジェクトを通して、より多くの人が自由になるための応援ができたらいいなと思います。
大使館内の展示会場へはどなたでもご来場いただけます。
ぜひご覧ください!
会期:2022年4月27日(水)〜6月8日(金)
時間:月〜木10:00〜17:00 金10:00〜16:00
場所:スペイン大使館(東京都港区六本木1-3-29)
*入場無料、予約不要、身分証明書不要
(写真は西村宏堂さん提供)
- ■西村宏堂の“Out of the Box!”バックナンバーはこちら
1:新しい環境で“居場所”をつくるには?
2:納得できないルールに心折れず、自分らしく前を向くには?
3:人と自分を比べてしまう。友だちにコンプレックスや寂しさを覚えたら?
4:今の環境で踏ん張るか、去るべきか──どう見極める?
5:言葉の暴力に苦しんできた私。自分を取り戻すには?
6:年をとるのが憂うつ。「女性の価値は若さ」なの?
7:仕事が楽しい30代独身女性。結婚や出産への圧にモヤモヤ
8:大切な人たちとの別れ。誰からも必要とされない不安と孤独に押しつぶされそう
9:生きるのって果てしない──コロナ禍に初就職。希望の仕事に就けたのに、情けない自分に涙
10:何者でもない大人になった私。胸を張れる何かを見つけるには?
11:ルッキズムには反対。でも美しい人に惹かれるし、見た目は大事──これって矛盾?
12:オープン・リレーションシップ──相手を縛らない愛もある?
13:ミスコンのあり方も変化の兆し。本当に美しい人ってどんな人?
14:生理はタブー? 男性のからだを持つ私がナプキンをつけて考えたこと
15:メイクは誰のもの? どんな人も自分らしさを楽しんでいい──メイクアップアーティストの私が思い描く世界
16:人生は映画。あなたが求めるストーリーは? 生き方と好きな映画はつながっている
17:勉強は好きですか? ミス・ユニバース大会で知った学びの力
18:本当の成功とは? プレッシャーに押しつぶされそうな時に忘れがちなこと
19:あなたは自分が自由だと感じていますか? モロッコの友人と語り合った“選択肢のある社会”
20:家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと
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第19回【西村宏堂の“Out of the Box!”#19】あなたは自分が自由
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第20回【西村宏堂】家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学
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第21回【西村宏堂】自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代
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第22回【西村宏堂】体型を気にする人へ。Lizzoが歌い上げる、自分のからだを愛
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第23回【西村宏堂】これからのリーダーたちへ。ジュリー・アンドリュースに学ぶ、尊