“Out of the Box!”#22

【西村宏堂】体型を気にする人へ。Lizzoが歌い上げる、自分のからだを愛する生き方

国内外で活躍するメイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家でもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんによる連載コラム。タイトルの“Out of the Box”には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。サードシーズンは、映画や音楽、本、スピーチなど、宏堂さんの感性に触れた旬のコンテンツや名作を紹介。いま立ち止まって考えているあなたへ、 “見えない箱”から自分自身を解き放ち、勇気をもって新しい時代を歩むためのヒントをお届けします。
【西村宏堂】家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと 【西村宏堂の“Out of the Box!”#19】あなたは自分が自由だと感じていますか? モロッコの友人と語り合った“選択肢のある社会”

日本は紫陽花が美しい梅雨の季節ですね。
私は先日、スペインを発ち、フランスにやってきました。パリに住む友人の家にしばらく滞在して、私の著作『This Monk Wears Heels: Be Who You Are』のフランス語版の出版社とミーティングをしました。

スペインやフランスで過ごしていると、「こうあるべき」という価値観を押しつけられることがなく、頭の上の漬物石がとれたような気がします。振り返ると、東京にいるときは、つらいことも我慢して、絶え間なく働くことが美徳とされているような気がしていました。誰に言われたかはわかりませんが、周囲からのプレッシャーを感じていたように思います。

パリの友人曰く「休むことや楽しむことは、やり方がわからないと上手くできない」。どうしたらさらにのびのび生きられるのか、を模索中です。

パリ市内にて(本人提供)

本当は自分のからだを愛したいあなたへ

さて、みなさんは体型に悩んだことがありますか?

近年、多様なからだを称える「ボディポジティブ」(body positive)のムーブメントが社会に広がっています。私はこれまで、自分のこととなると、つい「やせていなきゃ」「筋肉をつけないとモテない」などと考えてしまうところがありました。

そんな私は最近、Lizzo(リゾ)の曲をよく聴いています。

新時代の歌姫として人気を集めるリゾは、プラスサイズの容姿を誇りと武器に、パワフルなパフォーマンスを繰り広げるアーティスト。身長178cm、体重120〜140キロほどという大きなからだがかつてはコンプレックスだったといいますが、自分を愛する「セルフラブ」や自尊心の大切さを知り、世界に「ボディポジティブ」のメッセージを発信しています。

私は2019年に「Juice」という曲でリゾを知って以来、彼女が大好きになりました。リゾのパフォーマンスや言葉は、多くの人を勇気づけるとともに、ボディイメージをめぐる価値観について、問いを投げかけてきます。

なぜ「やせている方が美しく優れている」とされるの?
自分のからだを愛するには?

今回のコラムは、理想の体型へのプレッシャーを感じている人や、本当は自分のからだを愛したい人に向けてお話ししたいと思います。

「私たちが楽しんでいいときが来たのよ」

今年4月にリリースされたリゾの新曲「About Damn Time」は、私のお気に入りになりました。

「これまでは過去の価値観にとらわれて、プレッシャーに飲まれて落ち込んでいたけれど、もう大丈夫。さあ、音楽をかけて、お祝いするときが来たのよ」

そんなポジティブな歌詞に、心もからだも踊り出すようなビートと歌声。口ずさんでいると「もう心配しなくていいんだ」と勇気が出てくる一曲です。

思い返すと、私は子どもの頃、母のおなかの肉をからかっていました。「太ったからだは笑ってもいい」──それは当時のアニメやテレビから刷り込まれた古い価値観だった……と今では思います。

実際のところ、理想的とされている体型になれば、幸せになれる──わけでもありません。それよりも、日々を楽しんでポジティブな気持ちでいられることの方がずっと大事なのではないでしょうか。

何より、ノリノリで堂々と歌い踊るリゾはすごく楽しそう。その姿を見ていると、どんな体型であろうと「ハッピーな心こそが勝つんじゃないか」と思えてきます。

音楽っていいなあと思うのは、歌詞とともに頭の中で流れ、脳を感化していく、そのパワー。たとえば、誰かに容姿を冷やかされたとき、心の中でリゾの歌を歌えば、堂々としていられるでしょう。

パワーのある歌やメッセージを頭の中にインストールすると、自分自身との対話が生まれます。自分や他者の個性を楽しく肯定していけたら、見えてくる世界が変わっていくし、自分の意識が変われば、周りが自分をどう捉えるのかも変化していくと思うのです。

パリのモデルと語り合った容姿と幸せの関係

先日、パリの友人を介して現地のモデルさんとお話しする機会がありました。

180cmほどのスリムな長身に金髪、青い目に白い肌の彼女は、ハイブランドでフィッティングモデルを務めています。彼女に「最近、プラスサイズや非白人のモデルが活躍していることをどう思う?」とたずねたら、こんな答えが返ってきました。

「そういう人たちが出てきたことで『あなたの肌は白すぎる』なんて言われて、逆に人種差別され、出番が奪われているように感じることもある。だから、正直あまりよく思っていないの。体型について言えば、モデル業界では、選ばれる人がスリムかプラスサイズに二極化している。どちらでもない、街で多く出会うような体型のモデルは出てこない」

そして「ハイファッション業界では、まだまだ価値観は昔のまま」だとも。ハイブランドでは、今もとても細いモデルが求められていて、スリムな彼女よりさらに細い人が好まれるケースも少なくないのだそう。

「周りから憧れられるような体型や容姿に生まれてどう思う?」と私はさらに訊いてみました。彼女ならコンプレックスもなく、さぞ幸せだろうと思ったのですが、彼女の答えは「そう生まれてきただけだから、よくわからない」。

すると、会話を聞いていた彼女のフィアンセがこんな話をしてくれました。

「自分たちは外見について深く悩んだことはないけれど、誰にも何かしら悩みはあるもの。本当にハッピーでいるためには、健康や仲間の存在のほうが大事だと思う。そうしたものって、失ってはじめてわかったりするよね。体型や容姿みたいなものを気にして、自分が持っている幸せに気づかないのは、すごくもったいないこと。健康なからだがあって、やりたいことに取り組めるのなら、その素晴らしさをもっと心に留めなきゃ」

ハッとしました。自分の中にあった古い思い込みにヒビが入ったみたいに。

Polo Ralph Laurenのキャンペーンモデルとして(同社提供)

リゾみたいにポジティブな気持ちを伝えていけたら

性の多様性を称え、LGBTQ+の権利を啓発する「プライド月間」(Pride Month)の今月、私はふたつのブランドでモデルを務めました。

Polo Ralph Laurenでは、「君自身、そして愛する人に正直にあれ」(True to who you are and whom you love)というキャンペーンメッセージのもと、男性のからだに短髪でメイクをまとって前に出ることで「男性がメイクしたっていいんだよ」と言葉で発信するだけでなく、より説得力のあるメッセージを表現できたと感じています。

また、shu uemuraでは、「unlimited pride」(限りのない誇り)というメッセージを掲げたファンデーションのキャンペーンモデルを務めました。年齢や宗教を問わず、多様な人をモデルに採用してきたshu uemuraは、かつての私に広告や店頭ディスプレイを通して「自分もメイクしてもいいんだ」と勇気をくれた存在。そんなブランドの顔のひとつとなれたことをとてもうれしく思います。

リゾみたいに、私も実践者として、自分自身やみんなのありのままを愛するポジティブな気持ちを伝えていけたら。そう、「私たちが楽しんでいいときが来たのよ」と胸を張って。

shu uemuraのキャンペーンモデルとして(同社提供)

変えられないものを受け入れ、細やかな心の動きを愛していきたい

リゾはこんなメッセージも投げかけています。

「あなたが私を愛せるなら、あなたも自分のことを愛せるはず」
“If you can love me, you can love yourself”

「私はあなたに私を売りこもうとしているわけじゃない。私はあなたにあなた自身を売りこもうとしているの」
“I’m not trying to sell you me, I’m trying to sell you, you”

私はずっとアトピーやニキビの痕に悩んできたのですが、最近はそうしたものも自分の一部として愛していきたいと思えるようになってきました。

「セルフラブ」を叶えるために大事なのは、変えられないものを受け入れること。もちろん、ありのままを愛するといっても、健康を保つための努力や、素敵なものをまとうといった自分なりの表現は大切にしながら。

時とともに、容姿の若さや体型は変化していきます。
でも、心は心がけ次第でいつでも美しくあることができますよね。たとえば、「もっと人に優しくしよう」「もらう側ではなく、与える側になろう」と行動してみること──そういった細やかな心の動きこそが本当の魅力や幸せを生むのではないでしょうか。

からだや容姿、自分を愛すること、本当の幸せについて、あなたはどう考えますか?

(トップ写真のみ:佐藤将希)

【西村宏堂】家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと 【西村宏堂の“Out of the Box!”#19】あなたは自分が自由だと感じていますか? モロッコの友人と語り合った“選択肢のある社会”
1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
フォトグラファー。福原 佑二氏に師事後、2019年に独立。雑誌、web媒体、ブランドのカタログ等をメインに東京を拠点に活動中。1989年 仙台出身。
西村宏堂の“Out of the Box!”