【西村宏堂】ファッションの力とは? 変化する南米コロンビアの風に吹かれて
みなさん、こんにちは。
先月は夏休みをいただき、2か月ぶりのコラムになりました。夏のひと月を暮らした南米コロンビアから帰国して、久しぶりに日本でまとまった時間を過ごしています。
今年は春以降、イギリス、スペイン、フランス、そしてコロンビアへ──著書『This Monk Wears Heels』各国語版のプロモーションのためにたくさん旅をして、それぞれの国で多くの出会いや発見がありました。インターネットを通じて膨大な情報に触れられる現代ですが、実際に足を運んで自分の目で見ることはとても大事なのだなとあらためて感じています。
私にとって、日本から遠く離れたコロンビアはほとんど未知の国でした。正直、渡る前は治安などの面で周りから心配され、不安もありました。でも、いざ訪ねてみると、さまざまな魅力にあふれていて、びっくり。私が滞在したこの夏はちょうど史上初となる左派政権が誕生したタイミングであり、社会が大きく変化していくダイナミズムを感じました。
今回のコラムはこれまでと少し趣向を変えて、私が見てきたコロンビアの今をレポートするとともに、現地で得た気づきについてお話ししたいと思います。
さて、みなさんはコロンビアと聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
コーヒー豆やチョコレート? それとも、治安の悪さでしょうか?
南米大陸の北西に位置するコロンビアは、アンデス山脈やカリブ海、ジャングルなどの豊かな自然に恵まれ、世界で最も生物多様性に富む国のひとつと言われています。
しかし、スペイン植民地時代から続く貧富の差がいまだに大きく、数十年にわたる武力紛争や麻薬の密売、蔓延する暴力や政治腐敗などにより、苦難の多い歴史を歩んできたそうです。現在の人口は約5,100万人。先住民族、ヨーロッパ系、アフリカ系などの人種が混在する多民族国家です。
そんなコロンビアに2022年8月、史上初となる左派政権が誕生しました。新大統領に選ばれたのは、左翼ゲリラ出身で首都ボゴタの市長を務めたグスタボ・ペトロ氏。そして、副大統領には初のアフリカ系女性としてフランシア・マルケス氏が就任したことも話題になりました。
国の中でも貧しい地域に生まれたフランシアは若くしてシングルマザーとなり、鉱山での仕事や家政婦を経て、困難の末に社会的弱者の声を届ける人権活動家、環境活動家、弁護士となった人です。2018年に環境分野のノーベル賞とも呼ばれる「ゴールドマン環境賞」を受賞し、英BBCの「世界に影響を与えた『100人の女性』」に選ばれるなど、大きな注目を集めています。
大統領就任式での装いに込められたメッセージ
大統領就任式が開かれた8月7日、「変化の時が来た」と演説するペトロ新大統領を前に、首都ボゴタのボリバル広場はぎゅうぎゅうに集まった人々の熱気に包まれました。
経済格差の解消、迫害されてきた人たちへの連帯、持続可能な環境政策、ジェンダー平等など、就任演説の内容にも感動しましたが、私が特に注目したのは、大統領家族や副大統領らのファッションでした。なぜなら、従来の政治家のようにハイブランドのスーツを着るかわりに、それぞれが政治的な意志やメッセージを込めたファッションをまとっていたから。
オシャレが大好きな私は、まず大統領の娘、ソフィアの紫の服に目を奪われました。
青と赤の中間である紫は、歴史的にフェミニズムやジェンダー平等、LGBTQの人権運動に用いられてきた色でもあります。ジャケットの両袖には「Climate Justice」(気候正義)と「Social Justice」(社会正義)というメッセージが大きく刺繍され、胴の部分にはコロンビアの田園風景が描かれています。内側に着たクロップトップは、複数の先住民族の手による織物に伝統的なビーズ装飾が施されたもので、これはこの国すべての先住民コミュニティを象徴しているそうです。
耳にはハンドメイドビーズの花のピアス。私自身もコロンビアビーズを気に入って街で購入していたので、親近感を覚えました。ビーズのアクセサリーは安価なので、誰でも取り入れられますね。
ソフィアの装いを手がけたコロンビア人デザイナーのディエゴはTwitterで「大統領就任式に参列するソフィアのためにデザインしたドレスを通して、私は新政府を歓迎します。このドレスは連帯、生命、尊重、伝統、文化──コロンビアのあるべき姿を表現しています」(筆者訳)と語っています。
また、ソフィアだけでなく、ファーストレディのヴェロニカや、副大統領のフランシアの装いも印象的でした。ヴェロニカは真っ白なパンツスーツに古い街モンポス(Mompox)の聖母マリアのブローチをつけ、一方のフランシアは青とオレンジ色が鮮やかなチョコ(Chocó)県の民族衣装をまといました。モンポスもチョコも貧困地域として知られています。
彼女たちのファッションはいずれも先住民族の工芸の美しさや地域の文化に光を当てたもので、連帯や平等、環境への想いが込められていました。私は「これまで見落とされてきた人たちを政治的に守っていく」「もう誰も取り残さない」という強い意志を感じて、とてもカッコいいと思いました。
また、同時に「環境問題に目を向けていく」と積極的に発信することで、世界のリーダーたちにも良いプレッシャーを与えられるのではないかと感じました。
今回の経験は、私のファッションへの視野をさらに広げてくれました。
これまでの私は、周りの価値観に影響を受けて、「最新のファッションや高価なブランドじゃないと、オシャレな人たちには認められないのかな……」と考えていたところがありました。お気に入りの映画『プラダを着た悪魔』では、垢抜けない主人公が最新のCHANELのブーツを履きこなしたら、オシャレな業界人が驚いて見る目を変える──というエピソードが心に残っています。
でも、今の私は「新しいものや高価なファッションに執着するのではなく、接した相手がこちらの価値を感じられるような装いを選びたい」と考えるように。胸の内にある意志や愛情を相手に伝えられる──それこそがファッションの真のパワーだと知ったから。
先日、国連に勤める友人と食事をした際、私がコロンビアから帰ってきたことを伝えたら、彼女はコロンビアビーズのアクセサリーでおめかしをしてきてくれました。そんな彼女の装いに「あなたのことを尊重していますよ」という思いやりを感じて、その人のことがさらに大切になりました。私もそんな風にファッションを通して心を表現していけたら!
そして、「新しいものを買わなくてもオシャレは楽しめる」という視点も大事です。最近の私は、父の古い法衣をスタイリストさんにアップサイクルしてもらい、“自分だから表現できるファッション”を楽しんでいます。これまでのコラムに、僧侶の衣をアレンジした装いをたくさん載せていますので、ぜひ写真をご覧くださいね。
見落とされてきた人たちに目を向けたい
今回の経験を通して、もうひとつ考えるようになったことがあります。それは「自分たちが見落としている存在はいないか」ということです。
コロンビアの首都ボゴタや第二の都市メデジンでは、ホームレスの先住民族の姿が目につきました。子どもを連れたお母さんが道で物乞いしていたり、路上でビーズのアクセサリーを売っていたり。一番切ない気持ちになったのは、深夜の繁華街でホームレスの親子が踊っている姿を目にしたときでした。小さな子どもとお母さんはひたすら音楽に合わせて揺れているだけで、道行く人は目もくれないのです。
親しくなったコロンビアの人に、なぜ先住民の人がホームレスになっているのかを尋ねると、「旧政府は先住民族のことを守ってこなかった。故郷を追われて公園や路上で暮らすことを余儀なくされてきたんだよ」と教えてくれました。
多くの人から目を向けられることなく、蔑ろにされてきた人たちがいる──。私は国連人口基金のオフィスを訪ねて、コロンビアの歴史や格差の現状について、さらに学ぶことにしました。これから世界の歴史と現状をもっと学んで、社会から見落とされてきた人たちに目を向け、自分にできることを考えていきたいと思います。
活動拠点をヨーロッパへ
さて、みなさんにニュースがあります。
今後はヨーロッパを拠点に、著書の各国語版のプロモーション活動をしながら、世界の今を学び、成長したいと考えています。新しい挑戦にとてもワクワクしています。9月からはロンドンに数ヶ月滞在し、スペインやフランスを周る予定です。
私の願いは、すべての人が自分らしく生きるための勇気を持てるようになること。そして、自分らしく生きたいと願う人が脅かされない社会をつくることです。
そのために、さまざまな国を訪ねて学んだことや世界の生きた情報をメディアやSNSを通じて発信していきたい。Instagramでは、新たな試みとして「ことばとアートを通して世界を癒す」コンテンツをスタートしました。みなさんが自分の心の声に耳をかたむけ、自分が好きな自分で生きていけるよう、インスピレーションをお届けしていきます。ぜひ覗いてみてくださいね。
そして、新しいスタートに集中するために、次回でこの連載を卒業させていただくことになりました。最終回の#25はロンドンでの“はじまり”をお伝えする予定です。どうぞお楽しみに!
- ■西村宏堂の“Out of the Box!”バックナンバーはこちら
1:新しい環境で“居場所”をつくるには?
2:納得できないルールに心折れず、自分らしく前を向くには?
3:人と自分を比べてしまう。友だちにコンプレックスや寂しさを覚えたら?
4:今の環境で踏ん張るか、去るべきか──どう見極める?
5:言葉の暴力に苦しんできた私。自分を取り戻すには?
6:年をとるのが憂うつ。「女性の価値は若さ」なの?
7:仕事が楽しい30代独身女性。結婚や出産への圧にモヤモヤ
8:大切な人たちとの別れ。誰からも必要とされない不安と孤独に押しつぶされそう
9:生きるのって果てしない──コロナ禍に初就職。希望の仕事に就けたのに、情けない自分に涙
10:何者でもない大人になった私。胸を張れる何かを見つけるには?
11:ルッキズムには反対。でも美しい人に惹かれるし、見た目は大事──これって矛盾?
12:オープン・リレーションシップ──相手を縛らない愛もある?
13:ミスコンのあり方も変化の兆し。本当に美しい人ってどんな人?
14:生理はタブー? 男性のからだを持つ私がナプキンをつけて考えたこと
15:メイクは誰のもの? どんな人も自分らしさを楽しんでいい──メイクアップアーティストの私が思い描く世界
16:人生は映画。あなたが求めるストーリーは? 生き方と好きな映画はつながっている
17:勉強は好きですか? ミス・ユニバース大会で知った学びの力
18:本当の成功とは? プレッシャーに押しつぶされそうな時に忘れがちなこと
19:あなたは自分が自由だと感じていますか? モロッコの友人と語り合った“選択肢のある社会”
20:家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと
21:自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代の美しさ
22:体型を気にする人へ。Lizzoが歌い上げる、自分のからだを愛する生き方
23:これからのリーダーたちへ。ジュリー・アンドリュースに学ぶ、尊重と共感の力
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第21回【西村宏堂】自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代
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第22回【西村宏堂】体型を気にする人へ。Lizzoが歌い上げる、自分のからだを愛
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第23回【西村宏堂】これからのリーダーたちへ。ジュリー・アンドリュースに学ぶ、尊
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第24回【西村宏堂】ファッションの力とは? 変化する南米コロンビアの風に吹かれて
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第25回【西村宏堂】拠点をヨーロッパへ。「Think big!」な旅のはじまり