【西村宏堂】拠点をヨーロッパへ。「Think big!」な旅のはじまり
師走の声が聞こえてきました。
日本は紅葉が一段と美しく色を増した頃でしょうか?
私は今、ロンドンにいます。
前回のコラムでお話ししたとおり、この秋からしがらく活動拠点をヨーロッパへ移すことにしたのです。9月下旬に都内で行われたイベント『VOGUE ALIVE』にMattさんとゲスト出演した翌日、飛行機に飛び乗って、一路ロンドンへ。
それから落ち着く間もなく、すぐに著書『This Monk Wears Heels』各国語版のプロモーションのため、フランスとスペインにしばらく滞在するという怒涛の日々がスタートしました。スペインでは、3日間で17ものメディアに登場する機会をいただき、朝起きてインタビュー! 移動中もインタビュー! という風にラジオ局やテレビ局を駆け回りました。
今年の春以降、ヨーロッパと南米の国々を訪ねた旅をきっかけに、「世界の今を学んで、もっと成長したい!」という想いが湧き上がり、思い切って次のステージへ──。私の挑戦はまだ始まったばかりですが、この短い期間にもイギリス、フランス、スペインを巡る中でさまざまな方に出会い、いろいろな刺激を受けました。
多くの人と言葉を交わして感じたのは「私が想像していたよりも、さらに上を行っている人がたくさんいるんだな〜〜!」という驚きでした。
利己から地球スケールへ
ロンドンでの出版イベントを通して親しくなったインド系イギリス人政治家の言葉を紹介したいと思います。大富豪でもある彼が語ってくれたのは「自分がいる場所からぐっと視野を広げて、物事を大きく考える」ことについて。それは、こんなお話でした。
「世の中、自分自身を成長させることばかり考えている人は多いよね。でも、もっと大きな視野を持って生きている人もいる。たとえば、アウトドアブランド『The North Face』の共同創業者、ダグラス・トンプキンス(Douglas Tompkins)のことは知っている?」
「彼はビジネスで大成功を収めた後、ファッション産業が環境に与える影響に懸念を抱くようになって、それまでに得た莫大な財産をこの星に還元する道を選んだ。『この惑星に住むための家賃を払う』と言ってね。1980年代にチリへ移住して以来、2015年にカヤック事故で亡くなるまで、志を同じくする妻のクリスティン(Kristine)とともに、自然環境や生物多様性の保全に尽力したんだ。チリやアルゼンチンに広大な土地を購入し、大きな自然保護区をつくったのもそのひとつ。最近、クリスティンはその土地をチリ政府に寄贈することにしたそうだよ。私有地の譲渡としてはかつてない規模だ」
「ダグラスは“地球より大きな心”を持って生きた。彼のように、私も大きなスケールで物事を考えて行動していきたいと思っているよ」
そう語ってくれた彼は、社会的地位の高さに驕ることなく、周囲の人に対してもジェントル。常に周りに“How can I help you?”(私に何か手伝えることはある?)と言葉をかけ、ある挑戦に四苦八苦していた私に“When one door closes, two doors open!”(ドアがひとつ閉じたとしても、今度はふたつのドアが開くから大丈夫!)と励ましてくれました。
幸せとは? 自由とは?
さまざまな街で開催した出版イベントでは、外見やセクシュアリティ、ファッション表現などにおいて「自分らしく生きる」ことに悩み、葛藤を抱える人たちに数多く出会いました。
たとえば、「自分の容姿がコンプレックスだったけれど、元気が出た」と笑顔を見せてくださったアジア系の方もいましたし、「宏堂のメッセージに感銘を受けた。でも、自分はそう簡単には自由に生きられない。僕の言う意味が分かるでしょう?」などと話しかけてくれた妻子ある経営者は誰にも言えない秘密を抱えているようで、その苦しみが胸に響きました。
また、フランスでは世界最大の化粧品会社であるL’Oréal(ロレアル)を訪ねて、同社の「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みについて伺いました。多様な社員を守っていくために、たとえば、チームで会話する際に目の見えない人にも配慮した話し方をしたり、DV被害など私生活に問題を抱える社員をサポートしたり、ここまで広い視野を持って細やかな配慮をしているのかと驚きました。
さらに、10月下旬に滞在したスペインで出会ったのは、「何が自分を幸せにするのか」を知り、のびのびと生きる人たちでした。
たとえば、私の著書のプロモーションを手がけてくれたPR会社は、従業員4人と小規模なのですが、社長曰く「これ以上、会社を大きくしたくはない」ときっぱり。自分にとって本当に幸せな生き方をよく分かっていて、その選択に迷いがないことにハッとしました。まさに「足るを知る」。ビジネスの拡大や地位や名誉が必ずしも幸せをもたらすわけではないと知っているのでしょうね。
また、スペインで親しくなった同世代の友人は、都市部のジュエリーショップのマネージャーとして長く勤めてきたけれど、あるとき「本当に自分がやりたい仕事ではない」と悟ったそう。現在は地方のIT専門学校に入り直し、18歳の同級生たちと机を並べているのだとか。小さな街でパートナーと節約生活を送る日々はとても幸せだそうで、その表情は輝いていました。
「今の幸せ」を感じる方法
そんな彼に「今の幸せを感じるって難しいよね」と話したら、あるエクササイズを教えてくれました。それは、10年前の自分がどんなだったかを思い出して、昔はなかったけれど、今あるものや新たにできるようになったことを10個書き出してみるというもの。
私の場合、10年前はメイクの修行をはじめたばかり。アシスタントとしてミスUSA大会に初参加したものの、苦労の多い下積み時代が続き、まだ僧籍も得る前でした。今では、自分の言葉を人に伝えやすくなり、著書を世界で出版する夢も叶えられた──。そんな風にかつての自分を思い出したら、胸に感謝と幸福感が広がりました。
毎日生きていると、私たちはつい「もっと、もっと」とさらなる何かを望み、焦りを抱きがちです。でも、こうしたエクササイズを通して「今ここにあるもの」にフォーカスすると、今の幸せを感じやすくなるのではないでしょうか。昔より今の方がいいと思える人ばかりではないかもしれませんが、かつての自分にはなかったものがきっと何かあるはず。
スペインで出会った彼らは、有名企業で華々しいキャリアを積んでいるわけでも富豪でもないけれど、心の中はすごく豊かに見えました。年齢や地位に囚われず、笑顔で生きる姿に「あなたはどこに幸せを見出して、いつ楽しむの?」と問いかけられたようで、深く考えさせられました。
振り返ってみると、これまでの私は、より活躍するためのキャリアの築き方や、自分が周りにどう見えているかということを大事にしてきたように思います。
一方、私が最近出会って感銘を受けた人たちは、地球の未来や、自分の心が本当に喜んでいるか、あるいは自分の想像が及ばない生き方をしている人たちのことも大事にしていました。私にとって、まさに“Out of the Box!”な美しい価値観に触れた思いがしました。
何をして、何をしないのか? 心の声に耳をすませて
さて、約2年半にわたる連載も今回で最終回。これまでコラムを読んでくださった方、さらに感想をお寄せくださった方、ありがとうございました! みなさんからの声が大きな励みになりました。
私が今みなさんに伝えたいのは、自分が持っているものをどう生かし、何をして、何をしないかが大切だということ。出自や外見など、生まれながらに持っているものは皆それぞれ違うけれど、誰にとっても1日は24時間、与えられた時間は同じです。今は苦しい場所にいる人もどうかあきらめないで。それは「もっと頑張れば現状が良くなる」ということではなく、「自分は幸せな人生を送ることができる」という自分の可能性を信じること。自分が変われば、世界が変わると私は信じています。
そして、“見えない箱”から自分自身を解き放つために、私たちを手助けしてくれるインスピレーションはたくさんあります。たとえば、映画や本、音楽などの作品であったり、誰かの言葉や生き方そのものであったり。あなたの周りを見回してみれば、きっといろいろなところにヒントが見つかるはずです。
この連載を卒業しても、私は今後もさまざまな機会を通じて私自身が出会った“Out of the Box!”な価値観をみなさんに伝え続けて、それぞれの歩みを励ましていけたらと思います。
新たな目標もできました。そのひとつは、自分の動画番組を持つこと。メイクの力で人とつながったり、新旧の価値観を持つ人たちを紹介したり。そうした番組を通して、多様な生き方の選択肢を提案したいなと考えています。
世界の多様な価値観に触れる旅ははじまったばかり。私はこれからもさまざまな場で発信を続けていきます。
また、お会いしましょう!
- ■西村宏堂の“Out of the Box!”バックナンバーはこちら
1:新しい環境で“居場所”をつくるには?
2:納得できないルールに心折れず、自分らしく前を向くには?
3:人と自分を比べてしまう。友だちにコンプレックスや寂しさを覚えたら?
4:今の環境で踏ん張るか、去るべきか──どう見極める?
5:言葉の暴力に苦しんできた私。自分を取り戻すには?
6:年をとるのが憂うつ。「女性の価値は若さ」なの?
7:仕事が楽しい30代独身女性。結婚や出産への圧にモヤモヤ
8:大切な人たちとの別れ。誰からも必要とされない不安と孤独に押しつぶされそう
9:生きるのって果てしない──コロナ禍に初就職。希望の仕事に就けたのに、情けない自分に涙
10:何者でもない大人になった私。胸を張れる何かを見つけるには?
11:ルッキズムには反対。でも美しい人に惹かれるし、見た目は大事──これって矛盾?
12:オープン・リレーションシップ──相手を縛らない愛もある?
13:ミスコンのあり方も変化の兆し。本当に美しい人ってどんな人?
14:生理はタブー? 男性のからだを持つ私がナプキンをつけて考えたこと
15:メイクは誰のもの? どんな人も自分らしさを楽しんでいい──メイクアップアーティストの私が思い描く世界
16:人生は映画。あなたが求めるストーリーは? 生き方と好きな映画はつながっている
17:勉強は好きですか? ミス・ユニバース大会で知った学びの力
18:本当の成功とは? プレッシャーに押しつぶされそうな時に忘れがちなこと
19:あなたは自分が自由だと感じていますか? モロッコの友人と語り合った“選択肢のある社会”
20:家族の重圧に悩む人へ。ディズニー映画の主人公「ミラベル」に学ぶ完璧よりも大切なこと
21:自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代の美しさ
22:体型を気にする人へ。Lizzoが歌い上げる、自分のからだを愛する生き方
23:これからのリーダーたちへ。ジュリー・アンドリュースに学ぶ、尊重と共感の力
24:ファッションの力とは? 変化する南米コロンビアの風に吹かれて
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第21回【西村宏堂】自分は美しくないと思う人へ。「アバクロの盛衰」が示す、新時代
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第22回【西村宏堂】体型を気にする人へ。Lizzoが歌い上げる、自分のからだを愛
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第23回【西村宏堂】これからのリーダーたちへ。ジュリー・アンドリュースに学ぶ、尊
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第24回【西村宏堂】ファッションの力とは? 変化する南米コロンビアの風に吹かれて
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第25回【西村宏堂】拠点をヨーロッパへ。「Think big!」な旅のはじまり