西村宏堂の“Out of the Box!”#08

【西村宏堂の“Out of the Box!”#08】大切な人たちとの別れ。誰からも必要とされない不安と孤独に押しつぶされそう

メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家でもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんに人生の疑問やモヤモヤをぶつける、Q&A形式の連載コラムです。タイトルの“Out of the Box”には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。仕事や人間関係、結婚など、人生の各場面に私たちが抱える悩みや迷いは大小さまざま。本連載では、宏堂さんならではの視点から、不安や逆境の中でも勇気を持って歩いていくためのヒントをお届けします。

こんにちは、西村宏堂です。
今年も残すところあとわずか。
2020年は誰にとっても、激動の1年になったのではないでしょうか。

働き方、生き方、人との付き合い方……、それぞれを見直さざるを得なくなり、私自身もたくさんのことを考える時間がありました。

コロナ禍前は当たり前だったけれど、やらなくてよかったことに気がついたり、当たり前だったけど、失ってはいけないものなどが見えてきました。研ぎ澄まされた気持ちで新しい年を迎えたいと思います。

さて、今回はtelling,編集部に届いた加奈子さんの相談にお答えします。
毎回、記事にいただいたコメントはすべて拝見しています。できるかぎりお返事もしているので、チェックしてみてくださいね。
私に聞いてみたいこと、相談したいことがあれば、文末のコメント欄か問い合わせフォームから送ってください。
お待ちしています。

  • ●相談 #08

    好きな人から拒絶されてしまいました。彼とは出会えてよかったと思っていますが、仕事がきっかけで心身を崩してしまった彼から「そっとしておいてほしい」と言われ、ずっと会えないまま。一度「おしまいにしよう」と言われたのですが、私が「待っていたい」と伝え、「わかった」との言葉を最後に一年が経とうとしています。そんな中、母のがんの転移が見つかりました。もう大丈夫だろうと安心していた矢先のことでした。

     「彼とは縁がなかったと思うべきだ」と自分に言いきかせているのですが、隣に立てたときの幸せな感覚を今も覚えています。さらに、母の命に限りがあることをつきつけられ、余計につらくて……。幸せだと思っていたことが次々と変わっていってしまう。私は誰からも必要とされず、ひとりなのかと悲しくなります。死に対する恐れや悲しみ、誰からも必要とされない自分への不安でどうしたらいいかわかりません。

 ●宏堂さんのアンサー 

コロナ禍で人と人との接点が制限され、ただでさえ世の中のストレスや不安が増す中、大切な人たちとの別れを意識する出来事がつづいてしまった加奈子さん。ご相談を読みながら、その苦しさや悲しみに想いをはせました。

今回は、人との別れや孤独との向き合い方について、一緒に考えてみたいと思います。

“自分の価値”を感じられなくなっているのかも

大切な存在と離ればなれになるつらさって、そう簡単に癒やせるものではないですね。

仏教には「愛別離苦」という言葉があります。それは、人間が有限のいのちを生きる以上、愛する存在といつか必ず離別しなくてはならない、その苦しみを指します。恋人や家族、友人、ペットなど、大切な存在は人それぞれですが、どんなに相手を想おうと、いつかサヨナラがやってくる。病気や事故、仲たがいなど、別れ方の違いはあれど、それは何千年の昔から、また世界のどこであっても、誰かを想う人なら逃れることのできない苦しみです。

ただ、今回のご相談を読んで「誰からも必要とされず、ひとり」という言葉がとても気になりました。だって、冷静に考えれば、がんとの闘いの中にいるお母様は今、いつも以上に加奈子さんの助けを必要としているのではないでしょうか?

誰かの役に立つ行動をするかどうかは、本当は自分の意志で選べること。それなのに、「私は誰からも必要とされないんだ」と考えてしまうなら、それは“自分の価値”を感じられなくなっている状態なのかもしれません。

 

人間関係はタイミングにも左右される

たしかに、大切に想ってきた人から拒絶されるって、すごくつらいものです。私も昔、好きな人から拒絶されて「こんな自分にはもう生きている意味がないんじゃないか」「こんなにがんばっても報われないなら、なんのために生きているんだろう?」と絶望したことがありました。どんなに相手を想っても、人間関係においては報われないこともあります。

でもね、それは──しょうがない!

だって、いろいろな人が異なるサイクルで、それぞれに違うものを求めながら生きているから。

私はビヨンセが大好きなのですが、“Why dont you love me?”という歌があります。美しくてパワフルで社会的にも成功していて、あんなに魅力あふれるビヨンセでさえ、想う人から愛されない苦しみを知っているんだ──そう思ったら、ふっと気が楽になりました。

相手がどう思うかは自分の責任ではないし、人間関係はタイミングにも左右されます。かつてはピッタリだった人でも、やがて道をわかつこともある。相手に拒絶されたからといって、どうか劣等感を持たないでほしいと思います。

 

自分を受け容れてくれない人と一緒にいてもみじめなだけ

「一緒にいられない」と彼が言うなら、無理に一緒にいてもいいことはない──というのが私の意見です。だって、自分のことを受け容れてくれない人といたって、みじめなだけでしょう?

そんな相手と長くいると、私の場合、体調が悪くなってしまいます。どんなに前向きな言葉で取り繕っても、アトピーが悪化するとか、何かしらの反応が出て、からだが悲しんでいるのがわかります。

それなら、ひとりでいる方がずっとマシ。誰かといる方がもっと孤独になることって、実は少なくありません。そのことには、多くの方が気づいているのではないでしょうか。

ひとりになることをどうか恐れすぎないで。そもそも、基本はみんな、ひとり。その上で、もし一緒にいて自分らしくいられる人に出会えたときは、その人をぜひ大切にしてください。

 

悩みや悲しみで心がいっぱいになったときには

かつて悩みすぎて家にこもってウジウジしていたころ、友人がふたつのアドバイスをくれました。

◆とにかく人の助けになることをやってみる

たとえば、お世話になった人に手紙を書いたり、誰かの手伝いをしたり、自分が役に立てるようなボランティアに参加したり。人を助けることって、ふさぎこんだ気持ちをまぎらわせてくれます。「ありがとう」の言葉や「役に立てている」という実感のパワーはすごいのです。加奈子さんの場合、もしお母様が助けを必要としているのなら、今こそ全力で支えてみてはいかがでしょう?

◆歩いて足のうらをあたためる

じっと動かずに考えすぎて、頭にエネルギーが集中していると、ネガティブな気分になりがちです。そんなときは、足のうらを刺激して、頭に滞っている血を全身にめぐらせてみて。「そんなことで?」と思うかもしれませんが、不思議とリフレッシュできて、新しい考えが浮かびやすくなりますよ。

 

どんな人ともいつかは必ず別れがくるから

お母様のご病気と向きあうのは、とてもつらいと思います。

でも、ひとつ言えるのは──人は誰もが必ず死んでしまうということ。自分だって、周りの人だって、みんな。だからこそ、大切なのは、悲しくてもその事実から目をそらさずに、一緒に過ごせる時間をいつくしむことではないでしょうか?

「ああ、いずれはいなくなってしまうんだな。相手も私自身も──だとしたら、相手になんて伝えよう?」

別れを意識するのはつらいけれど、いつかいなくなる前提で「大好きだよ」「ありがとう」「愛しています」という想いを日々の中で伝えていく。後悔のないように、できるだけのことをやろうと今から心がけることで、少しでも“覚悟”が生まれ、やがて別れが訪れたときに、激しく悲しむことがなくなると思うのです。

私は僧侶としてお葬式に立ち会う機会も多くありますが、さまざまな方の葬儀を前にすると「自分や大切な人がどんなかたちで亡くなったとしても、悔いのないように毎日を生きよう」といつも感じます。

自分が今持っているものに気づく

つらいことがあると、失ったものや手に入らないものを数えて嘆きたくなるかもしれません。でも、どんなときだって、あなたが今持っているものがあるはず。

たとえば、加奈子さんの場合、お母様と過ごせる時間がまだ残されていること。自分自身は健康なこと。屋根の下で飢えずに暮らしていること。世界のさまざまな人の人生に目を向けて視野を広く持てば、自分が持っているものにきっと気づけると思います。

努力で変えられないことやなくしたものばかりを数えてもキリがありません。自分が今、手にしているものに目を向けましょう。

 

からだをなるべく元気に、そして待つこと

冬はからだが冷えて寂しい気分になりますよね。特にクリスマスだのお正月だの、世の中が団らんを強調するシーズンがやってくると、ひとりで過ごす時間がつらく感じられるかもしれません。

でも、心が弱ったときにくよくよウジウジしていると、からだもだんだん元気をなくしていきます。なぜなら、心とからだは連動しているから。だからこそ、心がふさぐときほど、からだをアクティブに動かしてみてください。寒いときにはからだをあたためて。心がからだに引っぱられて、不思議と元気が湧いてきますよ。

まるで四季がめぐるように、人生には“波”があります。どんなにきびしい冬もずっとは続きません。うまくいかないときもあるけれど、待っていれば、また“時”がめぐってきます。だから、気長に待つことが大事。自分を責めずに希望を持ちつづけていれば、前に進むチャンスがやがて訪れる──私はそう信じて自分を励ましています。

加奈子さんもみなさんも、どうか焦らずに、なるべくあたたかくして、あたたかいものを食べて、よく眠ってくださいね。

 

トップ:トップス・中に着たトップス・ジレ・ラップスカート・パンツ(すべてLEINWANDE ) ブーツ・ネックレス私物
文中下:シャツ(MARINA YEE)、中に着たシャツ(kudos)、中に着たトップス(LEINWANDE)、パンツ(YanYan)、ベルト・ブーツ・ネックレス私物

1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
西村宏堂の“Out of the Box!”

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