西村宏堂の“Out of the Box!”#04

【西村宏堂の“Out of the Box!”#04】今の環境で踏ん張るか、去るべきか──どう見極める?

国内外で活躍するメイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQでもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんに、人生の素朴な疑問やモヤモヤをぶつける、Q&A形式の連載コラムです。タイトルの"Out of the Box"には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。仕事、人間関係、恋愛、結婚、出産など、人生の各場面や岐路を前に、私たちが抱える悩みや迷いは大小さまざま。本連載では、世間の常識や枠にとらわれない宏堂さんならではの視点から、不安や逆境の中でも勇気を持って歩いていくためのヒントをお届けします。

●西村宏堂の“Out of the Box!”#04

こんにちは、西村宏堂です。
実は7月28日に、初の書籍「正々堂々」を上梓しました。私自身の話から、自分に自信を持ち、自分らしく生きることにチャレンジするきっかけを見つけてもらえたらと思い書きました。
このコラムと併せて読んでいただけたらうれしいです。

さて今回は、過去のコラム"Out of the Box!"#02「納得できないルールに心折れず、自分らしく前を向くには?」を読んでくださった方から、こんな相談が届きました。

  • ●相談 #04

    今、あまり環境のよくない職場でつらい毎日を送っています。やっと入れた会社なのですが、いざ入社してみると、なかなかのブラックぶり……。気持ちを強く持って、ここで踏ん張るべきか、それともほかの場所を探した方がいいのか、悩んでいます。

    宏堂さんがおっしゃったように「郷に入っては郷に従え」という考え方もわかりますし、私には忍耐力が足りないのかもしれません。理想を求めて転職を繰り返すことには不安もあります。たどり着いた場所が理想と違ったとき、宏堂さんならどうしますか? 

●宏堂さんのアンサー

6月の"Out of the Box!"#02では、こんなお話をしました。

社会のコミュニティには、さまざまな規範やルールがある。たとえ納得できないルールであっても、まずは自分の価値観を脇に置いて、向き合ってみることも大切──と。

しかし、人生には「そもそも、ここでがんばるべきなの?」と迷いを抱くことがあると思います。つらくても、今の場所で踏ん張ってみるのか。それとも「ここではない」と見切って、新しい場所へと動くのか。人生の岐路ともいえる場面です。

私自身も今までにそんな経験を何度もしてきました。

まずは自分の心身を守ることを第一に考えて

このまま、今の場所にいるべき?──そんな風にモヤモヤと迷うとき、まず確かめてほしいのは「でも、ここで踏みとどまってがんばらなきゃ」と思う気持ちが自分の“本心”なのかということ。もしかしたら、周りの意見や自己犠牲、誰かのための我慢を優先する"自己破壊的"な考え方が正直な決断を邪魔していませんか?

今の時代、ブラック企業やいじめが横行する学校など、心身を蝕まれるような場所で苦しんでいる方も少なくありません。自分にあまりに合わない場所で心を殺してとどまりつづけるのは危険なこと。もしそんな環境にいるのなら、自分の心を無視してまで、がんばってはダメ!

環境の変化があなたを守ることにつながるなら“去る勇気”も必要です。

 

たどり着いた場所が理想と違ったら?

「ここなら、きっと次の道がひらけるんじゃないか」と希望を抱いて、何とか新しい場所にたどり着いた。でも、その場所が希望どおりであるとは限りませんよね。むしろ、理想どおりのパラダイスである方がまれでしょう。

「こんなはずじゃなかった!」と叫びたくなった経験は私にもあります。

居場所が見つからない“暗黒の高校時代”を過ごした私は、卒業すると半ば逃げるように日本を飛び出しました。「アメリカに行けば、すべてが変わる」と思っていたのです。

そんな私を待っていたのは、ボストンのとある学生寮。苦痛なほどセンスの合わない空間に驚いたのも束の間、寮生たちは夜更けまでパーティざんまいで大騒ぎ。韓国からの留学生が多かったので、牛乳もおやつも冷蔵庫に入れた食材はみんなキムチの香りに……。思わず「こんなところに来るつもりじゃなかった!」と叫びそうになりました。

僧侶の修行時代だってそう。経験者の母から「楽しかった」と聞いていた修行は、つらいのなんの。手はかじかみ、のどからは血が出るし、脚はアザだらけ。普通に歩いていただけで怒鳴られる。「ちょっと、どこが楽しいの!?」って京都から母のいる東京に向かって叫びたい気分でした。

 

迷ったときこそ“心の声”に耳をすませて

つらくて、もう投げだしてしまいたい!──そんなときに私が心がけてきたのは、一度立ち止まって"心の声"に耳をすますこと。

「何のためにこれをするの?」「今の場所でこのまま踏ん張れば、可能性がひらける?」「私は本当にここにいたいの?」

今の場所でもっとできるか、できないかは自分でわかると思うんです。今はここでがんばるしかないのか。ほかの場所により大きな可能性があって、もっと満足できて、合う人がいるはずと思えるのか。そう思えるなら、旅立つための準備をしましょう。

気をつけてほしいのは、つらいときの“反応”と心の声を混同しないこと。きつい仕事や修行のときの「イヤだな」は心の声ではなくて、ただの反応。

もしつらくても「今はここがいるべき場所だ」「やった方がいいよ」と心が答えるなら、さあ、もうひと踏ん張り。「大変」な試練は、自分が「大」きく「変」われるチャンスでもあります。

“流浪”って悪いこと?

今までの環境を飛び出すのは勇気がいるもの。「自分には辛抱が足りないのかも?」「逃げているだけで“流浪”しているんじゃないか」──そんな恐れを抱く方もいるかもしれません。

日本には我慢や忍耐を美徳とする文化がありますよね。去ろうとする人を「堪え性がない」と非難したり、「石の上にも三年」とたしなめたり。

でも、こんな話もあります。
「転がる石に苔むさず」──英語では、このことわざを“A rolling stone gathers no moss.”と表現し、日本では「職業や住まいなどを変えてばかりいると、地位や財産を築けない」という意味に捉えられることが多いですが、一方アメリカでは「常に動きつづける人は古びない」と正反対の解釈をするのです。おもしろいことに、同じ情景から違うレッスンを見いだしている。物事の見方に絶対はないと知ると、なんだか視野がひらけてきませんか?

私自身は“流浪”こそ、人の生きる姿なんじゃないかと思っています。悩みながら変化しつづけるのが人生。“流浪”を恐れることはない──と動きつづけてきた私は思うのです。

 

「ここではない」と思っても、すぐに動けなかったら

ただ、「ここではない」と思っても、すぐに動ける人の方が少ないかもしれません。金銭面やタイミングの問題もあるし、みんながみんな、すぐに引っ越したり、仕事を変えたり、留学したりできるわけではないでしょう。そんなときは──

◆次のために少しずつ準備をする
情報を集めたり、勉強したり、お金を貯めたり。今の場所でもできる準備が何かあるはず!

◆今のベストを尽くしながら、得意なことをのばす
努力するのがそれほど辛くないこと、人からほめられることはあなたの強み。得意なことや楽しいと感じられることに力を注ぎ、磨いていきましょう。

◆日々の中に自分らしい楽しみを探す
自分らしく、ホッと息をつける時間を日常の中につくると、気持ちがやわらぎます。たとえば、私は僧侶の修行中、お風呂で歌を歌うわずかな時間を心の支えにしていました。

◆物事をとらえる視点を増やし、視野を広げる
自分の常識って案外、狭い世界の話だったりするもの。多様な人のインタビューを読んだり、尊敬できる人に相談したり。映画やドキュメンタリーに触れるのもGOOD!

すぐに動けなかったとしても、今できることに取り組めていれば大丈夫。前を向いて力を蓄え、旅立ちの日に備えましょう。

 

自分がより活きる場所、より役立てる場所へ

私が勇気を出して動いたタイミングはいつも、ほかの場所に“自分がより活きる可能性”を感じたときでした。日本を飛び出したときも。僧侶になる修行を決めたときも。NYからLA、そして日本へと拠点を移したときも。

振り返れば、そのときの自分に必要な学びがあるところ、自分がより役立てる場所、一緒にいるのが楽しいと思える人たちがいるところへと“心の声”が導いてくれました。

「心よ、私はもっとここにいたいの?」

そうたずねると、私はいつもパッと答えが出ます。心の声を聞くのが得意なんです。その声を無視しつづけると、かならず体調を崩してしまう。まるでバロメーターみたいに。

 

“心の声を聞く力”をつけよう

自分の心の声がよくわからない──と感じる方もいらっしゃるかもしれません。特に“べき論”にとらわれると、心の声を聞くのが難しくなります。いろいろな雑音が頭の中で鳴り響いてしまうから。でも、大丈夫。“心の声を聞く力”はつけられます。

「心よ、私はどうしたいの?」

そう自分自身にたずねたら、返ってくる答えに耳をすませて。理屈や恐れが答える前に。

あなたのことはあなた自身の心がよく知っています。大切なのは、周りの人ではなく自分がどうしたいか。たとえ、親や上司、パートナー、親友であっても、他者である彼らにあなたの心は計れません。

見えない箱から自分を解き放つための力は、あなた自身の中にあるのです。

 

トップ:ワンピース、スカーフ(すべてPierre-Louis Mascia) パンツ(MISSONI) ヴィンテージネックレス(すべてSometimes Store) リング(ATELIER SWAROVSKI)
文中上:ジャケット、シャツ(ともにPierre-Louis Mascia) ネックレス(すべてNEWSIAN) ヴィンテージベルト(Sometimes Store)
文中下:ジャケット、スカート(ともにUJOH)

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2020年7月28日発売

正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ

LGBTQであり、僧侶であり、メイクアップアーティストである西村宏堂の初エッセイ!他人と違う自分を受け入れ、自分の好きな自分で正々堂々と生きていく方法を提案する一冊。

著者:西村宏堂
発行:サンマーク出版
価格:1,430円(税込)

1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
フォトグラファー。福原 佑二氏に師事後、2019年に独立。雑誌、web媒体、ブランドのカタログ等をメインに東京を拠点に活動中。1989年 仙台出身。
西村宏堂の“Out of the Box!”