西村宏堂の“Out of the Box!”#05

【西村宏堂の“Out of the Box!”#05】言葉の暴力に苦しんできた私。自分を取り戻すには?

国内外で活躍するメイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQでもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんに、人生の素朴な疑問やモヤモヤをぶつける、Q&A形式の連載コラムです。タイトルの“Out of the Box”には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。仕事、人間関係、恋愛、結婚、出産など、人生の各場面や岐路を前に、私たちが抱える悩みや迷いは大小さまざま。本連載では、世間の常識や枠にとらわれない宏堂さんならではの視点から、不安や逆境の中でも勇気を持って歩いていくためのヒントをお届けします。

●西村宏堂の“Out of the Box!”#05

こんにちは、西村宏堂です。
夏の暑さも和らぎ始め、季節はすっかり秋に移りつつあります。
秋らしい心地よい風に、心がほっとするのを感じています。
芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋……。
今年はどんな秋を過ごそうか考えるだけで、ウキウキしますね。

さて、今回はtelling,編集部に届いた、アリさんの相談にお答えしたいと思います。

  • ●相談 #05

    今までたくさんの差別的な言葉でけなされてきました。たとえば、容姿では「ブス」「デブ」、年齢では「ババアじゃん」など。なぜ、そんな風にわざわざののしったり、いじめたりされなきゃいけないんだろうと思います。もっと卑屈になることなく生きていきたいのに、自分に自信がないので、どうしたらよいのかわかりません。自分の取り戻し方を教えてください。

●宏堂さんのアンサー

近年、ネット上の誹謗中傷をはじめ、モラハラや差別、いじめといった“言葉の暴力”が大きな問題になっていますね。私は言葉の力を「他の人を応援する」ために使いたいけれど、言葉って人の心を切り刻む刃物にもなります。

「差別的な言葉にずっと苦しめられてきた」という相談者アリさん。傷つきながらも「自分を取り戻したい」と思える、その凜とした心を私は美しいと思いました。

今回は“人を貶める言葉”にのみ込まれずに、自分を取り戻すためのヒントをお伝えできたらと思います。

揶揄や罵りの言葉をぶつけられて

私自身、振り返れば、たくさんの揶揄や罵りの言葉をぶつけられてきました。

居場所が見つからなかった高校時代。背後から聞こえてきた「西村、あいつオカマでしょ?」──そんなクラスメートの声にうつむいて過ごした日々もありました。

より自由に生きられる場所を求めてNYに渡った後も、街なかで見知らぬ中年男性から「お前は男か女か!」と突然怒鳴られたことも。

今では、自分らしさを受け入れて“正々堂々”と生きている私ですが、男性の外見でジェンダーフリーなファッションやメイクをまとい、“ハイヒールをはいた僧侶”として人前に出るなかで、時には驚くようなコメントが届きます。

たとえば、「彼は本物のお坊さんじゃない」なんて序の口。「社会主義者のプロパガンダだ」とか。さらには「CNNがこんな動画を出すようになったなんて世界は終わりだ!!」──ふふふ、スケールが大きいでしょう?
罵りの言葉もここまで来ると「すごいなあ」とむしろ感心してしまいます(笑)。

 

ひどい言葉って発する側の問題を表すもの

私がまず感じるのは、ひどい罵詈雑言をぶつける人って、その人自身がイライラや怒りや悩みを心に抱えている。だからこそ、そんなふるまいをするんだと思うのです。

そもそも、容姿や年齢で人を貶めるのはタブーでしょう?

礼儀も配慮も欠いた暴言が本当に意味するのは、「あなたが劣っている」ということではなく、「相手があなたを気に入らない」そして「相手の心が満たされていない」ということだけ。
つまり、彼らの心の問題であって、あなた自身の問題ではないのです。

ひどい言葉に傷つきそうになったら、その内容を真に受けるより先に「なぜ相手がそう言うのか」を考えてみて。私は「この人は幸せじゃないんだな」と相手の心に思いをはせてみます。

 

同意しなければ、あなたの尊厳は奪われない

私が大好きな言葉のひとつに“世界のファーストレディ”と呼ばれたエレノア・ルーズベルト元米大統領夫人の名言があります。

「あなたの同意なしには、誰もあなたに劣等感を抱かせることはできない」
“No one can make you feel inferior without your consent.”

どんなに相手があなたのことを蔑み罵ったとしても、その相手に同意しなければ、あなたの尊厳が損なわれることはありません。相手の言葉を正しいものとして受け入れてしまう前に、ぜひ一度立ち止まってみてください。

 

相手が低レベルなときこそ気高く

もうひとつ、私が心の支えにしている言葉があります。

「相手が低俗にふるまったときこそ、気高くいきましょう」
“When they go low, we go high.”

ミシェル・オバマ前米大統領夫人のメッセージです。

相手が野卑なふるまいをするなら、さらに上品に。相手にあわせて同じ土俵に立つのではなく、より洗練された大人の態度を保つという選択肢を選びたいと私も思います。

 

自分を取り戻すには自分を知ることが必要

堂々とした自分を取り戻すために“自信”を持ちたい。
それでは“自信”ってどうしたら生まれるのでしょう?

多くの方は「人より秀でているところを見つけなくてはいけない」と感じているのではないでしょうか。「自分に自信が持てないのは、人に誇るようなスペックに恵まれていないから」あるいは「努力が足りないから」だと。

そんな方たちに伝えたいのは、本当の自信というのは「いかに人より優れているか」ではなく、「自分がどんな人間なのかを知ること」から生まれるということです。それはつまり、等身大の自分自身をまるごと受け止めるということ。

もちろん、人より容姿が美しいとか成績が優秀だとか、生まれ持ったものや磨き上げた能力からくる自信もすばらしいと思います。でも、その種の自信は自分を上回る人が現れたら、しぼんでしまうでしょう。一方、自分を知ることから生まれる自信は、どんな人を前にしようと揺るぎなく自分を支えてくれます。

自分自身を知るためのふたつの方法

自分がどんな人間なのかを理解するために、私が提案するのはこんな方法。

◆昔の自分を知る──あなたはどんな子どもでしたか?

幼いころに好きだったこと、心地よいと感じていた場所、大切にしていたもの。昔の自分を思い出してみてください。もし記憶があいまいなら、当時を知る人に話を聞いたり、懐かしい場所を訪ねてみては。大きくなるにつれて忘れてしまったことや、周りを気にして抑えるようになった“自分らしさ”が心に蘇るかもしれません。

私の場合、スカートをひらひらさせながら、心のままに歌って踊るのが大好きだった無邪気な“こうちゃん”が今も心に生きています。昔の自分を取り戻したら、いろいろな時代の私が今の私を応援してくれている──と感じるようになりました。

◆今の自分を知る──“ほめ殺しゲーム”で魅力を発見

信頼できる友人とお互いのいいと思うところを言い合ってみましょう。目に見えるものと見えないもの、それぞれ10個ずつ。全部で20個ってたくさんだから、自分でも意識していなかった長所に気づくきっかけになります。

「やっぱりね」「努力したかいがあったな」と感じるものもあれば、はじめて知ることもあるし、てっきり短所だと考えていたことが「え? そんな風に評価されるんだ」と驚かされることも。いずれにせよ、自分の魅力を客観的に教えてもらえると、大きなパワーを得られます。

 

コンプレックスに苛まれているなら

自分を好きになりたい──そう思っても、等身大の自分を受け止めるって簡単ではありません。私もかつては人一倍コンプレックスを抱えていました。「自分の好きな自分で生きていくなんて無理。ひと握りの人ができることでしょ?」って。

そんな私も少しずつ自分を知り、自分らしくいるための方法を身につけ、今では胸を張って生きられるようになりました。かつての負の感情さえ、パワーに変えて。

コンプレックスはこそこそ隠すより開き直ってしまうのも手です。誰かに揶揄されたら「そうだよ」「どうしたらもっと素敵に見えると思う?」──そんな風に堂々と答えると、かえって相手は怯むもの。勇気がいるけれど、自分の弱さを見せたっていいのです。

相手をすぐに「敵」だと切り捨てず、一度は心をひらいて歩み寄ってみる。もしかしたら、お互いが変わるきっかけになるかもしれません。ただ、そんな姿勢で接してみても状況が変わらなければ、あとはもう相手の問題。距離を置きましょう。

 

寛容な気持ちを自分自身にも向けて

つらいコンプレックスに苛まれている方に私が伝えたいのは「寛容な気持ちを自分自身にも向けてほしい」ということ。“こうあるべき”姿とのギャップに苦しんでいるなら、いろいろな時代や世界の価値観にもっと目を向け、視野を広げて。そうすれば、多様な人たちが“それぞれの色”で美しく生きていることに気づくはず。

ひとりひとりが違っているから世界はおもしろいし、美しい。ひとりでも多くの人が「自分は自分でいいんだ」と知り、勇気を持って人生の道を歩んでいけることを心から願っています。
劣等感だらけだった私が堂々とした自分を取り戻せたように。

今回のように、みなさんからのお悩み相談にお答えしていきます。相談事や感想をお待ちしています。

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  • 末尾のコメント欄か問い合わせフォーム から、あなたが宏堂さんに聞いてほしい相談をお送りください。

トップ: ジャケット、シャツ(ともにPierre-Louis Mascia) ネックレス(すべてNEWSIAN) ヴィンテージベルト(Sometimes Store)
文中上: ジャケット、スカート(ともにUJOH)
文中下: ワンピース、スカーフ(すべてPierre-Louis Mascia) パンツ(MISSONI) ヴィンテージネックレス(すべてSometimes Store) リング(ATELIER SWAROVSKI)

2020年7月28日発売

正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ

LGBTQであり、僧侶であり、メイクアップアーティストである西村宏堂の初エッセイ!他人と違う自分を受け入れ、自分の好きな自分で正々堂々と生きていく方法を提案する一冊。

著者:西村宏堂
発行:サンマーク出版
価格:1,430円(税込)

1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
フォトグラファー。福原 佑二氏に師事後、2019年に独立。雑誌、web媒体、ブランドのカタログ等をメインに東京を拠点に活動中。1989年 仙台出身。
西村宏堂の“Out of the Box!”