西村宏堂の“Out of the Box!”#09

【西村宏堂の“Out of the Box!”#09】生きるのって果てしない──コロナ禍に初就職。希望の仕事に就けたのに、情けない自分に涙

メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家でもある。そんな多様な顔を持つ西村宏堂さんに人生の疑問やモヤモヤをぶつける、Q&A形式の連載コラムです。タイトルの“Out of the Box”には「常識や枠にとらわれない」という意味があります。仕事や人間関係、結婚など、人生の各場面に私たちが抱える悩みや迷いは大小さまざま。本連載では、宏堂さんならではの視点から、不安や逆境の中でも勇気を持って歩いていくためのヒントをお届けします。

新年早々の緊急事態宣言。みなさん、いかがお過ごしですか?
家で仕事をしている方も出社している方も、心と体に気をつけて過ごしてくださいね。
適度な運動も忘れずに。体を動かすって思っている以上に大切です。

さて、2021年。新たな希望を持って新年を迎えた方も多いのでは。
今までの私は「スペイン語を学ぶ」など、ぼんやりとした目標を立てていたのですが、今年は具体的なゴールを定めてしっかり励みたいと思います。夏までにスペイン語の文法の時制の活用をきちんとマスターしたいと決めてみました。
具体的なゴールを定めることで確実に進歩していきたいです。

今回は、telling,編集部に届いたキエさんの相談にお答えします。
毎回、記事にいただいたコメントはすべて拝見しています。できるかぎりお返事もしているので、チェックしてみてくださいね。
私に聞いてみたいこと、相談したいことがあれば、文末のコメント欄か問い合わせフォームから送ってください。
お待ちしています。

  • ●相談 #09

    2020年の春、遅ればせながら28歳で初就職しました。やっと自分のやりたいことを見つけ、その仕事に運よく就けたものの、何事にも人一倍時間がかかる私はいまだに仕事に慣れません。好きだったことも「本当に好きだったのかな」と疑ってしまうほど、仕事が苦痛です。在宅の際は泣きながら仕事することもあり、せっかく好きなことをやらせてもらっているのに、不平不満を言っている自分が情けないと思ったら、また泣けてきます。

    もし「辞める」という選択肢を選んで、次の仕事に就けたとしても「この状態がまたループするんだろうなぁ」と思うと「生きるのって果てしないなぁ」と感じます。「死にたい」とまでは思いませんが、毎日「早く終わりたいな、楽になりたいな」という気持ちになります。この先、死ぬ覚悟もないし、生きていく覚悟も持てないまま、どうやって生きたらいいのでしょうか。せめて、すぐにへこたれない精神を持てるようになりたいです。

 ●宏堂さんのアンサー 

昨年の春、コロナ禍のさなかに初就職したというキエさん。
もし私が今、新社会人だったら──新人という立場で在宅勤務が続いているのなら──本当につらいだろうなと想像します。

仕事って、先輩や周りの人から多くを学ぶもの。逆に言えば、人に会わずに仕事を学ぶのは至難の業です。いくら好きな仕事でも、周りのことがわからなければ、苦しくて当然だと思います。

今回は、人とのつながりが制限されるコロナ禍の今、そして苦労の多い新人時代に、前を向くためのヒントをお伝えできればと思います。

 

人に会えない今だからこそ、自分から働きかけてみる

右も左もわからない新人にとって、先輩や同僚など職場の人と気軽に相談や雑談ができる環境はすごく大切です。そうしたチャンスが減っているなら、勇気を出して自分から働きかけてみるのはいかがでしょうか?

人に会えない今だからこそ、たとえばランチZoomのお誘いなど、言葉を交わせる機会を自分からつくってみる。今の不安や悩みを素直に伝えてもいいと思います。

「もっと上達したい、成長したいと思っているから、少し話を聞いてくれませんか?」

家にいてもつながれる“仲間”を増やせたら、気持ちもずいぶん変わってくると思うのです。

 

新人時代はつらくて当たり前。自分を責めないで

そもそも、コロナ禍でなくても、はじめての仕事は大変なもの。

私も新人時代、苦しかったことは数えきれません。ミス・ユニバースにあこがれて、いざメイクをはじめたのはいいけれど、思うようにできず、泣いたこともたくさん。すごく好きでがんばっているのに、全然できなくて……。

さらには、相手に自分の意図とは違って伝わったり、理不尽なことを言われたり、自分の悪いところを指摘されて、それがまた図星だったり。

そう、最初はつらいことがあって当たり前。思うようにできないからと、必要以上に自分を責めないでほしいと思います。

焦らず行こう──“1万時間の法則”とは?

アメリカでベストセラーになった『Outliers: The Story of Success』(Malcolm Gladwell/Little, Brown and Company)[邦題:『天才!成功する人々の法則』(マルコム・グラッドウェル/講談社)]という本に、こんなお話があります。

「人が何かを本当に身につけ、プロになるには1万時間かかる」

メイク、料理、スポーツ、楽器演奏など「どんな分野でも1万時間の練習をつづければ、本物になる」というのが“1万時間の法則”。1万時間というと、毎日数時間取り組んで、5年から10年ほど。何かのプロとしてひと通りのことができるようになり、人に喜んでもらえるレベルに到達するには、それだけの練習や努力を重ねる必要があるというわけです。

そう聞くと「たった数カ月や1年で別に焦ることなんてないな」と感じませんか?

もし本当に向いていないと分かったのなら、次の道を考えてもいいけれど、やりたかったことに向き合うチャンスを得られたのはラッキーなこと。今はまだ歩みはじめたばかりだと思って、焦らずにもう少し取り組んでみてはどうでしょうか。

 

旅人や新人が味わう“4つのステージ”

もうひとつ、こんなお話があります。

「旅人が新しい場所に出会ったときの反応は、時間をかけて4つのステージを進む」

①すべてが新鮮で輝いて見える
②すべてがイヤになる
③消化がはじまり、気づきが訪れる
④長所も短所も理解して折り合いがつく

私の意見ですが、これは旅だけでなく、新しいことをはじめた人の反応も同じ。キエさんは今、この第2ステージにいるのかもしれません。

 

心がつらいときは? 戦略的にストレス発散を

さらに「在宅勤務中に涙が出る」というキエさん。もしかしたら、オンとオフの切り替えがあいまいになり、生活のすべてが仕事になってしまっている可能性があります。

新人時代はただでさえ、息がつまることも多いもの。ぜひ戦略的に、ストレス発散法を取り入れましょう。あいにく今はコロナ禍でさまざまなアクティビティが難しい状況ですが、お散歩やオンライン通話など、無理のない範囲で自分に合った方法を試してみてください。

また、新人時代は年齢や立場が上の人に接する機会も多いと思います。そんなとき、私がオススメするのは、相手の幼児時代をイメージすること。今の外見や年齢、地位にとらわれずに、その人の魂を意識して。「この人だって、小さな子どもの頃があったんだ」と想像すると、必要以上に萎縮せずにすみますよ。

 

不平不満OK。できればユーモアをプラス

不平不満は口に出したってかまわない──と私は思います。
だって、「言わなきゃ、やっていられない!」という時だってあるでしょう?

できれば、そこにユーモアを交えられたらベスト。イライラするより、笑いとともにイヤな気持ちを忘れちゃった方が楽になります。

大事なのは、ネガティブな気持ちをためこまないこと。友人でも同僚でも、不平不満を言い合える人を見つけましょう。私はときどき親しい友人にたっぷり話を聞いてもらっていました。

話せる相手が思い浮かばない?
大丈夫、じっくり探せば、あなたに共感してくれる人がきっと一人は見つかります。どんなコミュニティの中にもいろいろな考えの人がいるから。

 

あなたが今やっていることは自分で選んだこと

目の前の物事で頭がいっぱいになっていると、つい忘れてしまうけれど、あなたが今やっていることは、自分で選んだこと。誰かに無理やり強制されているわけではないし、やめようと思えば、明日やめることだってできます。つらいのは、真剣にがんばっているからこそ。

「やろうと決めたのは自分。いつだってやめられるんだ」
「何のためにこれをするの? これを乗り越えたら、どんな未来が待っている?」

そんな風に意識すると「もうちょっとがんばってみようかな」という気持ちが湧いてきませんか?

 

一度乗り越えれば、ループはしない

新人時代には「自分の不甲斐なさにぶつかって、泣きながらがんばるしかない」という時期があります。でも、そこを乗り越えさえすれば、まずループはしません。

なぜなら、一度何かに立ち向かって学んで成長していく経験をすると、次に新しいことにチャレンジしたときにはそのノウハウがあるので、もっと楽に早くできるようになるから。

たとえ、今取り組んでいる分野の知識をずっと使うとはかぎらなくても、リサーチや考察、プレゼンテーション、時間管理といったスキルは一生役に立ちます。それに、自分自身を知れば知るほど、得意なことや長所を次に活かせるようになるでしょう。

たしかに仕事にはコツもあるけれど、最初からいきなり“飛び級”を目指すより、まずは目の前の課題に愚直に取り組んで、だんだんと勝手を知ることも大事。一度はつらい経験を乗り越えてこそ、プロとして活躍できるようになるのかもしれません。

ただ、生きていく覚悟なんて、なくても大丈夫。
そんなに構えずに、もっと肩の力を抜いて。不平不満も適度に吐き出しつつ、意識してストレスを発散しましょう。できれば、ユーモアを忘れずにね。

キエさんのこと、そして新しい道に挑むすべての人を、心から応援しています。

 

トップ:トップス、中に着たトップス、ジレ(すべてLEINWANDE)、ネックレス私物

1989年東京生まれ。米パーソンズ美術大学卒。メイクアップアーティストにして僧侶、LGBTQ活動家。日本語、英語、スペイン語を操り、ミス・ユニバース世界大会などでメイクを手がける。国連、イェール大学など講演多数。NHK、CNN、BBCなど国内外のメディアに取り上げられ、Netflixの番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々』、2022年には英語、独語で"This Monk Wears Heels"を出版。
合同会社アーキペラゴ代表。グラフィック&WEBデザイン、文章、写真、旅する本屋など、様々な手段で価値あるコトを伝える媒介者として活動しています。外界の刺激を受け取りすぎるといわれるHSPですが、自分の特性を生かして社会と関わっていければと。慶應義塾大学法学部、桑沢デザイン研究所卒。東京生まれのミレニアル世代。好物は本と旅と自転車、風の匂い。
西村宏堂の“Out of the Box!”