真船佳奈#15 恋人から家族になるまでの“賞味期限”っていつまでなんだろう
スピード結婚は正解か否か
我々夫婦は出会って1週間で付き合い、5か月目に同棲スタート、11か月で入籍した。
すべての過程が1年の間に行われたので、比較的スピーディーに「家族」になった元・恋人たちだ。
よく人と打ち解けるための導入トークを「アイスブレーキングトーク」とか言ったりするが
(いきなりインターナショナル!)恋愛は氷の溶かしあいに似ている。
カチカチに氷に覆われてよく見えないお互いの心と体を、
時間をかけて砕いたり、溶かしたりしていく。
すっかり氷が溶けて正体が丸出しになるのを見てから決断する人もいれば、
氷の外観を見ただけで中身を予想してスピード決断してしまう人もいる。
スピード結婚を遂げた某芸能人が「ビビビッときました」とはにかみながら述べた言葉はあまりに有名だが、ビビビッとは言わずとも私たちも非常に強い吸引力を感じたのは事実である。
スピード結婚組はこの、言葉にすると信じられないくらい薄っぺらい「ビビビッ」のみを信じさっさとくっついた派なのだ。
よく「スピード結婚は危険だよ」なんていわれたりもするが、
交際相手が「家族」としてふさわしいか見極める時間はある程度必要なのだと私も思う。
でもいいところもある。
先ほどの例でいうところの「氷を溶かす作業」をしている時が一番恋人らしく、ロマンチックな時間である。お互いの丸裸が見える前に、何が出てくるか探り合う。
歴史研究家の発掘作業さながらドキドキわくわくに満ち足りた時間である。
しかし完全に氷が溶けて正体が見えてしまうと、その発掘作業は終了し、
今度は二人で協力して歩き出す作業に移行する。
「恋人に裸を頻繁に見せちゃダメ!」とかいう助言も、氷が溶ける期限を少しでも延ばすための延命治療としてあるのである。
スピード結婚の場合はまだお互いが氷におおわれてすべてが見えないままに結婚をするので、「まだ恋人としての探り合いの時間が残ったまま家族になれる」のが最大の利点であるとも言われる。
だから私ももう少し長く俗にいう「アツアツ期間」(昭和の遺言みたいな表現でごめん)が続くのかと思っていた。
が、もう完全に我々はスッポンポンである。
まだ知り合って2年なのに、恋人としてのムードは消え失せ、
ロマンチックなセリフではなく屁をかけあい、手ではなくお互いの弱みを握っては
互いをからかいあっている。
そう、急激なスピードで氷が溶けてしまったのである。
我が家だけ温暖化がすごいスピードで進んでいるらしい。
というか、私たちは当初から死ぬほど波長が合った。
だから探り合いというよりは、お互い煮えたぎった湯を持ち、
「え!?やっぱり!酒は最高だよね!あんたもそう思う?!」などと言いながら
バシャバシャ掛け合っていたため、目にもとまらぬ速さで氷が溶けていた。
呼び名を変えてほしい!?
失った時間を取り戻すことはできない。
本来もっとゆっくり味わうべきキャンディーを、奥歯でひとえにかみ砕いてしまったのだから、新しい刺激を追求するしかない…。
日常で「ロマンチックさ」を妨げている要素を思い起こしてみた。
わかった、私の呼び名である。
よく同僚から「夫からなんて呼ばれているのか」と聞かれたりする。
多分「佳奈ちゃんです」とか、ちょっと恥ずかしがりながら言う答えを期待されているのだろう。
真顔で
「トン狸です」
と答えると、結構な確率で時が止まる。
「説明が足りなくてすいません、豚とたぬきを掛け合わせた空想上の生き物です」と説明してもわかってくれない。
理解できないのは語源ではなく、どういう意図でそんなあだ名になってしまったのか、ということなのだろう。
よく外国人が恋人のことをかわいがって「my little Penguin(かわいいペンギンちゃん)」って言ったりするらしいのだが、そういうテンションでもない。
ある日突然「狸に似ている」とうれしくない判定をされ、その後6キロくらい太った際
「トン」が追加され、完全に「トン狸」としての人生がスタートしてしまったのである。
とんだキラキラネームだが、あだ名だと家庭裁判所でも改名できない。ただただ、名付け親を恨むしかない。
じゃれあってる時のテンションではなくシリアスな場面でも
「じゃあトン狸は自分がこういうことやられたらどう思うの?!」とかキレられたりする。
私も私で「じゃあ狸はどうしたらいいって言うの?!」とか怒鳴ってる。
完全に人格がトン狸に成り下がってきているのである。これではいけない。
トン狸と呼ばれているうちは、ロマンチックな雰囲気など期待できない。
ある日私は夫に、改名を願い出た。
その時の状況を漫画にしたので、よんでいただきたい。
というわけで、
寅次郎としての第三の人生がスタートした。
巷でお互いの名前をささやきあうカップルを見かけると
(こいつらのあだ名は寅次郎じゃないんだろうな…)と
まぶしさに目を細めている今日この頃だが、
だからと言って私たちの時をトン狸前に戻したいわけでもない。
氷が溶けあったら、恋人として「お互いを探り合う時間」は終わるのかもしれない。
恋人としての甘酸っぱい味は、もうそこにはないのかもしれない。
でもそれでパートナーとの生活が、楽しくなくなるわけではないのだ。
きっと氷が溶けあってから、私たちにはまた違う変化が訪れるのであろう。
気体になって空を舞うのかもしれないし、寅次郎になって柴又に現れるのかもしれない。
ママパパという呼び名になってじいじばあばと呼ばれるのかもしれないし、
やっぱりトン狸と呼ばれ続ける人生が待っているのかもしれない。
先の道は見えないけれど、我々なりの楽しい道を歩んでいけたらと思う。
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