映画「パドルトン」愛らしいおじさん二人が見つけた幸せの形【熱烈鑑賞Netflix】
●熱烈鑑賞Netflix 08
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幸せの形って何だろう? と考えることがある。
大金を稼いで贅沢の限りを尽くすこと……じゃないことはたしかだ。ならば、心ときめく恋愛をすること? 素敵な伴侶とめぐりあって結婚して子どもをつくること? 家族を大切にして寄り添いながら生きること?
どれも幸せなのは間違いない。だけど、幸せはそればかりなのかというと、そんなことはないはず。「恋人はいないの?」「まだ結婚しないの?」「いつ子どもはつくるの?」……そんな言葉をダイレクトに浴びせてくる人は減ったかもしれないが、まだ社会にはそんな空気が満ちていて、どれかが欠落していると誰かに責め立てられているような気分になったりする。
そんなモヤモヤが積もったときに観てほしいのが、2019年に配信がスタートしたNetflixオリジナル映画「パドルトン」。90分足らずの小品で、派手なアクションもなければ、刺激的なロマンスもないし、ハイセンスなビジュアルも登場しない。それでも、くすっと笑えて、とめどなく泣けて、現代を生きる人たちの姿を映し出していて、深い余韻が残る。そんな作品だ。
主人公は、いたずら好きでマイペースでポジティブなヒゲおじさんのマイケル(マーク・デュプラス)と、理屈っぽくてちょっと神経質でネガティブなメガネおじさんのアンディー(レイ・ロマーノ)。同じアパートに住む二人は親友だ。二人ともちょっとお腹が出ていて、いつも半ズボンをはいている。
仕事が終われば、アンディーは必ずマイケルの部屋にやってきて、一緒にピザを焼いて食べながら、お気に入りのカンフー映画「デスパンチ」を観る。天気が良い休みの日は、二人で考えたスポーツゲーム「パドルトン」に興じている。ゲームのルールを二人で考えて遊ぶなんて、本当に仲が良い証拠だと思う。
くだらない冗談を言い合い、お互いにプレゼントを贈りあったりする。そして、お互いをとても深く理解し、信頼し合っている。たまに同性愛カップルと勘違いされることもあるけれど、二人はあくまでもご近所に住む友達だ。
おじさん二人の仲良し生活といえば、ドラマ「きのう何食べた?」に近いかもしれないが、シロさんとケンジは恋人同士だからちょっと違う。
もっと近いものを思いついた。YouTubeで話題を呼んだ「阿佐ヶ谷姉妹のモーニングルーティーン」。あれのおじさんバージョンだ。マイケルとアンディーの生活はあのまんまである。なんなら、おぎやはぎの二人が仲良く暮らしている様を思い浮かべてもらってもいい(レイ・ロマーノがたまに年を取った小木博明に見える瞬間がある)。
いつまでも続くように見えた二人の日々だが、突然暗い影がさす。マイケルに末期がんが宣告されのだ。物語はここから始まる。
安楽死を求めるおじさんとそれを手伝うおじさん
マイケルは苦しんで生きるよりも安楽死することを選び(アメリカの一部の州では、余命6カ月以内なら安楽死のための薬剤が処方されることが許されている)、「一人は嫌だ」とアンディーに手伝いを求める。
アンディーは諦めずに闘病するように諭すが、マイケルはこれまでの日々を続けるためだと説得し、アンディーはそれを渋々受け入れることにする。大好きな親友がこの世からいなくなるための手伝いをするなんて! アンディーの気持ちを想像するだけで、胸が押しつぶされそうになる。もちろん、死を受け入れようとするマイケルの気持ちなんて想像を絶する。
二人は車で片道6時間、一泊二日の薬を買う旅に出かける。道中、「アラジン」の魔法使いに何をお願いするか議論するのだが、アンディーの願いが「がん完治」「10億ドルもらう」「空を飛ぶ」という順なのがさりげなく泣ける(あとは身体中の砂が落ちる「サンドオフ」と疲れたときにすぐにパジャマが着られる「パジャマオン」できるようになるのが彼の願いらしい)。
目的地の薬局についた後も、薬代(3,500ドル!)を支払おうとしてカードが使えなかったり、なんとかマイケルから薬を遠ざけようと子ども用の金庫のオモチャを買ってその中に薬を入れてしまったりするアンディーの振る舞いが、いちいちちょっと間が抜けていて、いじらしい。マイケルはカップケーキにろうそくを立ててアンディーの誕生日を祝い、アンディーは嘔吐するマイケルの側からは離れようとしない。
あたたかなユーモアの裏側には深い悲しみが流れていて、だけど物語の真ん中には友情があって、それはもう「愛」と言ってもいい。二人は寄り添いながら最後の日々を過ごす。アンディーがマイケルにプレゼントした「答えのないパズル」がプリントされたトレーナーは、「いつまでもこの日々が終わりませんように」という願いがこめられたもの。マイケルは「自分があの世に行ったら合図を送っていいか」と尋ねるが、アンディーはそれを拒絶する。
「今後何か変なことがあったら……君だって思っちゃう。風が吹いたり、ライトがチカチカしたら、君だって……」
女性を寄せ付けない二人からホモソーシャルの匂いを感じ取る人もいるかもしれないが、二人にはミソジニー(女性嫌悪)もホモフォビア(同性愛嫌悪)もない(直接は描かれないが、女性についての複雑な過去がある模様)。お互いに何かを強制することもない。
一人で生きようとしたマイケルが一人で生きていたアンディーと偶然隣人になり、お互いに深く理解しあうようになって、それぞれにとって大切な居場所を見つけることができた。それだけのことであり、そこにはひとつの確かな幸せの形がある。これは男性同士でも女性同士でも異性同士でも十分あり得ること。そして、かけがえのない平凡な日々はいつか終わる。終わりがあるからこそ、平凡な日々が愛おしい。
二人がつくったパドルトンはスカッシュの要領で二人で壁にボールを打ち、そのボールを樽に入れるゲームだが、二人で争うものではなく、二人が協力しあうものだった。ボールがうまく樽に入ったとき、夢中で一緒にガッツポーズをするおじさんたちの姿は尊い。そしてパドルトンが新しい隣人に受け継がれていきそうなラストシーンには、明るい希望が感じられた。
生きづらさを感じた夜、寂しさを感じた夜に「パドルトン」の優しい世界に浸ってほしい。
映画「パドルトン」
監督:アレックス・レーマン
脚本:アレックス・レーマン、マーク・デュプラス
出演:マーク・デュプラス(マイケル)、レイ・ロマーノ(アンディー)
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