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「きのう何食べた? お正月スペシャル2020」の余韻。新年に考えたい「誰のために時間とお金を使いたいか」

話題のドラマのレビューを始めます。人気ライターが放送されたばかりのドラマを徹底解説。ドラマが支持される理由や人気の裏側を考察し、紹介してくれます。初回は2020年1月1日に放送された「きのう何食べた? お正月スペシャル2020」。元日から同性カップルのシロさんとケンジがお茶の間に!

元日の夜にシロさんとケンジがお茶の間に帰ってきた!
2018年4月から放送された、よしながふみ原作、西島秀俊、内野聖陽主演のドラマ「きのう何食べた?」。同性カップルの日常を、手作りごはんを中心に優しく丁寧に描き、「何食べロス」などという言葉が生まれるほどの大反響を巻き起こした。

そして1月1日に放送されたのが「きのう何食べた? お正月スペシャル2020」。シロさん(西島秀俊)とケンジ(内野聖陽)が寸分違わない姿で帰ってきてくれたことが何より嬉しい。どこかでそのまんま暮らしていたみたいだ。

通常回は1話40分だったが、今回は特番らしく3章仕立ての90分という豪華版。「誰のために時間とお金を使いたいか」というテーマが、シロさんとケンジ、そして彼らを取り巻く人々を通じてじっくり、じんわりと描かれていた。

「年をとるって悪くないですよね」

1章の冒頭はシロさん、ケンジのカップルに、2人の友人の小日向さん(山本耕史)、ジルベール(磯村勇斗)カップルの高級焼肉ダブルデート。そこへ現れたのは、シロさんがかつて憧れていたアイドル女優の三谷まみ(宮沢りえ)! あんなに目を剥き、口を大きく開けた西島秀俊の演技を見たのは初めてかもしれない。

ヤキモチでご機嫌斜めだったケンジだが、シロさんの誕生日はちゃんとハイテンションで祝う。プレゼントは3万円もする高級な傘だった。「アン、ブレラ~」と贈るほうが嬉しそうなケンジと「お前、これ、相当高いな」とチベットスナギツネ顔をしながら心の中でつぶやくシロさんのやりとりが微笑ましい。

しかし、誕生日は楽しいことばかりではない。シロさんは両親(梶芽衣子、田山涼成)から借金を申し込まれる。かつて母親が新興宗教にハマって高価な壺などを買ったため、老後のお金に事欠くようになっていたのだ。帰り道、雨が降り始めるとシロさんはケンジからもらった傘をさす。ケンジの愛情が悲しみの雨からシロさんを守っているように見えた。こういうさりげないシーンが余韻を残す。

シロさんはスーパーで出会った友人の主婦・佳代子さん(田中美佐子)に、母親が新興宗教にお金をつぎこんだのは息子が同性愛だと知ったせいだと打ち明け、「俺のせいなんです」とうつむくが、それを見た佳代子さんは明るくこう励ます。

「筧さんが今こんなに立派になったのは、もしかしたらその壺のおかげかもしれないじゃない?」

そんなわけはないが、聞くほうは気分が軽くなるだろう。何の役にも立たない高価な壺も、母親の愛情の表れというわけだ。気を取り直したシロさんが作った夕食は、家庭の温かみが伝わってくるものばかり。楽しそうに料理するシロさんと自然に手伝っているケンジの姿が素敵だった。

宮沢りえの登場はいかにもお正月特番らしい華やかさ。ツカミの役割を果たすとともに、自分が親からいかに愛情を受けていたかは大人になってから気づくものだとシロさんにさりげなく伝えていた。彼女の「年をとるって悪くないですよね」というセリフは、登場人物の経年変化をじっくり描く「きのう何食べた?」という作品全体のテーマの一つである。

1章はいくつかの異なる原作エピソードを軽やかにつなぎあわせて、大切な人のために高いお金を使うことは、けっして無意味ではないことを優しく伝える安達奈緒子の脚本の妙が冴え渡っていた。細かい部分だが、心配事を話し合った後のケンジの「そろそろお風呂入る?」というセリフが「2人で入る?」というニュアンスに聞こえたのは筆者だけだろうか。

「わさビーフ」と「うすしお」

2章はおもしろカップル、小日向さんとジルベールのお話。2人の愛の巣がドラマ「俺の話は長い」で明日香(倉科カナ)と満(生田斗真)が同居していた部屋と同じだと判明して、お茶の間のドラマウォッチャーたちを湧かせていた。小日向さんを演じる山本耕史のCGみたいなマッチョぶりもすごかった。「このワインを煮込みに使うなんて、ソムリエが泣いちゃうよ?」というセリフ(タンクトップ一丁でカメラ目線)もおかしい。

料理を作ろうと決心したジルベールは、スーパーで“悪魔の食べ物”「わさビーフ」を買っているところをケンジと鉢合わせる。ジルベールがレアで刺激的な「わさビーフ」なら、ケンジはいつもそこにあるけど飽きのこない「うすしお」という比較が上手い。「俺、うすしおなんか買ったことない!」「おじさんたちはねぇ、定番がいいの」と張り合う2人だが、これはどっちも正しい。「好きな人にはいつでも目一杯。それが俺のスタンダードだからしょうがない」と言い切るケンジがカッコ良かった。

ジルベールはお手製のキムチチゲを食べてご満悦。朝からおせち料理を食べていた視聴者にはえげつないほど食欲を刺激する映像になっていたはず。帰宅した小日向さんに語る小説の一節は村上春樹の「ノルウェイの森」が元ネタ。

ジルベールのわがままに喜んで応える小日向さんはちょっとおかしく見えるが、その労力を「コスト」という言葉と置き換えると、1章で語られていた「お金」と同じ意味を持つ。好きな相手のためには、どれだけ労力をかけてもかまわないと思うのは、ちっともおかしなことじゃないと思う。意外と小日向さんみたいなパパ(言葉どおりの意味)がいたりしそう。

レシピ本より家計簿が欲しい!

3章は、猛烈に多忙になったシロさんの代わりにケンジが夕食の用意を買って出るお話。食費を1ヶ月2万5000円に収めるために一生懸命スーパーを駆け回るが、どんなに夕食を作ってもシロさんはなかなか帰ってこられない。それでも「大丈夫」「お仕事がんばってね」と返事するケンジの姿が健気でいじらしい。

一方、多忙を極めるシロさんの法律事務所では昼食にうなぎが振る舞われるが、依頼主の藤沢(利重剛)は貧しい生活を強いられている妻と娘を思って目の前のうなぎに手をつけることができなかった。それでもシロさんに勧められて口にすると、あまりの美味しさに手が止まらず、「なんだかんだと食べてしまう。人間とはダメなものですね」と泣き出してしまう。シロさんは「いいじゃないですか」と励ましつつ、次のように続ける。

「美味いもの食べたときに、それをまた一緒に食べたい、食べさせてあげたいと思う人が心の中にいる人間は、何があってもやり直せます」

弱っているときにこんなこと言われたら泣いてしまう。「きのう何食べた?」はシロさんとケンジのほのぼのとしたやりとりがベースになっているが、時折こうしたリアルな人物が登場して作品をグッと締めてくれる。

美味しいものを一緒に食べたい、食べさせてあげたいと思う人と一緒に美味しいものを食べる。これはどんな人たちにもあてはまる普遍的な幸せの形だろう。「うすしお」な相手でも「わさビーフ」な相手でもそれは一緒。辛かったり、大変な目に遭っていたりする人でも、家に帰ってきて食卓を囲み、美味しいものを食べれば自然に笑顔がこぼれて幸せな気持ちになれる。

最後にケンジが欲望の限りを尽くしたオムライスを完成させるが、シロさんと2人で分け合って食べるのはうしろめたいからじゃなくて、そのほうが幸せだから。そしてケンジは23円を残して食費を2万5000円に収めることに成功する。レシピ本よりその家計簿が欲しいよ! ケチケチしているようだが、シロさんは自分とケンジの老後のためにお金をため ているのだから、ちっともおかしなことではない。

食事の手間をかけることも、お金をかけることも、労力をかけることも、お金の心配をかけまいとすることも、大切な人を思ってのことならまったく苦にならない。当たり前のことのようでいて、自分だけが得をしようとばかり考えている人が増えてきた最近ではちょっと忘れられているようなことを、あまり押し付けがましくなく伝える素敵なドラマだった。

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
イラスト、イラストレビュー、ときどき粘土をつくる人。京都府出身。
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