CADオペレーター(33歳)

「大人げない仕事の辞め方をしました」

CADオペレーター(33歳) 「本当は夫と来るはずだったんですけど、彼は今日仕事になってしまって。国際フェスが好きなんで一人で来ました。」そう教えてくれたのは、代々木公園で行われたメキシコフェスティバルの片隅で、涼し気なワンピースを着ていた彼女。昼ご飯を食べている間、ご自身の話を聞かせてもらいました。

地元が好きではなかった

小学生の時に栃木に引っ越してから、ずっと地元を好きになれませんでした。「栃木の人って、人間関係を作るのが難しいな」とずっと思っていて。
モヤモヤを抱えたまま送った学生時代に、いい思い出はまったくありません。
学校を卒業した後は、19歳からずっと地元の製菓工場で働いていました。
働き始めてからも、地元の人たちに対する違和感を拭うことはできませんでした。

工場は、女性メインの職場で、女性特有の人間関係に関する問題、お局さまからのいじめっぽいこととか、恋愛沙汰など、いろいろありました。

また、典型的な年功序列の職場だったので、仕事ができない人ほど上にいるんだなぁと感じていました。

そこで8年間同じ仕事をしていましたが、いつまで経っても状況が変化する兆しはありませんでした。私自身は、ずっとモヤモヤしながらも「仕事だから仕方ない」と思っていました。

大人げない仕事の辞め方をしました

そんな時、職場で一番仲が良かった友人との間で、1人の男性をめぐって恋愛関係の揉め事が起こったんです。今思うと、全然大したことない男だったんですが、当時の私にとってはそれなりに大きな衝撃でした。

そこで勢いがついてしまい、今までのモヤモヤの蓄積が爆発したのか、いろんなことがどうでも良くなり「もう辞めます!」という上司に言いました。
その時は次の職場も決めずに、本当に勢いだけでした。大人げない仕事の辞め方をしたぁと思います。

その後、東京に出てきて、派遣社員としてCADの勉強をして、今の仕事につきました。
その後結婚もして、幸せな人生を送っているなぁと実感しています。

自分が動けば、環境は変わる

「仕事を辞めずにそのまま地元に残っていたら……」なんて後悔したことはないですね。
あのとき「このままじゃダメだ」と思って、思い切って行動してよかったと本当に思います。

ずっとモヤモヤを感じていた自分の違和感を信じて、「どうにでもなれ!」と踏み込んで自分から動くことができたから、周りの環境も変化していったんだと思います。自分から動かないと何も変わらないんですよね。8年間同じ工場にいて何も変わらなかった経験があるからわかるんです。

モヤモヤしてる現状に正直になり、自分が「こうしたい」という直感を信じて、会社を辞めることができたことが、私の今の幸せにつながっていると思います。

フォトグラファー。岡山県出身。東京工芸大学工学部写真工学科卒業後スタジオエビス入社、稲越功一氏に師事。2003年フリーランスに。 ライフワークとして毎日写真を撮り続ける。
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