熱烈鑑賞Netflix

「ザ・クラウン」生々しいエリザベス2世。王室スキャンダルにも一切忖度しない衝撃作【熱烈鑑賞Netflix】

世界最大の動画配信サービス、Netflix。いつでもどこでも好きなときに好きなだけ見られる、毎日の生活に欠かせないサービスになりつつあります。そこで、自他共に認めるNetflix大好きライターが膨大な作品のなかから今すぐみるべき、ドラマ、映画、リアリティーショーを厳選。今回取り上げるのは、イギリスのロイヤルファミリーのスキャンダルを描いた衝撃作「ザ・クラウン」。史実通りに繰り広げられる重厚なドラマにハマッてしまう人続出の理由とは?

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最近、世間を騒がせているヘンリー王子とメーガン妃の王室「引退」など、いつも話題に事欠かないイギリスのロイヤルファミリー。
イギリス女王エリザベス2世の波乱万丈の半生とともにロイヤルファミリーの光と影を描くのがNetflixオリジナルドラマ「ザ・クラウン」だ。2016年11月に配信が始まってから全世界で爆発的な人気を呼び、現在はシーズン3の配信が終了している。先日、シーズン5の製作をもって完結することが発表された。
エリザベス2世は現在93歳。見た目はチャーミングなおばあちゃんだが、イギリス史上最長在位の君主であり、世界最高齢の在位中の君主として今も絶大な影響力を誇る。
このドラマの何がすごいって、まだ存命中の君主を堂々と主人公にしているところがすごい。日本でいえば、上皇后美智子さまの生涯を大河ドラマにするようなものだろうか(ちなみに2人の年齢は8歳違い)。さらに数々の王室のスキャンダルも一切の忖度なく克明に描いているのだから、Netflixがどれだけすごいことをやっているのかわかるだろう。

 

2シーズン分の製作費が130億円!

「ザ・クラウン」は、海外ドラマにありがちな「次から次へと大ピンチ!」という派手な展開は皆無に等しく、どっしりと重厚なドラマがほとんど史実どおりに繰り広げられる。これが、目が離せないほど面白い。

物語は1947年、イギリス王女のエリザベス・アレクサンドラ・メアリー(クレア・フォイ)がギリシア国籍を捨ててイギリスに帰化したフィリップ殿下(マット・スミス)が結婚するところから始まる(以下、キャスト名はシーズン1、2のもの)。

「本音は英国に土地を持つ公爵をお望みだろう。君も宿無しのドイツ野郎よりそのほうがいいのでは?」
「いいえ」
「そう」
「そんなのつまらない」

これは宮殿の中で交わされるフィリップとエリザベスの最初の会話。まるで彼女の波乱の半生を示唆しているようだ。煙草をふかすフィリップには「そんなに煙草がお好き? 私は大嫌い」とキッパリ告げる。エリザベスは主張する女でもある。そして、そのまま2人は濃厚なキス。まだ始まって5分も経ってないのに!

目がくりくりしていて、聡明で意志の強さを感じさせるエリザベスを演じたクレア・フォイは、本作でゴールデングローブ賞テレビドラマ部門女優賞(ドラマ部門)を獲得している(テレビドラマ部門作品賞も受賞)。なお、この作品は2シリーズごとにキャストが変わるが、シーズン3からエリザベスを演じたオリヴィア・コールマンも2019年に同賞を受賞した。

映画さながらの壮麗なセットとロケーション、きらびやかなドレスをはじめとする数々の美しい衣装(エリザベスの普段着はシックなネイビーのセットアップが中心だけど)、さらにイギリスの舞台で活躍する実力派俳優たちをはじめとする数百人もの出演陣と数千人を超えるエキストラ。シーズン1と2だけで製作費が約1億ポンド(130億円!)というのも納得がいく。これは歴代の海外テレビドラマでも1、2位を争う高額の製作費だ。

高額の製作費はすべて真実を再現するために費やされた。プロデューサーのアンドリュー・イートンは「僕らは歴史的な真実を題材にしている。例えばエリザベス女王の戴冠式のように、何かを再現しようとすると、すべてを完璧に正しく描かないといけない。間違いは一切許されないからね」と語っている(CinemaCafe.net 2016年10月5日)。

ロイヤルウェディングはもちろんのこと、一般公開されたことのない宗教的な儀式である戴冠式も綿密に考証が施されて再現されていた。ワンシーン、ワンシーンの画に圧倒的な力があるから、観ていてもまったく飽きないのだ。

戴冠式で「聖別」を受けるエリザベス(クレア・フォイ)/Netflixオリジナルシリーズ

「君は妻か? 女王か?」「両方よ」

「お父様の他にもう1人、別れを告げねばなりません。エリザベス・マウントバッテン。彼女は別の人物と入れ替わりました。エリザベス女王です」

父王ジョージ6世(ジャレッド・ハリス)が崩御し、長女のエリザベスが女王として即位することになる。苦労人かつ峻厳な祖母のメアリー王太后(アイリーン・アトキンス)は、エリザベスにもはや「1人の人間」ではいられないことを告げる。

「2人のエリザベスは対立し衝突するでしょう。しかし常に王位、王冠が勝たねばなりません。どんなことが起ころうとも」

祖母の言葉を聞きながら、侍従たちによって着替えさせられるエリザベス。もはや夫のフィリップは彼女をエスコートすることさえ許されない。彼女が悲しみの感情を露わにできるのは、父王の遺体と対面した一瞬だけ。すぐさま毅然とした態度を求められる。

エリザベスは常に女王という立場と、妻、姉、母という一人の女性であることの狭間に置かれ続ける。妻の影に隠れ、子に姓を継がせることもできないフィリップは次第に卑屈になり、エリザベスと衝突を繰り返すようになる。

徐々にふたりの間には暗くてよどんだ澱のような空気が満ちていくが、それでもエリザベスは毅然とした態度を崩さない。「1人の女性に戻れ。姉や娘や妻に」とフィリップになじられても、その言葉を無視する。なぜなら、彼女は女王だから。

「君は妻か? 女王か?」
「両方よ」

「ザ・クラウン」は1人の人間としての女王の物語だが、同時に重い責務を負った働く女性の物語でもある。

 

エリザベスを悩ませる人たち

この作品はイギリスの王室を舞台にした壮大なホームドラマでもある。エリザベスを悩ませるのは、夫のフィリップとの衝突だけではない。

奔放な妹、マーガレット王女(ヴァネッサ・カービー)は、既婚者のピーター・タウンゼント大佐(ベン・マイルズ)と道ならぬ恋に落ちていた。宮殿の中で隠れて逢瀬を重ねるふたりだが、もはや公然の秘密。やがて、エリザベスの戴冠式でタウンゼントの肩についた糸くずを取っているところを新聞にすっぱ抜かれて大スキャンダルに発展する。

妹を応援しようとしたエリザベスだが、内閣と国教会に強く反対されてタウンゼントをベルギーに追放することを決心する。マーガレットは怒り狂い、新聞は王室を叩き、フィリップは遊びに出かけてしまう。エリザベスは孤独だ。マーガレットはその後もさまざまな問題を引き起こす。

フランスで暮らす伯父のエドワード8世(アレックス・ジェニングス)もちょっと厄介な存在。彼は独身のままイギリスの王位を継承したが、既婚者だったウォリス・シンプソン(リア・ウィリアムス)と恋に落ち、その結果、わずか325日で退位していた(「王冠を賭けた恋」として世界中で話題になった)。彼は巨額の年金とウォリスの王室受け入れを狙って画策するが、エリザベスをはじめとする王室の女たちは彼を拒絶。さらにその後、ナチスとの関係も露見してエリザベスを悩ませることになる。

とはいえ、この作品はマーガレット王女やエドワード8世を悪者として描いたりしていない。彼らの愛情を美しく、とても人間臭いものとして描いている。彼らの愛は見苦しいかもしれないし、自分勝手かもしれないが、それはそれでいいじゃないかと言っているようにも見える。……エリザベスはじっと耐えているのだが。

シーズン3のマーガレット王女(ヘレナ・ボナム=カーター)/ Netflixオリジナルシリーズ「ザ・クラウン」シーズン1~3独占配信中

チャールズ皇太子とアン王女の四角関係

シーズン3では、成長した長男、チャールズ皇太子(ジョシュ・オコーナー)に対するエリザベスの冷たさや、チャールズとその妹、アン王女(エリン・ドハティ)、カミラ・シャンド(エメラルド・フェンネル)、アンドリュー・パーカー・ボウルズ(アンドリュー・ブハン)の四角関係などが描かれた(以下、キャスト名はシーズン3のもの)。四角関係って! 

そう、チャールズはカミラに夢中になるが、カミラはアンドリューと結婚してしまう。アンドリューはアンと交際していたが、別れてカミラと結婚した。ロイヤルファミリーの兄妹は取り残されてしまったのだ。なお、チャールズはダイアナ妃と結婚した後もカミラと不倫関係を続け、ダイアナ妃の死後にカミラを正式に後妻として迎えている。

「ザ・クラウン」はイギリス王室のスキャンダルやいさかいを描くのに躊躇せず、驚くほどストレートに描く。しかし、ワイドショーを観るような嫌な気分にはならない。演出が抑制されており、ドラマそのものが上品なのだ。たとえば、スキャンダルの決定的な瞬間は描かれないことが多い。一方で、家族同士のぶつかり合いは真正面からじっくり描く。ドラマとして何を描こうとしているのかがはっきりしている。

エリザベスを悩ませるのは王室の中のゴタゴタだけではない。戴冠式直前のロンドンスモッグでは1万2000人以上の市民が死んでしまうし、イギリスはフランスとイスラエルと共謀してエジプトとの間にスエズ動乱(第二次中東戦争)を起こすし、20世紀最大の英政界スキャンダルと呼ばれるプロヒューモ事件ではフィリップの関与まで疑われてしまう。

エリザベスは“イギリスの父”とも呼ばれた宰相チャーチル(ジョン・リスゴー)にもストレートに意見が言えるほど芯の強さを持つ女性だ。それにしたって、普通の女性に見える(ドラマの中では威厳や気品などは強調されていない)エリザベスには荷が重いはずだ。彼女を支えるのは、女王としての矜持と国民への責任感である。シーズン1の最終回、彼女はカメラマンからこう声をかけられる。

「本名はお忘れください。今は他の誰でもない、エリザベス女王です」

シーズン3のエリザベス(オリヴィア・コールマン)とフィリップ(トビアス・メンジーズ)/Netflixオリジナルシリーズ「ザ・クラウン」シーズン1~3独占配信中

シーズン4の配信時期は未定だが、世界中の「ザ・クラウン」ファンが待ち焦がれたダイアナ妃がいよいよ登場(演じるのは新人女優のエマ・コリン。スチールを見るとそっくりで仰天する)。世界中を巻き込んだ「ダイアナ・フィーバー」から悲劇の結末まで、あますことなく描かれるだろう。ほかに“鉄の女”ことマーガレット・サッチャー首相を『X-ファイル』のスカリー役で知られるジリアン・アンダーソンが演じることが決まっている。

1話55分、30話あるので「イッキ観」には向いていないと思うが、1話1話じっくりと味わいながら観るのがいいだろう。イギリスのロイヤルファミリーファンならずとも、ぜひ多くの女性に観てもらいたい。

 

「ザ・クラウン」

出演:オリヴィア・コールマン、ヘレナ・ボナム=カーター、トビアス・メンジーズ
原作・制作:ピーター・モーガン
https://www.netflix.com/jp/title/80025678

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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