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『マリッジ・ストーリー』 アカデミー賞ローラ・ダーン魂の長台詞「みんなダメな母親は一切認めない」

世界最大の動画配信サービス、Netflix。いつでもどこでも好きなときに好きなだけ見られて、ミレニアル世代には欠かせないサービスになりつつあります。Netflixオリジナルドラマやドキュメンタリー、映画などが続々配信され、その配信数は一生かかっても見られないほど。また、作品のクオリティーの高さも特徴のひとつで、2020年のアカデミー賞でもNetflixオリジナル作品『マリッジ・ストーリー』が作品賞、主演男優賞、女優賞など数々ノミネートされ、ローラ・ダーンが助演女優賞を受賞しました。そこでNetflixレビュー初回は、『マリッジ・ストーリー』を考察します。
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物語は小さなどんでん返しから

第92回アカデミー賞の助演女優賞が、「マリッジ・ストーリー」ローラ・ダーンに決定した。
「マリッジ・ストーリー」は、2019年制作、Netflixオリジナル映画。「マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)」「デ・パルマ」のノア・バームバック監督作品である。

ニコール(スカーレット・ヨハンソン)とチャーリー(アダム・ドライバー)は夫婦だ。
最初に、ふたりはお互いの長所を紹介しあう。
このシークエンスがとても良い(何度も観たくなる)。ぎゅっと編集された日々の生活がナレーションにあわせて描写される。ふたりはちゃんとお互いのことを見ていて、知っている。
が、それは、離婚を決意したふたりが受けてるカウンセリングで、お互いの長所を書いたテキストを読み上げようと提案をされている場面だった。
鮮やかで小さなどんでん返しからはじまる。

ニコールからセンスのいい贈り物をもらって喜ぶヘンリー。まだめちゃ仲良かったころのふたりだ。Netflix映画「マリッジ・ストーリー」独占配信中

現実の生活もプレイの場となっていく

「マリッジストーリー(結婚物語)」というタイトルだが、物語はずっと離婚だ。
ニコールは女優で、チャーリーは演出家だ。
ニコールが舞台で演じ、チャーリーがダメ出しをする、ふたりには、演劇をプレイする場と、生活の場がある。

だが、現実の生活も、ふたりにとってプレイの場となっていく。
おだやかに話し合いで進めようとしていた離婚調停。ひょんなことで離婚弁護士を立てることになる。
そうすることで、ふたりにとって離婚は、「離婚劇」になっていく。

弁護士は、お互いの気にもしなかった行動を、相手の悪いところとしてしっかりと攻撃する。
酔っ払って階段を踏み外しそうになり肩を貸して支えてあげたという「良き夫婦」に見えるシーンも、離婚調停の場では、「日々、階段でよろけるぐらい飲酒していて、母親としては失格」だということにすり替わる。
対面して話す機会も減っていく。
離婚弁護士を立てることが、対立をむだに煽っているようにも見えるし、ギクシャクしてきた関係性の可視化にもみえる。

父と子の生活をチェックしに離婚調査員の女性がやってくる。離婚調査員という観客の前で、父と子の食事がプレイされる。
ちょっとしたミスで、チャーリーは、自分の腕を傷つけるが、善き父を演じているチャーリーは「なんでもない」と言い、それを隠そうとする(っても、血が止まらず流れつづけているのだが)。
離婚調査員も「だいじょうぶですか」と心配しながら、観なかったことにしてあげるようにして、そこから退場する。
離婚は、他者の視線によって可視化され、ふたりのそもそもの思いからズレていく。

 

女優ではなく監督として活動するニコール

これは結婚の物語であり、離婚の物語であると同時に、プレイすることについての物語でもあるのだ。
「モノポリー」をプレイするシーン。2度のハロウィン(仮装して別人をプレイする祭だ)。ふたりが役者であり演出家であること。
離婚の理由をニコールは次のように語る。
女優としてプレイしてきて、結果として夫のためにも劇団のためにもなっていたと感じられていたのが、夫や劇団のためにプレイしているように感じるようになってしまった。
ニコールは、強要されたプレイを拒否する。
冒頭、ニコールは長所の手紙を朗読することを拒否する。
こどもがハロウィンで着る衣装も、チャーリーが持ってきたものを拒否し、自分が買った忍者の衣装を着せる。
ニコールは、離婚後、女優ではなく監督として活動する。

ニコール(スカーレット・ヨハンソン)とニコール(アダム・ドライバー)。まんなかは、息子のヘンリー(アジー・ロバートソン)。Netflix映画「マリッジ・ストーリー」独占配信中

みんなダメな母親はいっさい認めない

ニコールが離婚調停の応答を練習している場面がある。
できるだけ正直に、自分のダメなところも話そうとするニコールに、離婚弁護士ノラ(ローラ・ダーン)が言う。
「ダメパパは認めてもらえる」
一方で、ダメな母は、どうか。
「みんなダメな母親はいっさい認めない。社会構造的にも精神的にも拒否。それはユダヤ教とキリスト教の基準が聖母マリアだから」
<善き母親>をプレイせよ、と強いられるのだ。
「あなたはつねに完璧な母親じゃなきゃいけない。ちゃんちゃらおかしいけど、それが現実」
ローラ・ダーンのこの長台詞のシーンは圧巻で、そりゃ助演女優賞、当然って感じである。

世界にはさまざまな問題があり、すれ違ったふたりは離婚することを選択し、一緒には暮らせなくなる。
だが、それは憎しみとか嫌悪といった一色の感情に塗りつぶされるような単純なものではない。
離婚調停というプレイは離婚が成立すれば終わるが、当事者ふたりの人生はそれ以降も続いていくのだ。

 

「マリッジ・ストーリー」

映画・Netflix・2019・2時間16分
監督脚本:ノア・バームバッック
出演:
ニコール(スカーレット・ヨハンソン)
チャーリー(アダム・ドライヴァー)
ノラ・ファンショー(ローラ・ダーン)
バート・スピッツ(アラン・アルダ)
ジェイ・マロッタ(レイ・リオッタ)
サンドラ(ジュリー・ハガティ)
キャシー(メリット・ウェヴァー)
ヘンリー(アジー・ロバートソン)

ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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