不妊治療経験者の男性が語る、妻に言わない僕たちの「産む」への本音
大手メーカーに勤めるトオルさんは、東京都内在住。34歳のとき、2歳年下の妻と結婚しました。子どもは絶対にほしいと思っていましたが、自分も広告会社に勤める妻も仕事が忙しく、結婚後も「何となく40歳くらいまでに子どもが出来ればいい」と、避妊を続けていたといいます。
38歳になって、同年代の友人らも子どもを持つようになり、「そろそろ子どもをつくろう」と避妊をやめましたが、半年くらいしても授かりません。トオルさんは思い切って、妻を誘って夫婦で自宅近くの不妊治療のクリニックの門をたたきました。
「僕は元々、健康マニアで理詰めで考えるタイプなので検査を受けるのは好きだったんですが、なぜ子どもができないのか、まずは理由を知りたかった。男なら、女性をリードしないといけないという考えがあるので、僕から病院に誘いました。妻は仕事やお酒で深夜遅くに帰ってくることも多かったから、体調面でも子どもを産む準備をするきっかけになったらいいな、という考えもありました。
妻には『検査を受けて、もう子どもは出来ないと言われたら怖い』と不安はあったようですが、『大丈夫だよ』と、説得した。この時は、本格的な不妊治療を受けることになるとまでは思っていなかったですね」
訪れた不妊治療の専門クリニックでは、1回目の訪問で「不妊治療とは」という説明を聞かされました。治療はどのようにステップアップしていくのか。それぞれの成功確率はおおよそ何%か。費用はどれくらいかかるのか……。トオルさんが面食らったのは、「不妊治療はとにかくお金がかかる」というシビアな現実でした。
お金がかかる・・・でも新車を買う値段で子どもを授かるなら、許容範囲だと思った
「私が行ったのは準大手のクリニックでしたが、女性は検査を受けるだけで1回5~6万円。人工授精は1回で10万~20万円はかかり、さらにステップアップした体外受精は1回50万円くらい。その他、元気な精子の抽出とか薬代とか、とにかく何をするのにもお金がかかる。
元々夫婦とも倹約家だったから、えーっ、という戸惑いはありましたね。ただ、車を新車で買っても数百万円はかかるし、家やマンションはもっと高い。その値段で子どもが授かるなら、まあ許容範囲かなと。ただ、うちは共働きだからいいですが、人によっては経済的な問題で治療を受けられないだろうと思いました。保険も効きませんしね」
“精子採取”を男性はどう思っているのか
とにもかくにも、妻とも話し合って不妊治療のスタートを決断したトオルさん。まずは、夫婦ともに生殖能力の検査を受けることになりました。トオルさんは後日、一人で病院に行き、専用の個室で精子を採取することに…。
「家で採取して持って行くという選択肢もあったんですが、なんとなく嫌だったので病院で採るほうを選びました。部屋にはソファーとDVD付きのテレビが置いてあって、アダルトDVDとエロ本がいくつか置いてある。DVDはなぜか、ナースものが多かった。透明なコップに精子を採って個室から出てチャイムを押すと、小さな受け渡し口が開いて、そこから係員にコップを渡す。ラブホテルの受付みたいな感じです。最初から最後まで顔は見られないようになっていて、プライバシーには気を使われていると感じました」
次に病院に行ったとき、結果を見せられました。精子の量や直進運動率、奇形率などいくつからの指標で評価が告げられましたが、その結果は、トオルさんにとって意外なものでした。
駿台模試でも就活でも測られなかった“精子の偏差値”は・・・
「総合点で年齢平均を下回っていて、偏差値に例えるならば47くらい。ショックでした。精子の能力なんて、駿台模試でも就活でも測られてこなかったじゃないですか。これまで勉強も運動も努力してそれなりに結果を出してきたし、恋愛も人並みに経験してきて、人として、男として、そこそこ自分に自信はあった。それが一気に、人間としての能力が劣っている、みたいな結果を突きつけられて……。僕たちの場合、妻にも生理不順はあることが検査でわかったのですが、子どもができない原因が自分にもあるとはあまり思っていなかったので、すぐには結果をのみ込めませんでした」
それから、トオルさんの地道な努力が始まります。病院でもらったアドバイスを元に、長年吸っていたタバコを封印。何千円もする亜鉛の高級サプリを何度も購入し、毎日、同僚の目を盗んで飲み続けました。睾丸を温めることが精子に悪いというので、ブリーフやボクサーブリーフをやめて中学生以来のトランクスを着用。膝の上でノートパソコンを操作するのも熱がこもって睾丸が温まるので禁止。長風呂も禁止。自転車も睾丸を圧迫するのでよくない……等々、男性機能を高める戦いが続きます。
「妻も、ホルモンバランスを整えるためにお酒を我慢するとか、規則正しい生活をするなど色々我慢していた。『自分だけが不妊治療をやっている』と思われたくなかったので、自分も頑張りました。不妊に効くという針を、夫婦で受けにいったこともあります。
ただ、これだけやっても、数カ月後に再び受けた精子の検査で、結果はわずかに改善しただけ。正直、むなしくなりましたね。それでも、わずかでも妊娠の確率が上がるなら意味があるんだと自分に言い聞かせて、そんな努力を続けながら、妊娠のチャンスがある排卵の時期に狙い撃ちで夫婦の営みをする『タイミング療法』を続けました。連日というのは、男にとっても結構大変ですよ。でも、なかなかそれだけでは子どもは授からなくて……」
トオルさんはその後、さらにステップアップした不妊治療を続けていくことになります。
パートナーとの関係、子どものこと、不妊治療……。これってタブーなのかな? 言っちゃいけないのかな?そんな気持ちで悩んでいる方、telling,までご意見をお寄せください。
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