男の不妊治療体験 02

「妻にだけ、病院に行かせたくなかった」不妊治療に積極的な男性の気持ち

子どもを望むミレニアル世代の女性にとって、切実なテーマである不妊治療。男から見た不妊治療は、いったいどんなものなのか――ということで、前回に引き続き、2歳年下の妻と不妊治療を受け、2年前に長男を授かった大手メーカー勤務のトオルさん(仮名・43歳)の体験を聞いていきます。

●男の不妊治療体験②

 精子の能力が同年齢の平均以下という検査結果にショックを受けたトオルさんは、サプリメントの摂取や禁煙などの地道な努力しながら、「タイミング療法」によるトライアルを続けました。

 治療を始めてみて驚いたのは、病院の混雑ぶりでした。通っていた準大手クリニックはいつ訪れても同年代の夫婦でごった返していて、待合所の椅子にも座れないくらい。土日の予約はすぐにいっぱいになるし、治療や検査のタイミングも体の状態が優先されるため、平日にも通院せざるを得ません。トオルさんは広告会社勤務の妻ともども、仕事との両立に苦しめられました。

妻にだけ、病院に行かせたくなかった

「妻にだけ行かせたくなかったので、通院はほぼ、夫婦で一緒に行っていました。午前8時半から受け付け開始ですが、10時からの会議に出たいので7時半くらいに行ってもすでに行列が出来ている。みんな、仕事の前に来ているんでしょう。妻も私も会社に治療を受けていることを言っていなかったから、表向きの遅刻の理由を考えるのは大変でしたよ。

 それでも、もし治療がうまくいかなかった時に変な感じで同情されるのも嫌だったので、なかなか周りには言えませんでした。この点、病院の態度は厳しくて、『仕事がどうだとかふざけたことを言う人は相手にしません。どれだけ不妊治療に真剣な人がいることか。うちは本気の人しか相手にしません』と言われたこともあります」

 5カ月ほどタイミング療法を続けたが、なかなか結果は出ません。病院は、次のステップである人工授精を勧めてきました。妊娠のチャンスがある排卵の時期に、採取した精子を子宮に直接注入する治療です。「年齢を考えたら、どうせ人工授精をするなら早くトライしたほうが成功率は高い」。そんな風に説得されたそうです。

 「病院からしたら人工授精をやったほうが利益になるんだから、当然勧めてくるよな、とも思いました。でも、どうせ同じなら早いほうがいいのも事実だから、妻と話した末に、結局やってみることにしました。ただ、絶対に失敗したくなかったので、ネットの口コミで評価が高く、実績も十分な大手クリニックに転院しました。その病院は、成功報酬方式の料金システムでした。治療を試みる段階では通常料金よりも安いんですが、妊娠した場合だけ数十万円を支払う。毎回高いお金をとった方が病院は儲かるんですから、それだけ自信があるんだと好意的に受け止めました。

 ただ、大規模な病院だからなのかもしれませんが、医師の態度は『流れ作業』的で、診察室でもパソコンから目を離そうともせずに淡々と説明する。特に女性はある程度メンタルが強くないと、へこんでしまう人もいるかもしれないな、と感じました」

人工授精から体外受精、着々と進んでいく

 人工授精にあたって、トオルさんは再び精子を採取されました。一度とった精子は冷凍保存され、数回分の人工授精に使われます。4回ほど人工受精を試みましたが、結局、妊娠には至りませんでした。ここで病院側はトオルさん夫妻に、次なるステップである体外受精を勧めてきます。採取した精子と卵子を体外で受精させ、一定の期間、培養してから子宮に戻す治療です。

 病院側に見せられた予測数値は、1回目の成功率が30%くらい。しかも2回目以降、その数値はどんどん下がっていきます。体外受精は人工授精よりも高額で、検査代や薬代など諸々の費用も合わせると、1回のトライで80万円くらいがかかると説明されました。

「高いですよね。この段階であきらめる人や、夫婦げんかになって別れる人までいると聞きました。成功確率も、『そんなに低いの?』と、びっくりするような数字。やはり、年齢の問題もあったようです。でも、自分の中ではすぐに『やる』と決めましたよ。

 妻も同じ考えだったようで、賛成してくれました。お金の問題というよりは、夫婦で常に結果を待ち続けるようなつらい精神状態から早く脱したかった。できることをすべてやってしまってダメだったら、もうあきらめもつくかなと。どこかで、『できなくても、それはそれで楽しい人生が送れるし、いいじゃん』という考えはありましたしね」

 そして始めた体外受精。1回目の試みでは、受精した卵を体に戻すことができましたが、着床には至りませんでした。2回目のトライも、同じ結果でした。

当事者は夫婦ふたり。「○○してあげる」という言い方はやめた

「結果を聞いて、そうなのか……と、残念な気持ちにはなりましたが、妊娠できなかったことがショックだ、残念だという雰囲気はなるべくつくりたくなかった。妻には、『体調がいいならば、次いこう』と、前向きに話すようにしていました。

 不妊治療って、男からしたらあまりできることがない。誤解を恐れずに言うならば、楽なんです。でも、妻は卵子を採取されるときの麻酔注射で痛い思いをするし、ホルモン治療のせいで、こんなにも性格が変わってしまうのかと思うくらいイライラして、不機嫌になる。つらく当たられて理不尽だとは思っても、本当に大変なのは妻だというのはわかっているから、なるべく自分が折れるようにして、妻がやりたいペースに合わせるようにしていました。

 あと、『病院についていってあげる』とか、『~してあげる』という言い方は禁句だと気をつけていましたね。治療はあくまで、夫婦ふたりとも当事者なんだと。次の治療をせかすのもNG。『体がつらいのは私なんだからね』と、怒られたこともあります」

 これでダメなら次はやめるか、という話も出ていた3回目の体外受精――ついに、受精卵が着床しました。

「妻から『着床したよ』と告げられて、めっちゃうれしかったです。事前に言われていた成功確率は低かったから、相当ラッキーだったと思う。でも、まだ産まれるまでどうなるかわからないから、うれしくても出産まではテンションあげないでおこうと、今度はそっちを気をつけましたよ。以後は不安と期待の交じった心理状態で日々を過ごしましたが、結局、無事に長男が誕生しました。本当に、自分たちは幸運だったと思いますよ」

◇ ◇ ◇ 

 それから2年。トオルさんはいま、子どもの成長を見るのがなにより楽しいとのことです。不妊治療を続けた2年間でかかった総額は300万円以上。普通に考えたら決して安くはない金額ですが、金額には納得していると言い切っていました。

 さて次回は、現在、不妊治療に取り組んでいるヤスノリさん(44)の事例を見てみようと思います。夫側がグイグイとリードするタイプだったトオルさんの例とかなり趣が違うので、こちらもご一読いただくと、「男から見た妊活」がより深く見えてくるかもしれません。

 次回、別の夫婦・ヤスノリさんの場合は…新しいエピソードを読む

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