●本という贅沢#155『千年の読書』

さとゆみ#155 死ぬ直前まで読んでいたい。でもそれはなぜ? 『千年の読書』

コラム「本という贅沢」。そもそも人はなぜ、読書をするのでしょう。先が見えない今だからこそ、改めて考えてみませんか。きっかけとなる1冊を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。
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●本という贅沢#155『千年の読書』(三砂慶明/誠文堂新光社)

長く終末期医療に携わってきたお医者さんのワークショップに参加したことがある。自分が死ぬ瞬間をできるだけ詳細にイメージするそのワーク。自分が何を大切にし、何なら躊躇なく手放せるのか、自分でも気づかなかった人生の優先順位があからさまになる。

ワークでは、ちょっとずつ病気が進行していく過程を疑似体験しながら、自分の大切にしているものを、ひとつずつ捨てていく。そこで私は、かなり早い段階で「仕事」のカードを捨てた。その話は、以前このコラムでも書いた

では、逆に何を最後まで捨てられなかったかというと、2つあって、それは「旅行」と「読書」だった。体が動くギリギリまで旅をしたいし、活字を追える限りは読書がしたい。その渇望はびっくりするほど強くて、自分でも驚いた。

ワークを受けてから10年経つ。どうして私はその2つを最後まで手放せなかったのだろう。そして、私が最期まで大事にしたいと思った「旅行」と「読書」の2つには、どういう関係があるのだろう。そんなことをずっと考えてきた。

その答えらしきものがわかったのは、このtelling,の書評コラムを書くようになってからだ。本を読み、その本について書くことをくり返すうちに、私はあることに気づいた。
それは、「読書」とは「旅」である、ということだ。

活字を読みながら、その文章に触発されて、思考がいろんな場所に旅をする。その場所は、どこか異国の地のこともあれば、自分が生まれるずーっと前の世界のこともある。本を読みながら、遠い日の記憶が蘇って赤面することもあるし、過去の自分が癒されることもある。かと思えば、未来の自分に出会う瞬間もある。

私にとって「良い本」とは、「良い(思考の)旅」をさせてくれる本のことで、だから、面白いと感じた本ほど内容が頭に残っていない。ページをめくるたびに興奮し、いろんなことを思いついては考え事をしてしまうので、何が書いてあったか覚えていないのだ。

本に何が書いてあったかは覚えていないけれど、その時にした(思考の)旅のことは覚えている。だから、私はこのコラムにいつも、本の内容ではなく、自分が旅した景色の方を書いている。

同じ本を読んでいる人に出会えたら、すごく嬉しい。
その本を読んでその人がどんな思考の旅をしたのか、根掘り葉掘り聞きたくなる。似たような景色が見えたのか、全然違う景色が見えたのか。それを聞くのがすごく楽しい。

面白いのは、「本が連れて行ってくれた旅先」について聞かせてもらううちに、その人の心の内側が見える(時もある)ことだ。
そういえば、本の感想をシェアしあう「読書会」は、他の活動に比べてカップルが生まれやすいと聞いたことがある。うん、わかる気がする。本について語ることは、心の一番やわらかいところや、無防備なところを見せる行為でもあるんだよな。ちょっと脱ぐような感じ? そりゃ、恋も生まれる。

この『千年の読書』は、まさに、著者の(そして書店員でもある)三砂さんの旅の記録である。この旅行記が、もうとにかく美しい。中には、私も読んだことがある本も紹介されていたけれど、三砂さんの読書の解像度がめっぽう高いからだろう。本を入り口にして見える景色が美しい。

たとえば、『悲しみの秘儀』『世界は贈与でできている』『自分の仕事をつくる』などは、このコラムでも紹介したことがあるけれど、三砂さんの手にかかると、全く違った景色が立ち上がってくる。『BORN TO RUN』も『死ぬ瞬間 死とその過程について』も、ずいぶん感銘を受けたと思っていたけれど、三砂さんがこれらの本を読んでとった行動を知ると、そこまで味わい尽くせたかな、私、と感じた。

8Kテレビのような鮮やかな情景が浮かぶシーンもあれば、モノクロのフィルムを見ているように切ない気持ちになるエピソードも紹介されている。「紹介されている本そのもの」と、「本を読んだ人の旅の記録」を、同時に楽しめる。劇中劇のようだ。

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『千年の読書』の主題は、「なぜ、人生には本が必要なのか」である。

私が「死にいたるワークショップ」を受け、考え、ここまで文字数を費やしてつらつら書いてきたことが、『千年の読書』のまえがきでは、ぴたっとフィットした一言で表現されている。

「私たちは、はじめての人生を、ぶっつけ本番で生きるしかありません」

そうだ。そうなのだ。
私たちは、一度しか人生を生きられないから、本を読む。知らない世界を旅し、自分の人生を拡張するために、本を読む。読んだ本について語り合うことで、さらに人生は広がる。

そして同時に、私たちは自分とまったく違った人生や物語にも、心を動かされる。これは、その人物や物語に「共感」するから(だけ)ではない。『千年の読書』の最終章には、このような文章がある。

私たちが本を開いて読んでいるのは、実はそこに書かれた物語ではなく、読むことで湧き上がってくる私たち自身の心の声だ

「本を読むこと」でたどり着く場所は、遠い異国や過去や未来だけではない。自分の心の内側の深い部分にも、私たちは手を触れることができる。同じ本を何度も読み、その都度楽しめるのは、自分の心の内側がいつも変化しているからだろう。

ぶっつけ本番の人生。拡張も収斂も「本を読むこと」で叶えられる。

やっぱり、死ぬまで読んでいたい。

 

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佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。


・捨てるか、残すか、その夫。1ミリでも離婚が頭をよぎったらこの本(原口未緒/ダイヤモンド社/『こじらせない離婚』)
・病むことと病まないことの差。ほんの1ミリくらいだったりする(村上春樹/講談社/『ノルウェイの森』)
・デブには幸せデブと不幸デブがある。不幸なデブはここに全員集合整列敬礼!(テキーラ村上/KADOKAWA/『痩せない豚は幻想を捨てろ』)

・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

さとゆみ#154 「これが最後のダイエット」族の皆さまにおかれましては『3か月で自然に痩せていく仕組み』なぞ、大好物かと
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。

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