編集部コラム

自分が男、あるいは女ではないのではないかと真剣に悩んだ話

最近は男性向けのコスメも登場し、世界はどんどんジェンダーレスに向かっています。「性別にとらわれるなんてナンセンス」という考えには大賛成の一方で、「自分は何者なのか」とちょっとモヤモヤと悩んだ経験についてお話します。

●編集部コラム

思春期に感じた、かすかな違和感

自分の性別に疑問を持ったことはあるか?

私は、ある。

「私はトランスジェンダーなのか」という話ではなく、私の性自認は女で、特段それが変わったことはない。それでも、私が「私は女ではないのではないか」「もしかしたら男なのではないか」と思った理由。

私には、のどぼとけがある。

正確には本当にのどぼとけなのかはわからなくて、のどぼとけ「のようなもの」かもしれない。思春期になって、体が変わっていく段階で、喉になんだかでっぱりが出てきた。喉の骨というには、あまりに出っ張りすぎている。同級生(女子校なので全員女だ)を見ても、みんな喉はつるんとたいらだ。今までなかった喉の違和感、誰かに指摘されるんじゃないかという恐怖、そんなものが頭の中をぐるぐると回った(結果として、のどぼとけがあるよと指摘してきた人はいないのだけど)。

当時はまだネット黎明期だったので、例えば自分と同じような状況の人に検索して出会う、ということもできなかった。たまたま見たテレビ番組で遺伝子のことをやっていて、性染色体が男性はXY、女性はXXだが、たまにXXYとかXXXという人もいる、ということを知った。だからもしかしたら私はそれじゃないのか?なんて思ったりもした。
好きなものは野球と電車と駅伝だし、声も女性にしてはだいぶ低いし(ミスチルの歌が原曲キーで歌える)、性格も男勝りだといわれるし……生理もあって、女子校に通っていて、戸籍も女だし、女として交際もするし社会にも女として扱われているけど、私は「本物の女」ではないのでは、と長いこと思っていた。というか、今だってうっすらは思っている。

性別にはグラデーションがある?

近年はLGBTQなど、性的マイノリティの方たちについての議論も活発になってきた。その中でそもそも「性別」というのは男女の2種類にくっきり分かれているのではなく、グラデーションのようになっているのだ、ということを知った。

そのときにそうか!とすごく楽になる気持ちがあった。そうしたら、もしかしたら私の遺伝子は女だけど、ちょっと男寄りに寄っているんだろうなあ。と思えるようになった。
「何者でもないかもしれない」という漠然とした恐怖から、「そういう状態もある」と肯定されることの安心感は、とても大きい。

のどぼとけについてだって、その正体はのどの奥にある咽頭を守る軟骨の一部。その軟骨の発達を促すのが「男性ホルモン」のテストステロンなんだと、あとから知った。だから一般的には男性のほうが目立つけれど、女性にものどぼとけはあるし、男性ホルモンだって分泌されている。その人ごとに、グラデーションのようにして。

おしゃれもメイクも好きだし、髪を長く伸ばしたいけど、中身はだいぶ男みたいで、ちょっと喉になにかでっぱりがある。これが私、でいいのだ。「男らしい」「女らしい」に息苦しさを感じている人は、きっとたくさんいる。私一人が社会をすぐに変えられるわけではないけれど、こうやって発信し、考えることが、もっと「自分らしさ」を自由に考え、生きられる世の中をつくることにつながるのではないかな、と思っている。

朝日新聞バーティカルメディアの編集者。撮影、分析などにも携わるなんでも屋。横浜DeNAベイスターズファン。旅行が大好物で、日本縦断2回、世界一周2回経験あり。特に好きな場所は横浜、沖縄、ハワイ、軽井沢。
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