綾野剛×星野源「MIU404」を振り返る。物語を拒否する菅田将暉の圧倒的存在

綾野剛と星野源W主演で話題の「MIU404」最終話。唯一無二のバディになっていた伊吹と志摩。しかし、その二人の信頼関係がゆらぐ事件が起きます。謎の男・久住(菅田将暉)との直接対決を果たす二人の運命は……。

違法薬物・ドーナツEPの工場から出てきたトラックにひき逃げされ、意識不明の状態が続く陣馬(橋本じゅん)。「私が相棒として一緒にいたなら、もう少し結果は違っていたと思います」と悔やむ九重(岡田健史)。一方で薬物の製造を指揮していた久住(菅田将暉)を許せない気持ちが、お互いにかけがえのないバディになりつつあった伊吹(綾野剛)と志摩(星野源)を遠ざける。

「強くて清くて正しい警察官でいることにもう疲れたわ」という志摩は、決して正当とは言えない手続きをどんどん使って久住の居場所を突き止める。「相棒なんて一時的な仕事相手にすぎない」「久住を取り逃がしたとき、とっさに思った、信じなきゃよかった」と九重に語る志摩の言葉を聞いた伊吹は一人で久住の元へ向かう。本当はその先に「あいつに正しいままでいてほしい。ああいう刑事が一人くらいいたっていい。それに助けられる人がきっとたくさんいる」という言葉が続いていたのだけれど。

二人を救う、うどんというスイッチ

バディで、チームで戦ってきた二人が、単独行動をすることで危機に陥る。久住を追い詰めたところで、彼が作らせている新型の麻薬成分を吸い込み倒れてしまった二人。やがて志摩は撃たれ、その憎しみから伊吹は久住を撃ってしまう。誰も信じず、自分の命を軽んじていたところから変化しつつあった志摩。「何があっても殺しちゃだめだ」と言っていた伊吹。その二人が考えうる限り最悪の結末を迎えてしまった。

出会った人、起こったできごと。そのひとつひとつがスイッチになって、いとも簡単に人は道を踏み外す。そのことを主人公たちが体現した。同じようにスイッチによって、人は最悪の事態を避けることもできるーー。バッドエンドは麻薬精製部屋に詰め込まれた二人が見た「夢」だった。最初に志摩が船で目を覚ますところから、伊吹が久住を撃ち殺すまで、時計は2019年10月16日0:00から動かなかった。そしてその道の先に、オリンピックが開催された世界があった。

時間は2019年10月15日15:00に巻き戻る。伊吹が船で部屋に閉じ込められてから1時間半後の世界だ。ちょうどその頃、九重の呼びかけにこたえて意識を取り戻した陣馬。それを知らせるために連投されたメッセージが、二人の目を覚まさせる。

病室の陣馬の周りに積み上げられた大量のうどんの箱は、4機捜の面々が一緒にうどんを食べていた姿を思い起こさせる。毎回しつこいくらいに重ねられた、本筋とは関係ないお遊びの部分と思われたあのシーン。うどんは、彼らが一緒に過ごした日々の積み重ねの象徴だ。九重が陣馬に語りはじめたきっかけは、そんなうどんの箱が落ちたことだ。互いを信じ合った4機捜の、それを取り巻く警察の人々(うどんは彼らからのお見舞いの品!)が過ごしてきた毎日そのものが、最悪の事態を回避するスイッチを起動させる、最初の一歩になったのだ。

菅田将暉史上最高の役・久住

そして物語は、屋形船に逃げ込んだ久住を追う爽快なアクションシーンへと突入する。こちらこそ、視聴者が望んでいた物語。伊吹の俊足。自転車を操る志摩。メロンパン号!

あれだけ余裕を見せて人々を操っていた久住が、自分の体ひとつで無様に逃げて、頭を打って血を流して倒れる。メケメケフェレット……メフィストフェレスに例えられ、実態さえつかめなかった「not found」な久住が、この時だけは実態の人間として存在した。

血を流しながら屋形船の「ツレ」の元に駆け込むも、彼らは久住自身が作ってばらまいたドーナツEPのせいでまともに取り合う判断力をなくしていた。伊吹の「こんな世界にしたお前を俺は許さない。許さないから殺してやんねえ」という言葉を聞いた瞬間の菅田将暉の表情! あれだけたくさんの企みで、入念な仕掛けで数々の悪事を働いてきた久住。そのすべてが一瞬で消えてゼロになったかのような顔。さらに頭の傷をタオルで押さえられ、痛みにちいさな声をあげて志摩を見上げる顔のあどけなさ、まさにビー玉のような目の空虚……。久住のしたたかさ、嘘くささ、そしてこの表情。菅田将暉以外に久住は演じられなかったし、彼のキャリアの中でも久住は最高の役だったのではないだろうか。

やがて、病院で「何がいい? 不幸な生い立ち? 歪んだ幼少期の思い出? いじめられた過去? どれがいい?」「俺はお前たちの物語にはならない」とだけ言い残して完全黙秘を続ける久住。伊吹と志摩によって一瞬人間に戻ったかに思えた久住は、再びnot foundな存在になってしまった。

「アンナチュラル」の三澄ミコトは最終回で「犯人の気持ちなんてわかりはしないし、あなたのことを理解する必要なんてない。不幸な生い立ちなんて興味はないし、動機だってどうだっていい」と犯人に向かって言い放った直後、あえて薄っぺらな物語を押し付けることで犯人の自白を導いた。

人が見たい物語を見せるドラマという媒体で脚本の野木亜紀子が伝えたのは、「人が悪事を働くことに明確な原因なんてない。そこに物語なんて存在しない。人はそんな簡単なものではない」という圧倒的にシンプルな真実だ。

事件が起きて、解決して、すべて救われる。そんなことはありえない。ハムちゃん(黒川智花)はいわれのない嘘でネット上に出回った写真のせいで、これからも職を失う可能性がある。相棒を亡くした志摩は伊吹に救われたけれど、気持ちの枷がゼロになることはないだろう。伊吹は道を踏み外した恩師を救えたのではないかと悔いながら、彼が残した「許さない」という言葉に囚われ続けるだろう。それもひっくるめて志摩は久住に声をかけたのだ、「生きて、俺たちとここで苦しめ」と。

けれども「悪かった、一人でやろうとして」「俺がバカだった」と伊吹に直接言えた志摩は、その言葉を受け取った伊吹は、ほんの少しでも明るい方へ歩めるのかもしれない。

ゼロな二人が迎えた2020年

そして伊吹と志摩は、私たちが知る2020年を迎える。行き交う人々がマスクを着け、オリンピックが開催されなかった未来。「星野源のオールナイトニッポン」にプロデューサー新井順子、監督の塚原あゆ子、脚本の野木がゲスト出演した際、じつはオリンピックの関係で「MIU404」は異例の全14回のドラマとして予定されていたことが明かされた。現実のスイッチによって、ドラマは3話短くなった。ラストもこうはならなかっただろう。空から見ると「0」の形をしている新国立競技場に最終回のサブタイトル「ゼロ」の文字が重なり、無線で「機捜404、ゼロ地点から向かいます」と伊吹が告げる。

話数の他にも、星野のラジオで野木が語っていたことがある。伊吹の名前「藍」は現実には存在しない数、虚数のiからとっていて、志摩の名前「一未」は「1未満」の意味だと。そんなふたりがゼロからはじめるところでドラマが終わった。

スイッチを押した結果、私たちの知る2020年にいる志摩が言う。「毎日が選択の連続。また間違えるかもな。まあ間違えてもここからか」。
私たちの前にも、スイッチは置かれている。

ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
イラスト、イラストレビュー、ときどき粘土をつくる人。京都府出身。
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